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挫刹
改稿前原文(0.話目)
チャイムが鳴ると、待ちに待った昼休みが始まった。
号令の後で四時限目を担当した教諭が教室から出ていくと、今日の日直が黒板に書かれたチョークの字を急いで消そうと躍起になって腕を振り回している。
午前の授業が全て終わった教室は瞬く間に昼の喧騒に包まれた。
ガタガタと机を動かして仲の良いクラスメート同士が集まりだす。親の手作り弁当やコンビニの弁当にサンドイッチやおにぎりを広げる生徒たちが談笑を始めた。
この半年で生徒が集まる配置はある程度、固定化されてきている。
男子も女子も綺麗に分かれて、話の合う者同士で机を合わせると昼食を摂り始めた。さすがにこの教室でも男女が一緒の席で昼食を囲むという事はない。それを実行すればすぐに教室の委員長を決める際に強制的にカップルにされてしまう。
昼の弁当を抓みながら弾む会話と笑顔で、時間はあっという間に過ぎていく。
教室のドアがガラリと開くと、遅い今日の当番が職員室から白い牛乳の入った瓶のカゴとお茶の入ったヤカンを持ってやってきた。
金色の大きなヤカンに入った緑茶は生徒に割かし人気があるが、牛乳は毎年の事ながら不人気だった。特に女子には敬遠されている。理由は飲んだ後のニオいが気になるというのが大勢を占めていた。
「あ~やばい、もうすぐ中間だよ~」
「ちょっとそれ言わないで。せっかく忘れてたんだから」
「いえ~い」
他愛も無い会話が、食べ物の匂いが広がっていく空間に満ちていく。教室の中はいたって、いつも通りの日常が繰り返されていた。
子供たちが生きる世界では、これほど長閑な時間が流れている。
毎朝、自室のベッドで起き、毎日、学校に通い、毎回学校から帰っては自宅で宿題や自分の娯楽に浸って過ぎていく一日24時間は、いつも大切なようでいて常に飽きが来るものだった。
そんな事を考えていた丁度その時、不意に、教室の中が暗くなった。
誰かがカーテンでも閉めたのかと思ったが、教室の窓は上の大窓も下の小窓もどちらもカーテンは全て窓の脇で帯に留められていた。
教室にいた数人がそれに気付いて窓の方を向きだした。
窓自体が黒かった。
窓自体が黒く、外が暗闇になったことを教えている。
「……ね、ねぇ、ちょっと。外が変だよ?」
誰かが言った声で、箸を動かす手が止まった。
ガタガタと何人かが立ち上がると、暗がりの窓へと近づいていった。この教室の窓からは校庭が見える。校舎の二階から見る事のできる校庭はよく見渡せて、野球やサッカーののネットや鉄棒や雲梯などの運動設備もよく分かった。
その校庭が、真っ黒に染まっている。
まるで深い闇でも落ちたように、鈍色の銀が輪郭として走った黒い校庭が広がって、そこから先の世界を飲み込んでいた。
「……日蝕だ」
上の階の窓から呟かれた声で、教室の窓から顔を出している全ての人間が空を見上げた。
皆既日蝕。
黒い太陽が……白銀の笠を纏って闇夜の空に浮いていた。煌々と輝く白い銀の光は直接目にするとやはり眩しい。
「おい、直接見るなっ、失明するぞっ」
どこかの男子生徒の声だったと思う。
ざわざわと騒ぎ始めた教室は、すでに興奮と昂揚感が広がろうとしている。
不可解な世界の出来事。
「なぁ……、今日って日蝕が起こるなんて言ってたっけ?」
「知らないよ。おれは聞いてない」
「携帯、取り上げられてるんだよな。調べられねぇよ」
「おいっ、誰か職員室行って先生を呼んで来い。日直か学級委員っ」
「わ、わたし行ってくる」
「オレも行くよ」
慌てて誰か二人が教室から出て行った。誰もが突然起こった日蝕を窓から見上げている教室。
日蝕はしばらく続いていた。いつまでも黒い太陽が周囲の白い光から出ようとしない現象が続いて誰もがおかしいと感じていた。
「……ちょと長くないか?」
「やっぱり? わたしもそう思う」
ざわざわと騒ぐ教室が、何も変わらない日蝕の現象に飽きて自分たちの席に戻ろうとした時。
突然、空が晴れだした。
黒く闇に閉ざされていた空が次第に白みを帯びて太陽の回りを白から赤、赤から青へと色を変えて元の青空に戻っていく。
誰もがあまりの光度の変化に瞼を細めたり顔を背けたりした。
その瞬間に、すでに世界は変わっていた。
「……ウソだろ」
それはやはり男子の声だった。最上階にある三年生の教室の窓からの声だったと思う。
その男子の声が、さっきまでの空とは完全に変わってしまった現在の空の様子を見て驚愕の声を上げていた。
澄みきった青い秋の空に……惑星が浮かんでいたのだ。
青い地球の様な惑星が空に浮かぶ月や太陽よりも遥かに巨大な姿で東の空に浮かんでいたのだ。
大きな惑星だった。
青く巨大な惑星が、涼しい風と共に澄みきった青空に浮かんでいた。
「青い地球だ……」
いや、もしかしたら木星だったのかもしれない。それほど巨大な惑星が、赤い衛星と思しき小さな惑星を伴って青い空に浮かんでいる。
教室は一気に騒然となった。
突然の身近な世界の変化に、教室にいた半数が廊下へと駆け出すと一気に一階へと駆け下りて下駄箱から砂色の校庭へ広がると所々で立ち止まり、そこから青空の巨大惑星を見上げていた。
それは何もこの教室だけの事ではなかった。
全ての教室の生徒や教師が校舎の窓や校庭から青い空を仰いでいた。
「……
誰かの言った言葉が、教室の視線を一点に集めてしまう。
「転星が現われたんだ……あれ」
呆然と望いてくるクラス中の目が怖かった。
「本当に……同じ事が起こるの……?」
教室の端々で呟かれる言葉に、この教室の生徒の一人である少女は答えられなかった。
少女はまた再び教室の窓から空に浮かぶ惑星を見た。地球のように青く、白い雲のような模様も帯びた綺麗で大きな惑星。
「
教室に残った全ての生徒たちから視線を浴びる少女、
虚構でしか知らなかった新世界が、遂に目の前の現実として現われていた。
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