空の魔術師は地上に焦がれる
後藤 悠慈
大空より降り立つ魔術師
今日は晴天、程よく雲が青空のキャンバスに彩を演出し、風がわたしの心を程よくくすぐっている。風に飛ばされないように、黒の三角帽子を押さえ、そしてまた箒に手を伸ばす。
わたしは今日も旅をする。目的もなく、ただ、街のある方向へと向かう。だが、街に行くことを目的にはしていない。あくまでも道を進む指標であって、目的地ではない。わたしはそ道中にある景色と世界を見たいだけだ。ある程度の計画は必要でも、全部その通りに行くのはどうも楽しくないのだ。どうせなら、最後の到達点さえ計画通りに行けば、過程は臨機応変に変わっても良いじゃないかと、私は思う。まあ、だからベラン国のような堅苦しい騎士団は性に合わなかったのかもしれない。だから旅人となり、こうして箒にまたがり、のんびりと過ごしている。
ふと見ると、前方にあるがけに人が一人、腰掛けているのが見えた。
(まさか、自殺……なわけないか。自殺する人が座るわけないし)
その時はその程度の感想で、興味を示さなかったが、その人に近づくにつれて、わたしは少し興味がわいた。ずっと、ずっとどこかを眺めているような、そんな雰囲気を感じたのだ。
(もしかして、あの人も空が好きなのかな)
そう思ったわたしは、徐々にスピードを落として、その人の後方へと着地した。その人は男性のようで、彼はわたしの存在に気づき、最小限の動きでわたしの方を見た。
「おや、どうも旅人さん。魔法士、いや、魔術師さんかな」
「どちらでも。あなたも旅人?」
「ああ、そうだよ、旅人組合にも所属していない、浮浪者さ」
「別に、所属してなくても悪くないと思うけどね。あなたは、ここで何を? 空でも見て過去の思い出を振り返ってたの?」
彼はまだ若めの青年だった。恐らく大半の女性が見たらイケメンだというかもしれないが、わたしは特にときめかない系の顔。わたしと同じ20代のようだ。
「いや、大地を眺めていたんだよ。何も頭に過らない、まっさらな状態でね」
「へえ。あなたは地面が好きなんだ。わたしとは逆で」
「逆? ああ、もしかして、君は空が好きなんだ。うん、空も良いとは思うけどね。でも、大地にもたくさんの魅力があるんだよ」
「ふうん。例えば?」
わたしは問いかけながら、その青年の隣に腰掛ける。青年は女性慣れしているタイプで、顔色変えず、そのまま話す。
「まずは、足でその雄大さを感じられることさ。空は掴みようがなくて眺めるだけだけど、大地は違う。しっかりと足を付けることが出来る。それだけで、大地のありがたさを感じられる。自然に出来た岩の形、土地の形態は畏敬の念を贈るにふさわしいこの母星が作り出した芸術作品なんだ。それが例え、普段目にしているような草原や高台、丘陵だとしてもね」
「なるほどね。わたしが空を飛んでいる時に、空に包まれている感覚と同じかな。そう考えると、あなたのその感覚も分からなくはない」
「そして何より、果てしないこと。ここらは地平線が綺麗に見える所は多くないけど、でも、大地を目でなぞり、空との境界線を眺めると、なんだか、勇気が湧いてくるんだ。それは正直、言葉で表現できない感覚なんだけどね」
大地を語る彼は、とても生き生きとしている。好きすぎるがゆえに言葉が見つからない感覚も、わたしは理解できる。わたしも空が好きで、でもその時は理由なんて人に教えられなくて、ただただ、惹かれている感覚。でも、彼は、人に伝えられる言葉も持ち合わせていて、なんだか羨ましい。
「その感覚、わたしも分かる。というか、わたしの場合はほとんどがそれなんだ。なんか、好きなんだけど、それって、人に教えられる好きじゃなくて、自分の感性とか、心がひたすらに惹かれているものって感覚」
「そう! まさにその感覚から始まったんだ。そして、その感性は多分ずっと続いていく」
彼の考え方はわたしに近いものだった。ただ、琴線に触れる善さがある。そして、それは言葉に表現できないもの。わたしが空が好きな理由は、そこにある。
「そうだね。うん、良い話が聞けたよ。今日は気持ちよく寝れそう。話してくれてありがとうね」
「いやいや、こちらこそ、話を聞いてくれてありがとう。またどこかで会えたら、今度は酒でも飲みながら話そう。旅は気まぐれってね」
「そうだね。それじゃ」
わたしたちは別れの挨拶を交わし、わたしは箒に腰掛け、そして再び上昇、いつもの高さまで登った後、ゆっくりと前進した。
空から眺める大地も、まあ悪くないかなと、心のどこかで感じながら。
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