第4章 本田幸一 〜 3(2)
3(2)
「わたしね、昨日彼と、二人で呑んだのよ、それもけっこうトコトンね……」
それから四人それぞれに顔を向け、打って変って静かな声で話を続けた。
「前回の同期会、わたしたち幹事だったでしょ? だからこれまでも、二人だけでってこともあったのよ、でもね、昨日のはちょっと、今までとは違ったんだ……」
電話が掛かってきたのが、夕方の六時頃。それはやっぱり店を飛び出した頃で、きっと出てすぐ由子へ連絡したのだろう。
幸喜と悠治は顔を見合わせ、無言のうちにそんな事実を意識しあった。
「とにかく彼って、普段は自分のこと話さないじゃない? そんなんで最近、同性愛だのなんだのって言われてるけど、ホントはさ、そんなんじゃぜんぜんないのよね」
ずっと独身で、ここ十年浮いた噂ひとつない。そんなことからここのところ、病院ナースの間でその手の噂が絶えなかった。
「だいたいさ、わたしたちはこれまで、彼のこと知らな過ぎたって感じだよね」
由子はそう言って、幸一から聞いた話を四人に向かって話し始める。
幸一には元々、優一という三つ年上の兄がいた。
サッカーが上手く、ジュニアユースから誘いがあるくらいだから相当だ。加えて勉強もよくできたから、両親は長男へ期待を寄せ、幸一もそんな兄が大好きだった。
ところが小学校五年の終わり頃、優一が授業中に突然意識を失った。
心配する周りをよそに、彼はあっという間に他界してしまうのだ。
その頃、幸一には知らされていなかったが、優一の脳には大きな腫瘍ができていたらしい。
「彼のところ、三代続いてるお医者さんじゃない? だからね、それから彼は、お兄ちゃんの代わりになろうとがんばったんだって……」
ところが兄優一は、ざっくり言うならあまりに多方面に優秀過ぎた。
勉強なら幸一もそこそこできたから、それほどでもなかったのだ。
ところが勉強以外がうまくない。
特に運動やスポーツで、彼は徹底的に引け目を感じた。
これまで何もやっていないから、両親を試合に呼ぶこともできないし、優一なら決まって選ばれていたリレーの選手にも選ばれない。
そんな時、幸一は素直に悔しい気持ちを口にする。
そうしてそんな幸一に、両親はいつでも優しい言葉を掛けるのだった。
「仕方ないわよ。次にまた頑張ればいいじゃない」
「そうだぞ、短距離がダメなら、今度は長距離でかんばってみればいい」
そう言って、うな垂れる幸一に向かって笑顔を見せる。
――どうせ、僕なんかに期待していないんだ。
だからこそ簡単に、優しい言葉を口にできる。頑張ってもうまくいかない苛立ちが、きっと彼にそのようなことを思わせた。
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