第211話
街中という空気感が緊張を奪っていくけれど、実際のところは何があるか分からない場所だ。こんな街中で裁く者が出てくるとは思えないが……警戒しておくことに越したことはない。
「街中で二人で手を繋ぐのって、デートみたいですね」
「……そうか。いや、迷宮内だけどな」
「分かってますよ。これでもちゃんと見てるんですよ。ほら、服飾の素材、おおよそ綿と絹と動物の毛でしょう。これをどこで作っているのか、ということです」
「ああ、それなら下の階層だろうな。81階層に家畜みたいなのがい、80階層は畑だ」
俺の言葉を聞いたカルアは不思議そうに首を傾げる。
「初代さんの最高到達階層って79階でしたよね。……普通、そこまで行ったらキリのいい80階層までいきません?」
「……そう言えばそうだな。いや、キリがいいとか気にしないタイプなんじゃないか? そもそも、普通は一階層登るだけで負担があるものだろうし」
「……うーん、初代さんは結構生真面目というか、几帳面なところがある人なんですよね。季節感覚や時間感覚がない迷宮内に何年も篭っているのに自分が何歳かをちゃんと把握しているように数字は多少気にするみたいですし。79階層は面倒なところだったんです?」
一回登っただけな上に80階層の衝撃が強かったのであまり覚えていないが……まぁ普通のところだったように思う。
「……見に行きましょうか。何か見落としているものがあるのかもしれません。81階層と80階層も見たいですし」
「……ああ、俺から離れるなよ」
「ナンパされてもついていったりはしませんよ、全く心配性なんですから」
「そう言う意味じゃない。そこは疑っていない。……ナンパとかされるのか?」
カルアはにやぁと意地悪そうに笑みを浮かべて俺の手をギュッと握る。
「この前、シャルさんとメナちゃんとネネさんと私の四人で街をお出かけしてたじゃないですか」
「……されたのかよ」
「いや、されなかったですよ。子供三人と大人一人のところをナンパする人なんていませんよ。シャルさんと二人で歩いていたら時々されますけど」
っ、最悪なロリコン野郎がっ! 何歳だと思っているんだ。13歳と11歳だぞ。それをナンパするなんてど変態ならクソ野郎だろう。
俺が憤りを覚えると、カルアはツンツンと俺の頰を突く。
「ランドロスさんの名前出したら一発ですよ。恐れられてますね」
「……二人ではあまり出歩くなよ。そんなロリコン野郎がいるなんて危ないだろ」
「まぁそうですね。いくら私やシャルさんが可愛らしい容姿をしているとは言え、倍近い年齢差があるのに下心を持って近づいてくるなんて変な人です」
「ああ、間違いないな。とんでもない変質者だ」
階段の方に向かって歩きつつ話をする。
「……そう言えば、シャルさんが突然プロポーズされたことがあるらしいんですよ」
「……はぁ!? シャルが何歳だと思っているんだ。その男はっ! ド変態だろ!?」
「しかも高価な貢物をたくさんして気を引こうとしているとか……」
「金で気を惹こうとか最悪だな。同じ男として軽蔑するぞ」
「あとスカートめくりをしようとしたらしいですね」
「ッ……分かった。ちょっと話をつけてくる。どこの誰だ」
「でも、シャルさんも満更ではないらしく……」
その言葉を聞いてカルアの方に視線を向けると、ニヤニヤとした維持悪そうな笑みを浮かべる。
…………コイツ。
「名前はランドロスと言うそうです」
「……俺はセーフだ」
「ド変態ですよね」
「……いや、それは……」
「軽蔑しますよね」
「いや、別に気を惹こうという考えでは……。以前助けてもらったお礼というか……なんというか……」
心が救われたのだ。シャルと出会って、だからセーフ、セーフなんだ。
「……とんでもない変質者ですね……!」
「やめてくれ」
「毎日、朝昼晩とキスをしてくれたらいいですよ」
「……顎疲れないか?」
「……え、い、いや、その……舌を入れない方のつもりで……。ら、ランドロスさんがしたいのでしたら……って、こ、こんな往来でする話ではないですっ!」
背伸びをしたカルアに誤魔化すようにわしゃわしゃと頭を撫でられる。
……カルアに雑な撫でられ方をしすぎてハゲたりしないだろうか。いや、もしハゲても初代に頼めば治してもらえるだろうけど。
階段の近くになって、カルアが赤くなった表情のまま口を開く。
「おおよそ、盗み聞きなどで、この街の状況は把握出来ました。労働は基本的に暇つぶしの趣味みたいなものみたいですね。私の救世やシャルさんの家事と同じです」
「いや、カルアのはまだしもシャルのは必要だろう。……かなり色々任せっきりだしな。俺も時間があれば代わってやりたいんだが」
「……服の洗濯とかですか? ええ……嫌ですよ」
「えっ、家事しちゃダメなのか? 母と二人暮らしだったり、旅をしていたり、ひとり暮らしだったりした期間が長かったから、普通に出来るつもりだが」
そんなに不器用そうに見えるだろうか。そりゃシャルに比べたら下手だとは思うが。
「い、いえ、私の服が脱いだランドロスさんに渡したら変なことをしそうで……。下着とかもありますし、今のような形の方が……」
「あ、い、いや、不埒な事を考えていたわけじゃないぞ。掃除とか……」
「シャルさんの髪を集めて食べようとしていた前科がありますし……」
「冤罪だ。家宝にしようとしていただけだ」
「それはそれでめちゃくちゃ気持ち悪いですよ」
洗濯はダメ、掃除はダメ……食事関連はギルドの中で済ましているしな。買い出しはみんなでしているし……。
「ゴミの片付けとかしようか?」
「ゴミを漁るとか、完全にストーカーのやる事じゃないですか……。結婚したんだからストーカーは卒業しましょうよ。スト卒です、スト卒」
「いや、結婚したんだから少しぐらい信じてくれてもよくないか?」
「ふむ……洗濯物は恥ずかしいですけど、掃除ならシャルさんとマスターさんが嫌がらなければしてもいいですよ。あと、髪は集めないこと」
「はい」
俺、信用されてないな。というか完全に変質者だと思われている。
いや、客観的に見たら変質者なのはあまり否定出来ないけども。
「えっと、話を戻しますけど、このお店に見えるのは全部ごっこ遊びですね。正確に言うと、お金がいらないみたいです。まぁ、材料がただ、土地代がただ、何をどうしようと飢え死にやらがないけど時間があり余っている。だから暇つぶしにしている。みたいな」
「……その割に子供とか少ないな」
「……いや、世の中、ランドロスさんみたいに時間さえあれば女の子に欲情している人ばかりじゃないんですよ」
カルアはおほんと咳き込んで結論を話す。
「人数制限があることや、異種族で共にいてはいけないことを除けば理想郷ですね。飢えも貧乏もなく魔物に怯えることもなく、凍えることもない。好きなことを好きなように出来る」
「……カルアが目指しているのがこれか?」
「……一応、まぁ……ん……どうでしょうか。いい世界だとは思います」
いい街ではなくいい世界か。……まぁ、閉じられているから……街というよりかは世界か。
「メナさんは死ぬところでしたけど、迷宮国でも、私の母国でも、人は死んでいますから。諦めるところは諦めるしかないのかもしれないです」
「……そうか」
理想郷と言いつつも、カルアの目には憧れのような瞳の輝きはない。……まぁ、それも仕方ないか。
今仲良くしている人を追い出したところだ。
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