ゆたかな村(6)

「いつまで食べ続けるつもりなんだよ」

 シハルは出てくる食事を出てくるだけ粛々と食べ続けているので、トレッティはうんざりして辺りを見渡した。小さな木造家屋の中である。同じく木材でできたテーブルも小ぶりでその上にはあふれんばかりに食べ物がのった皿が並んでいる。

 最下層にある村というのが地下とは思えないくらい普通のどこにでもありそうな村であった。違うのは空が見えないことくらいだが、夜であればさほど違和感がない。ご丁寧に天井には星や月に見立てた灯りが設置されている。これであれば足元まで見えるので、逃げるのに支障はなさそうだ。

 しかし小さな村だ。階段を降りた先は踏み固められた土の道になっていて、大小の草木がごく自然に伸びている。その細い道の左右に点々と木材でできた粗末な家屋が並んでおり、「豊かさ」とはほど遠く見えた。

「いくらでもありますから、遠慮なく食べてください」

 言葉とは裏腹に表情は乏しい。トレッティはすぐに居心地が悪くなってきた。

 食事を出してくれているのは、リョウからの連絡を受けたらしい、老齢の女性だ。二人が道を歩いているのを見つけると別段も何をいうわけでもなく家に招き入れ、淡々と食事をテーブルに並べた。その女性とは夫婦であろうと思われる男性は奥にある椅子に腰かけたままじっとトレッティたちを見ている。ランタンの灯にゆらゆらと揺れるその無表情がかなり不気味であった。いかにも閉鎖的な農村といった雰囲気である。

 食事は蒸した米をメインに煮た川魚や野菜、リョウのいった通り果物まである。やや塩気がきつめではあるが悪くない。しかも皿が空になると女性がすぐに次の皿を運んでくる。

 トレッティは早々に満腹になり手をとめた。だが手をとめると暇で居心地の悪さに耐えきれなくなってくる。何しろ誰もしゃべらないのだから、出されたお茶をちびちびと飲み続けるしかない。

 女性もただ皿が空にならないかを見張っているだけという感じで、事情をたずねたり、雑談をはじめたりする様子はなかった。むしろ話しかけにくい雰囲気を前面に出してきている。

 やはり余所者には警戒心が働くのだろう。これはやりにくい。大歓迎されるとは思わなかったが、もう少し話しやすい雰囲気にならないだろうか。とにかくこの村の情報を知りたいが、あまり強引にやればさらに警戒されてしまう。

「この村の村長さんはどちらに?」

 トレッティが口を開くと、女性はガラス玉のような目のまま外を指さし「この先だよ」と枯れた声で言った。そういえば道の先に少しだけ大きな家屋があったようだった。そこが村長の家だろうか。

 表情豊かだったリョウのことがすでに懐かしく感じられる。抜けてはいたがよっぽど話しやすかった。早く戻ってこないだろうか。ここの石像のような老夫婦を相手にするよりは情報を引き出しやすそうだ。

 しかしリョウの話では村には把握できないほど子供がいるような口ぶりだったが、子供たちの声が一切しない。こういった閉鎖された村では真っ先に関心を持って近づいてくるのが子供たちのはずだ。警戒した親たちに押さえつけられているのかもしれないが、声すら聞こえてこないのは不気味だった。先ほど日が暮れたばかりで、全員寝てしまったなんてこともないだろう。そういえば虫や鳥、動物の声もない。ただ機械の音らしき低いうなりが聞こえるだけだ。

 そういう意味ではシハルのいう通りとても静かである。

「おいしいですね」

 こんな状況でよく我が家のような顔で大食いできるものだとトレッティはその肝の太さをうらやましく思う。トレッティとてこれまで様々な苦難を乗り越え、強かさには自信があるが、シハルの図々しさには完敗だ。

 それにこの家は財産を隠し持っているようには見えなかった。家は小さく置いてある家具はテーブルと作り付けの棚くらい、二人の身なりも質素を通り越して粗末ですらある。煮しめたような色合いの布を体に巻きつけて紐でしばったような簡易なものだ。そういえばあの男の子もそんな服装であった。リョウだけが奇妙な服装をしていたように思う。

 こうなるとやはり話を聞くべきは村長だろう。どうにかして村長の家を見に行けないだろうか。先ほど村を見た感じではいくつか蔵のような建物があったのでそちらもあやしい。

「村長さんにお礼を言いたいんだけど」

 いつまでもこうしてはいられないと、トレッティは思い切って口をひらいた。夫婦は無言でトレッティを見つめている。やはり無表情だ。

「私も何かお礼をしたいのですが。お腹が減って動けなかったので本当に助かりました」

 シハルは食器を持ったまま笑顔で話し始める。まだ食べ続ける気満々だ。

「私にできるのはまじないくらいですが、この村には不要のようですね。どうしたらいいでしょうか」

 腹がふくれたからなのか、無視を決め込む二人を前にずいぶんと楽しそうに話している。本当に神経が太い。しかし大道芸人かと思っていたが、まじない師だったのか。トレッティにとってはどちらも似たようなものだが。

「この村は峠にいる神様に守られているようですからね。呪いを心配されているようですが、邪なものは峠を越えられないようなので心配ないと思いますよ」

 トレッティはどきりとしてシハルをまじまじと見た。「邪なもの」というのはつまりトレッティのことではないだろうか。

「神様なんている?」

 トレッティはあえて軽い調子をつくって言った。何度も峠のふもと付近を歩かされたときのことを思い出して鼓動が早まる。業界でなかなかたどり着けない村とされていたのは、村に行こうとした人間が全員邪な連中だからというわけか。

「神様、いましたよ」

 シハルは何でもないことのように言ってから、そっと汁物の椀に口をつけた。やたら量を食べるのにガツガツせず、食べ方がきれいである。氷砂糖も口にしたことがないなんて、ひどい貧乏人なのかと思っていたが、もしかして逆に育ちがよすぎて非常食のようなものなど口にしたことがないというふざけた理由だったりしないだろうか。

「神などおらん」

 話をする気がまったくなさそうだった男性が急に口を開いた。トレッティは驚いてそちらを見る。やはり表情はない。

 シハルはそっと椀をテーブルに置き口元を布で拭った。

「お魚の煮たのをもう少しください。お魚ははじめて食べましたが、おいしいですね」

 え? ここでおかわり?

 見るといつの間にか魚の煮つけといくつかのお菜ののった皿が空になっていた。あの女性がずっと皿を見張っていたはずだが。トレッティが女性を見たときはすでに別室に料理を取りに向かった背中だけが見えた。

 魚も食べたことがないのか。ますます謎が深まる。

「この村の奥にお社がありましたが、神様をお祀りしているのではないのですか」

 シハルは男性に問いかけるが、男性は「違う」と言ったきりまた黙り込んでしまった。

 トレッティは大きな家や蔵などしか視界に入っていなかったが、社などあっただろうか。

 先ほどの女性によりテーブルの上にあたらしい料理が並べられる。そういえばいくらでもあると言っていたとはいえ、限度を超えて料理がでてくるような気がする。そんな量を普段から作り置いておくものだろうか。トレッティがリョウにシハルが空腹だと伝えたのはつい先ほどのことである。

 料理は古いと感じられることはなかった。作り置いていたものというよりは作りたての温かな料理だ。

「おい、シハルいい加減にしておけよ。腹こわすぞ」

 気味が悪くなり、シハルの袖を引き耳打ちしたが、ちょっと首をかしげただけでそのままにこにこしながら食べ続けている。

「水神様はどうでしょうか。ここに流れ込む川はとてもいい川です。お魚もたくさんいました」

 ようやく食器を置いたシハルは祈りをささげるように指で不思議な印を結び、小さく何かをつぶやいてから男性を見やる。

「そんなものもおらん」

「そうですか……。私がお礼でできることといったらまじないと神様をお慰めすることくらいなのですが。困りましたね」

 突然、老夫婦二人が同時に立ち上がった。

「え、なんだよ」

 トレッティも驚いて立ち上がる。シハルだけが不思議そうに立ち上がった三人を順に見渡していた。

「休んでください。寝所は整えてありますから。どうぞこちらへ」

「いや、その前に村長さんにあいさつをさせてよ。なぁ、シハル、このまま寝るなんて申し訳ないよな」

「村長はもう寝ています。年ですから」

 やはり余所者にあまりうろうろして欲しくないようだ。こうなったらもうおとなしく寝ているふりをして外に探りに行くしかない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る