占術士のカード(6)

 ここで出るべきは「王」だ。左右の道はなくなってしまった。

 シハルは何の躊躇いもなくカードをあける。

「王様のカードです。真っ直ぐという意味ですよね。左右に道はないのでこれが出るのは当たり前ですが。肩慣らしというやつですか」

 相変わらずロズウェルの占いに対して信用しかしていない。軽い足取りで地面に置いた燭台と例の半円を手にすると意気揚々と歩き出した。もうこれで安心だといわんばかりだ。

 だが今のは三分の一の確率で当たる。本番はここからだ。目的地に着くまで当たったかどうかはわからない。回数を重ねるほどに当たり続ける確率は減るはずだ。

 ロズウェルはカードと布を仕舞うとシハルに続く。

 その後、道が分かれている場所に出くわすたびに同様の占いを行った。正面、左、右、右、正面と、行くべきとされる道がすぐに提示される。

 その結果は案外すぐに出た。

「着きましたね」

 やはりシハルは当たり前のような顔をしている。

 占いで道を決めるようにしてから同じ道は一度も通らなかったように思う。本当にあんな占いが当たるのか。いや、カードを選んだのはシハルだ。まだ疑いは残る。

「お参りしてきます」

 目標が近いことを察知したのか、シハルの道具がうつくしいながらも乱れた旋律を奏でている。それをどうやったのかわからないが、沈黙させるとまた元のように髪の中にしまった。

 地下にしては広い空間が広がっている。左右には壁にそって水路があり、部屋の奥は噴水になっていた。上にあった祠と構造がよく似ている。

 違うのは神像がなく、そこが祭壇のようになっているところだ。上の祠よりも複雑な形に水が流れ、祭壇そのものがうつくしく見ごたえがある。

「ロズウェルさんはここにいて荷物を見ていてください」

 シハルはそっと背の荷物をおろしてロズウェルのかたわらに置く。

 荷物を見るってこんな場所で誰に盗られるでもないだろうと思ったが、シハルが変に真面目な顔をしているので黙ってうなずいた。

 すぐに祭壇にお参りに行くのかと思ったが、ロズウェルと荷物を見比べて何かを思案している顔をしている。それから一人で頷くと、背負っていた巨大な箱の扉を開いた。

「これを持って見ていてください」と、中から取り出したものを渡される。

「なんだこれは」

 両手で一抱えほどの土人形だ。

「お守りです」

「犬か? いや、猫?」

「狼です」

「狼……」

 笑おうとしたが、何となく笑えない。それに受け取ってしまったものの、嫌な感じがする。手触りなのか見た目の醜悪さからなのかはわからない。

 確かに、何らかの動物を模したのだろうが、問題はそこではない気がした。

「これは……呪われているとか、そういうものか?」

 ついそんな非現実的なことを口走ってしまう。それほどの気味の悪い土人形だった。

「お守りです」

 シハルは再びそう言った。

 守られる気がしない。

 そんな物騒な土人形をロズウェルに預けてシハルは祭壇に向かってゆく。まったく気負いのない後ろ姿にロズウェルふっと嫌な予感がした。

 その時かなり間近に水が滝のように流れ落ちる音、直後地面が揺れるほどの地響きがした。音の方を振り返るとこの部屋への入口の壁がまさに今閉まったところだった。

「壁が動いた!」

 ロズウェルは信じられない気持ちで壁を見つめる。どうなっているのか手元の灯りだけではよく見えない。いや、仕組みはどうでもいい。これでは帰れないではないか。

 途方に暮れてシハルの方に向き直るとシハルもびっくりしたように壁を見ていた。音に驚いたのだろう。

「ばか……やろう……前……」

「ひっ!」

 思わず叫んでしまった。シハルの声でも、もちろん自分の声でもない。抱えていた気色悪い土人形がしゃべったのだ。

 同時に祭壇のあたりで何かが崩れるようなすさまじい音がする。驚いてそちらを見ると、目を疑うような光景が広がっていた。

 崩れた祭壇から伸びた透明な蛇の尾のようなものがシハルの体に巻き付き宙に持ち上げている。

「シハル!」

 苦悶の表情で抗っているシハルを助けるすべがわからない。尾の細くなった先端が首にまで巻きつき、声を出すことすらできない様子だ。

「占い屋、占え……」

「――またしゃべった」

 投げ捨てては祟られるかもしれない。

 ロズウェルはそっと土人形を床に置いてシハルの救出に向かおうとするが、「待て。占え」としつこく命令される。動こうとしているのか、ガタガタと揺れているのが、本当に気色悪い。

「それどころじゃない。シハルを助けないと」

「だから……占え……」

 土人形はそのまま黙る。

 シハルといい、この人形といい、こじつけであるロズウェルの占いに何を期待しているのか。

 ロズウェルは素早くその場であぐらをかくと、シハルの様子をうかがいながら、床にそのままカードをあけた。

「金の雪」

 通常の占いでは吉祥、ふいに訪れる幸運を意味する。この状況でいったい何をいうのやら。やはりシハルがいないと当たらないのだ。

「おい、どうするんだ!」

 焦ったロズウェルは土人形に怒声を浴びせた。

「続け……ろ……」

 こんなことをしているより物理的にシハルを助けた方が早い気がする。ちらりとシハルの方を見ると、透明な蛇の尾のようなものの本体らしきものがずるずると祭壇から現れようとしていた。長い。本当に蛇なのか。

 ロズウェルはどうしたらいいのかわからず、もう一枚、放るようにカードをあける。

「左官」、または「壁塗り職人」とも呼ばれるカードだ。刷新、隠蔽などの意味があるが、これが一体何なんだ。

 シハルを見ると両腕をだらりと下げて、意識を失いそうになっている。

「もうだめだ」

 ロズウェルはカードをその場に置いて、駆け寄ろうとするが、なぜか足元に土人形が立ちはだかっている。跨ごうとすると、それは気色悪い声でうなった。

「カード、を読み上げ、ろ。どういう……意味だ」

「『金の雪』と『壁塗り』だ。意味なんて知るか。シハルを助けに行く」

「お前では、ダメだ、あれは――神」

 神だと?

 ロズウェルまだずるずると祭壇から伸び続けている蛇の尾を見やる。蛇だとすれば巨大すぎるし、こんな透明な蛇は見たことがない。しかし神の姿とも思えない禍々しさだ。

「じゃあ、どうすればいいんだ。放っておいたら殺されてしまう」

「もう……一枚、出せ」

 こんな緊急時にまだ占えというのか。

 暗闇をたたえた洞のような目がロズウェルをじっと見すえている。言うとおりにしないと末代まで祟られそうである。

「これで最後だ。見殺しにはできない」

 ロズウェルは放ってあったカードに駆けよると、座ることもせずに一番上にあったカードをあける。

「馬蹄」のカード。これも吉祥である。意味は「金の雪」に似ている。降り積もる幸運に対し、たまりゆく幸運。「金の雪」は天から降る思いがけない幸運だが、対して「馬蹄」は日ごろこつこつと励んでいたことが小さな幸運により一気に花開くイメージだ。こんな時だが縁起のいいカードが並んだものだ。

「『馬蹄』だ。もういいだろ、意味不明だ。こんな占いは当たらないんだよ」

 まくしたてるロズウェルに土人形は「なるほど……その発想は、なかった」と、うなっている。

「なんだ。なにが『なるほど』だ。どうにかできるのか」

「黙れ……俺の、言うとおりに、しろ」

 動きたいのか土人形がまたガタガタとうごめいている。

 結局ロズウェルには祭壇から出ている蛇のようなものをどうにかするすべを思いつかない。ここはこの同じような禍々しさをもつこの土人形に従った方がまだ可能性があるのではないだろうか。それにシハルはこれを「お守り」と呼んだのである。

 シハルに目をやると顔色は白く、抗う力も残されていないように見えた。

「――わかった。どうすればいいんだ」

 ロズウェルは土人形のかたわらにしゃがみこんだ。

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