第57話
カルアは迷ったようにベッドの上で目をパチパチと瞬かせる。
それから周りをキョロキョロと見回して、困惑したように俺を見る。
「あの、この部屋……マスターだらけですけど、これはシャルさんに対する浮気にはならないんですか?」
「何言ってるんだ。マスターはマスターなんだからセーフだろ」
「いや、普通にアウトだと思いますよ。シャルさんが見たら普通に嫌がると思います」
「……嘘だろ」
「……気づいてなかったんですか。そもそも、元々マスターのこともシャルさんのことも恋愛感情で見ているんだと思ってたんですけど」
俺はベッドの上に置いてある。ミエナ特製のマスター人形を手に取る。灰色の髪の毛の色合いが似ていて気に入っていた。
「いや、マスターはマスターだろ。恋愛感情はない」
「……ええ」
カルアは「何言ってるんだコイツ」という目で俺を見てくる。
「いや、ミエナもマスターは大好きだが、別に恋愛感情ってわけじゃないだろ? 可愛いものに対する愛と尊敬と忠誠心がごちゃごちゃに混ざった感じのな」
「いえ、ミエナさんはマスターと結婚したいと以前おっしゃってましたよ」
「……俺が間違っていたのかもしれない」
何てことを言っているんだアイツ……。いや、俺も出来るならしたいけど、マスターと結婚して毎日甘やかしてもらいたいけども……!
けど、これはシャルへの恋愛感情とはまた別のものなんだ……!
マスター人形を腕に抱きながら、カルアの方に目を向けないようにする。
「とにかくな、とにかく……浮気は良くないことだ。一人好きなときに、別の女の子を好きになるのはよくない。そう思うだろ?」
「えっ、いえ、私、元は王族ですから、普通に異母兄弟もいますし、父には母以外の女性も普通に……」
「……俺もシャルも普通の庶民……いや、庶民ですらないかもしれないが……。とにかく、そういうのは良くないと思っている。シャルを傷つけたくない」
まだ恋人にもなれていないが、行く行くは……と思っていたし、シャルも多分そう思ってくれていただろう。
そんな時に「他にも好きな女の子が出来た」何て言って傷つけることは絶対に出来ない。
「……それでな、でもカルアが泣くのも嫌だし……俺はどうしたらいいんだ」
「ええ……それ、私に聞くんです? 私の都合の良いように話してもいいですか? こう、それとなくシャルさんではなく私の方に向かうように誘導する感じで」
「いや、あくまでも中立で、どちらも傷つけない方向性で頼む」
「む、無茶を……私も好きな人と結ばれたいですし、シャルさんもそうなんですから、絶対に利益は相反しますよ」
「そこを何とか……」
「私としては重婚もありなんですけど……。シャルさんは……分からないですし……その、とりあえず、寝ませんか? フラフラしてますよ?」
カルアはベッドの隣をポンポンと叩く。
「いや、カルアは出ていってくれ。一緒に寝たら好きになるだろ」
「だから、それは私にとっては得しかないです。そもそも、好きになるって分かってる状況って好きなんじゃないんですか? もう、私のこと好きですよね、ランドロスさん」
「いや、まだ……まだギリギリ、ギリギリのところで耐えてる」
「耐えないと好きになる時点で好きってことですよ。ね、諦めましょ? 諦めて両想いになってギュッと抱き合って寝ましょう」
やめろ。俺をそんな誘惑するな。揺れる。今のその場の欲望に揺れてしまう。
旅をしている最中の周りに気を配って警戒している状況ならまだしも……普通にベッドで寝ているときにそんな誘惑をされては一瞬で意識を持っていかれる。
「頭、優しく撫で撫でしてあげますよ?」
「やめろ、俺の弱いところを突くな。そういうのに俺は弱いんだ……」
かくなる上は……!
リスクは承知の上、最後の頼みの綱を呼び寄せる。
「クウカ! カルアをカルアの部屋にまで運んでくれ!」
「えっ、あっ、うん」
シュタッ、と上から降ってきたクウカが、少し困ったようにカルアの方に向かう。
「え、ええっ!? な、何でいるんですか!?」
「おうちデートの途中だったんだよ」
「こ、この人ヤバいですよ! ヤバい人です! こんなのに頼るぐらいなら、私とベタベタ触り合いながら寝た方が絶対にいいですよ!」
「いや、今はダメなんだ。今は、本当にな。好きになってしまう」
「だから、もうランドロスさんは私のこと好きですからっ、既に手遅れですからー!」
カルアはクウカに連れていかれる。使いたくなかった手だったが、今回ばかりは仕方ない。
……戸締まりはちゃんとしておこう。
グッタリとしながらベッドに倒れ込む。カルアは俺のところで寝るつもり満々だったらしく、柔らかい枕が俺の枕の隣に並べて置いてあった。
枕からカルアのいい匂いがする。ものすごく眠たいと思っていたのに、そのせいで変に緊張して眠ることが出来ない。
……不味い。とても、不味い。
今はカルアのことを感じたくはなかった。酒の酔いと迷宮での疲労を感じて意識が遠のいていくのに、カルアのことは頭にこびりついていて離れない。
匂いを感じるせいか、カルアの笑みや柔らかい体の感触を思い出してしまう。
……俺がゴロツキを相手に剣を振り下ろそうとしたとき……カルアは止めてくれた。その時の手の感触が、今でも鮮明に思い出せてしまう。
「ああ……クソ……」
もしかしたらあの時には。などと思ってしまいながら……ゆっくりと意識を落としていく。
シャルに対する罪悪感を覚えながら、意識を手離した。
◇◆◇◆◇◆◇
目が覚めてから、まず何をするでもなく……どうしようと考えて冷や汗をかく。
俺はシャルが好きだ。シャルも俺のことが好きだと思う。
俺はカルアのことも好きだ。カルアも俺のことが好きらしい。
どうしよう。どうすればいいんだ。
いくら考えても答えが出ない。メレクのやつ……何てことを教えてきやがった……。
俺はどうしたらいいんだ。このままだとギルドに顔を出せないというか、申し訳なくてカルアともシャルとも顔を合わせられない。
寝る前はシャルのところに会いに行って気持ちを確かめようと思っていたが、カルアのことを好きになってしまっているのに気がついたまま会いに行くのはどうなんだろうか。
ダメだろう。普通に。
どうしたらいい。誰かに相談するか。……マスターに相談しよう。
マスターは完璧な存在だから、きっと素晴らしい解決策を出してくれるはずだ。
そう思って、カルアと鉢合わせにならないように気をつけながらギルドの方に向かった。
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