第245話

 軽く撫でているとネネはうとうとと眠り始め、俺もネネを膝の上に乗せたまま座って眠る。

 とりあえず、ネネはベッドぐらいは買った方がいいんじゃないだろうか。


 座りながらだと眠りにくく度々目を覚ましていると、いつの間にかシャルが俺の身体にもたれかかりながら寝ていた。


 ネネは人が近くにいると寝にくいらしいが、不思議と俺とシャルにはあまり警戒心が湧かないのか尻尾を微かに動かしながら寝息を立てている。


 シャルの身体が冷えないように毛布をかけて軽く抱き寄せる。その動きによる揺れでネネの体が揺れたせいか、ネネの瞳がパチリと開いて俺と目が合う。


「……人の部屋に別の女を連れ込んでいちゃつくんだな」

「いや……いつの間にかいてな。というか……彼女か妻みたいなことを言うのな」

「…………うるさい寝る。先生ならいてもいい」


 ……ネネ、押しに弱すぎではないだろうか。いや、本当に大丈夫か? 元々何故か惚れられているからと言うのもあるだろうけど、ちょっと好きと言っただけで彼女面である。

 いや、いいんだけどな。そういうつもりではあったし、目論見というか願望通りなのだが……。


 狙い通りなのだが……ちょろすぎる。ちょろすぎて逆に不安になってくる。大丈夫か? 悪い男に騙されたりしないか?

 いや、現実悪い男が騙している最中なんだが……。


 ネネのことを心配になりつつ再び目を閉じる。

 しばらくしてモゾモゾとシャルが動く感触がして、シャルにかけていた毛布が俺にかけられる。それからその毛布にシャルが潜り込んで、寝ぼけている俺とネネを見て「えへへ」と笑う。


「あったかいですね」

「……そうだな」


 二人の身体を両手で手繰り寄せる。ネネも目を微かに開いていて起きている様子だが、特に逃げる様子もなくされるがままに俺に抱き寄せられていた。


 昨日の疲れを癒すために目を閉じてもう一度眠る。


 ……明日は、ネネのことをシャルに任せて……迷宮の管理者に会いに迷宮にいくか。

 ネネは……口説く分には思ったよりも問題がなさそうだった。あとは過去のことによる罪悪感がどうとかで……。


 正直なところ、ネネの数十倍から数百倍は血に濡れているだろう俺だと、傷の舐め合いにしかならないような気がする。


 まぁ……それでもいいかもしれないが。離れられないように抱き寄せてから再び眠る。床の上だと少し寝にくいな。


 しばらく寝ているとネネが起きるが、そのまま目を閉じて寝たフリをしながら俺にしがみつく。この子ちょっろいなぁ……。


 わざとらしい寝息を聞きながら、仕方なくよしよしとネネを撫でる。それからゆっくりと子守をするような声色で話していく。


「寝ているから聞こえないだろうが……俺はネネが悪いとは一つも悪くないと思っている。それどころか、いつも仲間を守ろうとして、色々な人に優しくして、ちょっと口は悪いが……お前は何一つ恥じることはなく生きている」


 寝ているフリをしているからか、ネネからの返事はなくギュッと俺の身体を抱き寄せるだけで返してくる。


「今日は管理者と話を付けてくるつもりだが……。心配はいらないからな。お前も、シャルも、カルアも、クルルも、ギルドの仲間も全員俺が守るから」


 そう言ってからシャルとネネに毛布をかけ直して立ち上がろうとすると、ネネが俺の腕を掴んでいて離さない。


「……私と、それからカルアを連れていけ」

「……寝たフリはいいのか?」

「うるさい。……カルアは頭がいいし優秀だ。説得をするつもりなら必要だろう」

「ネネがくるのは?」

「お前が心配だからだ」

「……直接的に言われると照れるな。……でも、人には攻撃するなよ」


 正直なところ、昨日管理者と戦闘になったのはネネが不意打ちを試みたからだしな。


 まぁそのおかげで逆に交渉はしやすくなったが。管理者は俺を利用したいのだから、場合によっては容赦なく敵対するという姿を見せるのは大きいはずだ。


「……カルアを起こして、さっさといくか」


 シャルを抱き上げて自室に戻り、ベッドにぽすんと乗せて毛布をかけていると、カルアが俺の存在に気がついて「んぅ……」と目を開いて、そのまま手を広げて唇を俺の方に向ける。


 一応ネネが見ているんだがな……と思いながら唇同士を触れ合わせて、その柔らかさを味わってから口を離す。


「えへへ、おはようございます」

「ああ、おはよう」


 カルアと微笑み合っていると、ネネがボソリと口を開いた。


「……私はお前の嫁になるのは無理だな。朝から挨拶より前に接吻なんて……」

「いや、別に結婚したら絶対にしないとダメなわけじゃないぞ。カルアにはねだられるからよくするが……」

「……自分はしていないのに、している奴なんて見たら妬ましくなるだろう」


 ああ、まぁ目の前で見せつけられるのは嫌か……。


「……じゃあ、ネネもするか?」

「す、するかバカ」

「んぅ……ランドロスさん、口説き落とすの早くないですか? 手際良すぎてちょっと引いてます」


 カルアがやってこいと言ったのに……。


「いや、俺がすごいんじゃなくて、ネネがめちゃくちゃちょろかっただけだ」

「ちょろくない。別にランドロスと結婚したいなんて思っていない。今まで通りでしかない」

「まぁでも、するだろ? 結婚」

「するかバカ」


 カルアは俺達のやりとりを見てくすりと笑う。


「やっぱり仲良しさんですね。ちょっと嫉妬してしまいます」

「……ヒモ、これが仲良しに見えるのか?」

「ヒモじゃないです。仲良しに見えますよ。私のことはカルア先輩と呼んでください。ランドロスさんのお嫁さんの先輩なんで」

「だから結婚はしないと……」


 ネネは不満そうに眉を顰めたあと、カルアの可愛らしいパジャマに目を向けてから口を開く。


「今日、迷宮の管理者に会いに行くからヒモも来い」

「ん、んぅ……今日はネネさんをランドロスさんが口説くのに使う予定だったので、それはダメですね」

「なんだその意味の分からない予定は。変更だ、予定変更」

「優先順位がありますから。既に落とされていたなら予定変更してもいいですけど」


 カルアは意地悪な表情をしてそんなことを言い、ネネはムッとしてから俺の方を見る。

 まぁネネを口説く予定だったのは確かだったので頷くと、ネネの手が俺の顔を掴むようにして目隠しをしたかと思うと、唇に緩い吐息がかかって唇に柔らかい感触が伝わってくる。


「……こ、これでいいか。さっさと迷宮の方に行くぞ!」


 俺の顔から手が離されると、真っ赤な顔をしたネネが誤魔化すように声を出した。


「……ランドロスさん、ちょろいですね。この人」

「まぁネネはちょろいな」

「誰がちょろいだと! この変態カップルが!」

「いや……そういうところも可愛いと思うぞ?」


 俺が誤魔化すようにそう言うと、ネネは語気を弱めて俺から目を逸らす。ちょろい……。

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