ゆたかな村(4)

 その後に起こったこともトレッティにとって理解のおよばないことばかりであった。

 地面からせり出してきた柱の中から人間が出てきたのだ。しかも妙な格好をしている。体にぴったりとくっついたような薄い布地の服を着ている男だ。露骨に警戒心をあらわにしてトレッティたちを見ている。

「エレベータが振動を感知したので様子を見に来ましたがあなたたちは何ですか?」

 何を言っているのかわからない。

「え? えれ? 何だって?」

 いぶかしげに見ている男はまるで犯人を探るかのように三人に視線をめぐらせる。

「すみません。これが掘りました」

 シハルが犬の人形を男に見せる。今度は男の方が困惑した顔をした。話をややこしくするのはやめて欲しい。

「シハル、ちょっと黙って」

 トレッティが小声で注意すると「本当のことなんですけど」と不服そうにしながらも口をつぐんだ。

「あたしたちはこの子を連れてきたんだよ。峠にいた。この村の子だろ? 本人もそういってる。こんな小さな子、夜になったら凍えてしまうじゃないか」

 トレッティが男の子の両肩をささえて、男に見せるように前に出すと、男は「ん? どこの子だろう。僕も子供たち全員を知ってるわけじゃないから。こんな服装の子いたかな」などとひとり言を言い、気弱な様子を見せ始めた。

 トレッティは瞬時に押せば言いなりになるタイプだと判断する。こういうのは大得意だ。シハルのような頭の構造がどうなってるのかわからないやつよりはよっぽど御しやすい。

「子供を見殺しにはできないだろ。そんで、ここに寄り道をしたからもう日暮れまでに目的地まで行けなくなっちゃったんだ。当然この村に泊めてもらうよ。この子も早く親に会いたいだろうから早くしてくれよ」

「いや、でも、子供が外に出られるわけが……それに村長の許可も……」

「日が暮れちまうっての」

 トレッティが間髪入れずに声をあげると、男はびくりと肩を震わせ「では、とりあえず中に……」ともごもご言いながら例の柱へとトレッティたちを案内した。やはり村への入口だったのか。

 正直、おそろしかったがシハルも男の子も特に当たり前のように柱の開口部分に入っていったので、トレッティも平気なそぶりで後に続いた。

 シハルは氷砂糖のおかげで動けるようだが、心なしか元気がなく、口数も少ない。

 柱の中は小部屋のようになっていて、壁にいくつかのボタンがある。相変わらず男はぶつぶつと何か言いながらボタンを操作していた。トレッティはじっと男の行動を観察する。

 誰も手をふれていないのに柱の開口部分が閉まり、すぐに振動を始めた。一瞬体が下降しているような感覚があったが、すぐに止まる。

 どういう仕組みなのかは不明だが、この村ではこういう道具が当たり前になっているようだ。確かに手をふれなくとも動かせる機械などの噂は聞いたことがある。魔法のようなものかもしれない。そういう道具がたくさん使われているのなら、豊かな村という噂も本当のようだ。

「乗り換えますので、降りてください」

 男はまたボタンを操作すると柱の扉を開ける。やはり誰も手をふれていない。

 シハルも男の子もものめずらしそうに辺りを見渡しているもののおびえている様子はなかった。子供は順応性が高くてうらやましい。

 見あげると先ほどのつるつるはすぐ上に見えた。本当に人の身長分くらいしか下には降りていなかったようだ。

 その空間自体は広くはなく、町にあるようなちゃんとした屋敷でいうなら玄関のような場所なのかもしれない。正面にいくつか扉のように見えるものがあり、やはり先ほどの柱の中にあったようなボタンも壁にくっついている。

 しかしその壁というのが不思議で、小さな穴がびっしりとあいているのだ。こんなに穴があいていたら雨が入って来るのではないだろうかと思ってすぐにここは地下だったと思いいたる。つるつるした天井からやわらかい日の光がたっぷりと降りてくるため地下であることを忘れてしまうくらい明るい。

 土を掘って作った空間であるはずなのに地面は土ではなかった。やはり硬い床である。レンガのようなものでもなくここもつるつるとしている。つま先でこすってみるが滑ってしまうような素材でもなさそうだ。

 またシハルがあちこちぺたぺたと触ってるんじゃないかと思ったが、興味深そうに見てはいるものの、やはり先ほどよりは明らかに元気がない。

「お名前をうかがってもいいしょうか。ちなみに僕はリョウといいます」

 すっかりトレッティの顔色をうかがうようになってしまった男は申し訳なさそうにそう切り出し、自分から名乗った。

「あたしはトレッティ」

 リョウと名乗った男はポケットから取り出した薄い板のようなものを指先で叩いたり、こすったりしている。メモをとっているのだろうか。ペンを使わずにメモをとれる板なのかもしれない。この村では外の常識は通じないようなので気にしないことにする。

「私はシハルといいます。これはヴァルダです」

 またシハルがあの犬の形の焼き物をリョウという男に見せている。やはり反応に困って口をもごもごと動かしていた。こういうタイプの人間にはシハルのような変人のあしらいは荷が重いだろう。

「それ、もうしまっておけよ」

 助け舟というわけではないが、リョウがもごもごし続けて、話が進まないのでトレッティがいうと「そうですね。割れても困りますし」と、素直に背負い箱にしまった。気色悪いので視界から消えてせいせいする。

「あ、あれ?」

 リョウがあわてたように辺りを見渡している。

「どうしたんだ」

「あの男の子はどこに?」

 見ると正面にある扉のひとつが小さくあいていた。

「鍵は開いていなかったはずなのに。どうしよう」

 リョウはパニックに陥ったように狭い空間をいったりきたりする。こういう人間は御しやすいという利点があるが、見ているとイライラするという欠点がある。

「ここの子なんだからいいだろ、別に」

「ダメですよ。外から呪いを持ち込まれたら困るんです。一度でも外に出たらここで浄化してから入る決まりになってるんですよ。あなたたちも、僕もです」

「呪い?」

「そうです。呪いを持った人間が入ると中の作物が枯れてしまいます」

 その土地には土地のルールというものがあるのはわかっているが、かなり神経質な村である。

「じゃ、とりあえずその浄化ってのをやってよ。早くあの子を探しに行かないとまずいんだろ」

 うろうろして騒ぐ前にやることをやればいいのにとトレッティはまたイライラした。

「そ、それもそうですね」

 リョウはおびえたような目でトレッティをちらりと見て、壁のボタンのひとつを押した。

「わ、何、これ」

 壁にあいていた穴という穴から白いもやのようなものが勢いよく吹きだしてくる。体が濡れたり、何かがくっつくという感じもないが勢いがすごい。視界の端で大荷物のシハルがしゃがみこんだかと思ったら、もやにあおられてころんと転がった。

「はい、終わりです。行きましょう」

 白いもやがとまると、トレッティに怒鳴られるのを阻止するためか、リョウは妙にきびきびと動き出す。ちょっときつく当たり過ぎただろうか。

「シハル、あんた平気なの?」

 シハルの動きがやはりあやしい。転がったままぼんやりしている。かと思ったらすっと手のひらをトレッティにむけてさしだした。

「ほんとに金払えよ」

 仕方なくポケットから氷砂糖を出し、その手のひらにのせた。

「体調が悪いんですか?」

 リョウが心配そうな顔で氷砂糖をなめているシハルの顔をのぞきこむ。

「気にしないで。お腹が空いてるだけだから」

「ああ、食べるものならいくらでもありますから。ただ、今はあの子供を探さないといけないので、ちょっと待っていてくださいね」

 リョウは何でもないことのように言う。

 食べるものならいくらでもある?

 トレッティは耳を疑った。こんな地下でそんなに豊かな暮らしができるものなのか。そういえばここで作物を育てているようだが、地下でそんなに収穫ができるというのも信じがたい。

 先ほどからいろいろと理解を越えた道具を見てきたから、きっとそういうものの力を使っているのだろう。なるほど豊かな村とはよくいったものだ。

 これは仕事のしがいがある。

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