アンデッドの聖女はお返ししたい ~王侯貴族達に騙され人柱として呪いを一身に背負わされたら、不死になって最強の闇属性使いに。とりあえず呪いは百倍にして返してやるから首洗って待ってろ~

虎戸リア

第1話:聖女なのにアンデッド

 

 辺境の小国――ラムザン。


 闇堕の神殿、聖杯の間。


「えっと、ここで儀式をするのでしょうか? なんだかあんまり教会っぽくない場所ですけど。というかどう見ても邪教系なんですけど……」


  髑髏どくろやら邪神のような禍々しい像が奉られているその広間に、美しい女性の声が響く。


 それはまるで月光のように輝く長い銀髪の女性だった。人形のように整った顔立ちに、神の祝福を受けた者のみが持つ金色の瞳。聖衣と呼ばれる、聖職者用の純白の服を旅用に動きやすく改良したものを身に纏っている。腰に差してあるメイスといい、革製の編上ブーツといい、どこか活動的な印象を与える美女だった。

 

 彼女の名は、ステラエア。世界救済の為に諸国を旅する聖女であり、先日この国に足を踏み入れたばかりだ。


「我が国は少し特殊な形態で信仰しておりまして……ですが、聖女様ならば問題ありませんとも……ええ」


 腰の曲がったボロボロのローブを纏う老人がそう言って、ステラエアを祭壇の前へと誘った。


「ステラエア様。ここはあまり良い雰囲気でありません」


 ステラエアの横に立つ、背が高く細身ながらも引き締まった身体に銀色の鎧を着た青年――聖女を護る役割を持つ聖騎士であるヴァルが彼女にそう耳打ちする。警戒しているのか、いつでも抜けるようにと利き手を腰に差している銀の剣へと添えていた。


「分かってるわよ。とはいえ、この国の王様や国の東西南北を治める四貴族たっての願いなんだから……それにあれ見て」


 ステラエアが目を輝かせた。


「こちらの供物は全て……儀式後は聖女様に持って帰っていただいて結構ですので……ヒヒッ」


 老人が手を向けた先。そこには、煌びやかな光を放つ金銀財宝が山のように祭壇の上に積まれていた。


「ぐへへ……これでしばらくは贅沢な旅が……虫を食べないで済む……」

「ステラエア様、心の声が漏れてますよ……。うちの宗派は清貧がモットーなんですから、表向きぐらいはそうしてください!」

「はいはい。じゃ、サクッと終わらせましょ。〝祝福の儀〟、でよろしいのですよね、ご老人」

「ええ……そうですとも。祝福……


 老人がそう言って祭壇から離れた。彼が壁際まで行くと、すぐ近くにあったレバーへと手を掛けた。


「じゃ、始めましょうか」


 ステラエアがそう言って袖を腕まくりしようとした瞬間。


「ヒヒヒ……呪いよ呪い……聖杯を捧げし憐れな仔羊に祝福を……祝福を!」


 老人の呪詛のような言葉と共に――レバーが下ろされる。


「おろろ?」

「っ!! ステラエア様っ!」


 床下からガコンッ! という音が響いたと同時に、ステラエアとヴァルが立っていた床が――


「きゃあああああ!!」

「ぎゃあああああ!!」


 闇の中へと落ちていくステラエア達の絶叫が祭壇の間に響く。


「これで……当分は呪いは収まる……馬鹿な女め!! 呪われ苦しみ、そして死ねえええええ!! ヒヒッ! ヒヒヒヒッ!」


 老人の笑い声が闇の中でこだまし、やがて聞こえなくなった。


「ぎゃあああ死ぬううううう」

「うるさいわね。叫んだって落ちてる事実は消えないわよ――ほら、下が見えてきた」

「なんでそんなに冷静なんですか!」


 闇の中を落ちながら、ステラエアは真下に見える光へと目を凝らした。何やら空間があり、そこでこの空中落下は終わりそうだ。


 やがてそれはすぐ目前に迫り――衝撃。舞いあがる粉塵。


「はい死んだ!! はい今俺死んだ!」

「うるさい死体ね。死んでないわよ。気分は最悪だけど」


 ステラエアがもうもうと立ちこめる粉塵を吸いこまないように口と鼻に手を当てながら、自分達が着地した物を見て、顔をしかめた。


「し、死体!?」


 それに気付いたヴァルが飛び上がった。そう、ステラエアとヴァルは――積み重なった死体の山に落ちたのだった。死体が緩衝剤となり、あの高さから落ちても二人は怪我をせず済んだのだが……決して良い気分ではない。


「あのジジイ、上に戻ったらとっちめてやるんだから!」


 ステラエアが怒りながら死体の山を下りて、その空間を見渡した。


「何かしらここ。凄く嫌な予感がビンビンするんだけど」

「既に最悪ですよ……痛てて……鎧のせいで腰打って痛い……」


 二人の降りた場所はその空間の端にあり、周囲の壁際には炎が揺れる松明が掛けてあった。そしてその空間の中央には――小さな石の台座があった。


「ヴァル、あれは――良くないわ。凄く良くない」


 ステラエアが鋭い視線をその台座に向けた。台座自体は何の変哲もない物だ。だがその上に置いてある物が問題だった。


「あれは……聖杯?」


 ヴァルの言うように、それは確かに形だけで言えば聖杯と呼ばれる器だった。


 だがそれは血と臓器に塗れており、何よりその中は闇より濃い黒色の何かで満たされていた。


「聖杯……だった何かよ。ここにいたら……まずいわ」


 ステラエアがそう言った瞬間。


 ボコボコッ――という何かが泡立つ音が響いた。


「ヴァル、あれ……」


 ステラエアが指差す先――聖杯から鳴るその音は更に大きくなり、そしてその縁から暗い何かが猛烈な勢いで溢れはじめた。同時に壁の松明の炎が――蒼色に変わっていく。


「ステラエア様、下がってください!」

「……無駄よ。逃げ場はないもの」


 それは――呪いだった。呪詛だった。


 人の暗い部分を集めて煮詰めて、凝縮させた――闇。


 そこでステラエアはようやく気付いた。あの積み上がった死体の山が全て――聖職者の格好をした女性であると。


「あいつら……聖女を招き入れて……呪いの人柱にしてたのね!!」


 おそらくこれまでも、この呪いに気付いた聖女が少しでもそれから逃がれようと死体の上へと逃げ、そして死に絶え……また落とされた聖女が同じことを繰り返し――出来たのがあの死体の山だろう。


「聖職者殺しどころか、闇の儀式を国ぐるみで行っているなど……ありえない」

「でも現実よ。ほら、来る」


 迫る闇の波濤をステラエアが睨み付けながら――手をヴァルへと差し出した。


「ステラエア様、いつもぶつくさ言っていましたが……本当はとても楽しい旅路でした。そして最後まで護れず……すみません。俺本当はステラエア様の事が好――痛い! 何するんですか!」


 何やら真面目な表情で語っていたヴァルの頬を差し出した手で引っぱたくと、ステラエアは強くヴァルの手を握った。


「私は……最高に可愛くて、最高に強い聖女よ。こんな呪いに――負けるもんですか! 絶対に……手を離さないでねヴァル。せめて、死ぬならばこの命燃やしてありったけのホーリーパワーを見せてやる!」

「……はいっ!」


 強く握り返すヴァルにステラエアは安心すると、息を大きく吸った。


「ここを生きて出れたら――この国、容赦なくぶっ潰すからね」

「お供しますよ――どこまでも」


 そして闇が――二人を飲み込んだ。



☆☆☆


 それは、慟哭だった。

 それは、痛みだった。


 つまり――呪いだった。


 それは苦痛となって全身を襲う。

 燃えるような痛みと、氷水に浸かったような刺す痛み。

 棘だらけの腕で抱きしめられたかのような痛み。

 全身を切り刻まれるような痛み。

 そして溺れるような苦しみ。


 なぜか脳裏に四人の見知らぬ人物が思い浮かび、彼らが悶え打つ自分を見て、嘲笑っていた。そしてそれを王冠を頂く老人が静かに見つめていた。


 全てが平等に襲ってきて、そして発狂することも気絶することも許されず、その痛みと苦しみが続いた。


 延々と――続いた。


 だがやがてその苦痛は和らぎ、代わりに小さな光が灯る。それは徐々に明るくなっていきやがて――


 ――呪いが溢れてから数時間。


「――死ぬかと思った!!」


 ガバリと起きあがったのは――ステラエアだった。纏う聖衣が黒く染まっている以外、見た目は変わっていないが、その顔と肌は死体かと思わせるほど青白く、その美貌をいっそ怖いほどまでに引き立てていた。


「生きて……る? 生きてる! ステラエア様! 生きてますよ!」


 その横で倒れていたヴァルも起きあがった。彼もまた銀鎧と剣が黒く暗銀に染まった以外に変わりはないが、やはりその顔と肌は青白くなっていた。


「生きてるから良いものの、拷問地獄で死ぬ思いをしたわ! 絶対にあいつらのせいね……許さん。というかヴァル、あんた顔色悪いわね」

「拷問……? 何の話ですか? そう言うステラエア様だって死体みたいに顔が真っ白ですよ。いや、なんかある意味綺麗さに拍車が掛かってますが」


 思案するような表情を浮かべると――ステラエアがヴァルを手招きした。


「? なんですか? って、うぷっ!」


 ステラエアが寄ってきたヴァルの顔を掴むと――実は着痩せするタイプで、見た目よりもずっと豊満な胸へと――押し付けた。


「ななななな、なにを!」

「――ヴァル、聞こえる? 感じる?」

「へ?」

「体温。それに

「あっ……嘘だ……」

「その反応を見るに……ええい、用が済んだらとっとと離れなさい!」


 ステラエアに蹴られながら、ヴァルはひんやりとした一切温もりのないステラエアの体温と一切聞こえない鼓動音の意味に気付いていた。


「まさか……」


 ヴァルは手首に指を当てるも、やはり自分の脈を感じない。何より、強く打って痛かったはずの腰から何も感じなかった。


 その態度を見て、確信を得たステラエアがため息をついた。そして腰に手を当てて、呆れたような表情を浮かべながらこう言い放ったのだった。


「はあ……何がどうなったかさっぱりだけども……私達――。聖女がアンデッドなんて……笑っちゃうわ」



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