改稿前原文(0.話目)2023/10/13まで



 チャイムが鳴ると、昼休みの時間が始まった。


 机を動かし騒ぎ出す教室の片隅が暗くなった事に気付いて、窓を向く。

 はじめは誰かがカーテンでも閉めたか雲の影かと思った。教室の窓は上の大窓も下の小窓もどちらも開かれており、カーテンも全て窓の端に帯で留められている。


 教室にいた生徒も同じ事を思ったのか、数人が窓の方向を向きだした。

 窓自体が黒かった。窓ガラスも空も全て黒く、青空の無くなった世界全体が暗闇になったことを教えている。

 いつもの賑やかな昼食ランチの時間が唐突に忍び寄った不穏な空気の中で、教室全体は沈黙に支配されていく。異変に気づいたクラスメートたちが駆け寄った教室の窓に、自分も近づくと級友たちの頭と頭の間から校庭が見えた。校舎の二階から見下ろした校庭は、野球やサッカーのネットや鉄棒や雲梯などの運動設備があるのがよく分かる。


 校庭は真っ黒に染まっていた。

 深い暗黒でも落ちたように、所々で鈍色の銀が輪郭として照らされた闇夜の校庭が広がって、そこから先に広がる周囲の街並みも闇に飲み込まれていた。

 上の階や隣の教室の窓から騒めきながら顔を覗かせる生徒たちと目と目が合う。学校中の全ての人間が空を見上げていた。


 皆既日蝕。


 教室の窓に集まった大勢の生徒たちの仰ぐ空では確実に日蝕が発生していた。夜のように暗くなった空と白い光輪コロナを放つ黒い星。校舎の三階から見える学校周辺の見晴らしがいい景色は、黒と銀色の二色に塗りたくられている。


 黒い太陽が、白銀の笠を纏って闇夜の空に浮いていた。煌々と輝く白い銀の輪は直接目にするとやはり眩しい。


 直視しないように目を背けると、ざわざわと騒ぎ始めた教室は、すでに興奮と昂揚感が渦巻いているのが分かる。

 不可解な世界の出来事。


 携帯電話スマホで現在の状況を検索しようとする生徒もいたが、あいにく携帯は登校時に担任が回収し下校時に返却される仕組みになっている。手元に情報を集める手段がない生徒たちは時間も置かずに次の行動に移りはじめていた。


 慌てて誰か二人が教室から廊下に出て行った。誰もが、窓から身を乗り出し突然起こった日蝕を窓から見上げている校舎と教室。

 日蝕はしばらく続いていた。いつまでも黒い太陽が周囲の白い光から出ようとしない現象が続いて誰もがおかしいと感じていた。


 日蝕への対応に混乱し、窓際に集まっていた生徒の数が増減を繰り返して集まっては散らばっていく。それでも教室にはまだ大部分の生徒が残っていた。教室から出ていった気の早い生徒たちは他の教室にお邪魔したり興奮したまま校庭に出ようとしている。

 周囲の友人たちは教室に残りロッカー側の窓から日蝕の空や黒い世界を眺めていた。


 暗い広大な校庭に一年や三年生の大勢の生徒たちがなだれ込んでいくのが分かった。一階の下駄箱から蛇口の栓をあけたように大勢の生徒たちの波が広がるとグラウンド全体に散らばって、頭上で白く輝いている白い太陽が浮かぶ闇の空を見上げている。


 一階の職員室からも数人の教諭が出てきた。生徒も教師も闇夜に浮かぶ黒い太陽の空を見上げながら言葉にならない声で騒めいている。


 日蝕はいつまで経っても続いていた。黒い影に隠れている白い環の太陽の角度は正午の位置。南に傾いた最大の高度から世界を不気味に黒く照らし続けている。


 ざわざわと騒ぐ教室が、何も変わらない日蝕の現象に飽きて自分たちの席に戻ろうとした時。

 空が晴れだした。突然の怪奇現象に騒ぎ続ける地上の声が校庭から周囲の住宅地にも広がろうとした時。黒い太陽の右斜め上から強い日射しが閃光を放つと暗闇だった空が澄みきった青い秋空へと戻っていく。


 黒く闇に閉ざされていた空が次第に白みを帯びて太陽の回りを白から赤、赤から青へと色を変えて元の青空が広がっていく。

 誰もがあまりの光度の変化に瞼を細めたり顔を背けたりした次の瞬間に、世界は既に生まれ変わっていた。


 瞬く間に一大天文ショーは終了を迎えたのだ。そして入れ替わりに青く巨大な惑星が天高い秋の空に浮かんでいた。


 騒めきは一瞬で静まりかえった。束の間の沈黙が空間を支配している。日蝕の前までは一切、存在しなかった巨大な青い惑星が東の空に現われて、地上から見上げる人間は茫然と立つことしかできなかった。

 秋の涼しい風の中で十月の青空に浮かぶ惑星は木星のように巨大だった。月や太陽よりも巨大な惑星が地球と非常によく似た色と模様で10月の秋の空に忽然と浮かんでいる。

 月や太陽よりも遥かに大きな姿で、青い海と緑と茶色の陸地、そして白い雲を纏った大気をもっていそうな惑星だった。


 茫然と見上げる人々を置いて。風に乗って、巨大な惑星の前を白い筋雲が通り過ぎていく。地球の雲が異質な巨大惑星の前を通りすぎていく現実を見て、やっと地上の人々は認識した。


 澄みきった十月の青い秋の空に、惑星が浮かんでいたのだ。

 青い地球の様な惑星が空に浮かぶ月や太陽よりも遥かに巨大な姿で東の空に浮かんでいたのだ。

 大きな惑星だった。青く巨大な惑星が、涼しい風と共に澄みきった青空に浮かんでいた。


 青い地球。いや、もしかしたら木星だったのかもしれない。それほど巨大な惑星が、赤い衛星と思しき小さな惑星を伴って青い空に浮かんでいる。そして青い惑星の中で白い雲がゆっくりと動いていくのを現実として目にした時。


 教室は一気に騒然となった。突然の身近な世界の変化に、教室にいた半数が廊下へと駆け出すと一気に一階へと駆け下りて下駄箱から砂色の校庭へ広がると所々で立ち止まり、青空に浮かぶ未知の巨大惑星を見上げていた。


 時が止まったように。校舎のありとあらゆる全ての教室の生徒や教諭たちが校舎の窓や校庭から大声を上げながら、いつまでも青い空を仰いでいる。


 暗い闇の日蝕の間に。日蝕の帳が落ちてその間に謎の惑星は生まれて出現した。今までの人類の世界は新しい世界に切り替わった。

 新惑星の出現。


 校庭に昼休みの終了を伝えるチャイムが鳴った。

 新世界の始まりを告げる鐘の音が世界に響く。


 未曽有の喧騒の中で教室の窓から空に浮かぶ惑星を見つづけた。地球のように青く、白い雲のような模様も帯びた綺麗で大きな惑星。


 誰もが信じられない光景は既にある一つの虚構の名で描かれていた。謎の巨大惑星が現われ事実の衝撃が告げる意味。

 既に選ばれていた咲川さきがわ章子あきこは知らず知らずのうちに新惑星の名を茫然と呟いた。


地球ちきゅう……転星てんせい?」


 虚構でしか知らなかった新世界が、遂に目の前の現実として現われていた。





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