10 立てこもりの結末

 キャロルの部屋の扉には、元から内鍵が取りつけられていた。


 侍女が主を着替えさせる際に不用意に入ってくる者がいないように、また、王城が敵に襲われた際に立てこもって身を守るためである。


「内鍵は、侍女たちが管理しているはずだ。なぜ君が持っている?」

「昼間、鍵職人さんがお部屋にいらしたときに、内側の鍵のスペアを作ってほしいとお願いしたのですわ」


 下町から来たという職人は気前がよく、キャロルが世間話ついでに内鍵について話すと、知り合いだという侍女から鍵を借りて型を取り、スペアを作ってくれた。

 

 当然ながら、内鍵は部屋の内部にいなければ回すことができない。

 部屋のそとに鍵を持っている侍女がうじゃうじゃいようとも、内鍵を開けたり閉めたりできるのは、スペアキーを手に入れたキャロルだけである。


 キャロルは、自ら密室を作り、なかに閉じこもることで、レオンの手が届かない場所へと行くことに成功した。


「お兄様がわたくしを閉じ込めたときは驚きましたけれど、あれは重大なヒントをわたくしに教えるためだったのでしょう。鍵を上手に使えば、レオン様と会わずに二夜目を越えられると!」


 ここにはいないセバスティアンの「なんでそうなる!?」というツッコミが聞こえた気がしたが、レオンは笑う気力もなくノブを握る手に力を込めた。


「それで? 君は、二夜目を越えるまで、そこに立てこもっているつもり? 晩餐はいらないかな。シェフが張り切って、美味しいブイヤベースを作ったそうだよ」

「まあ素敵。けれど、我慢いたします。レオン様の恋のためですもの。わたくし、こう見えて我慢強いのですわ。王太子妃になるための節制の日々を思えば、これくらい平気です」


 美味しいものを食べられないよりも、レオンに不幸な結婚をさせてしまうほうが、キャロルは嫌だった。

 レオンは扉の向こうで沈黙している。


 姿が見えないので子細は分からないが、沈黙は不満のサインだ。

 悲しんでいるか、怒っているか、戸惑っているかのどれかだろう。


「ご安心ください、レオン様。わたくしほど善良な立てこもり犯はおりませんわ。二夜目が過ぎましたら、鍵を開けて部屋を出て、公爵家に帰ります。シザーリオ公爵から王室に謝罪をお持ちしますが、レオン様には一切のお咎めがないように計らいますから――」


 そのとき、後方でドゴン!と大きな音がした。

 振り返ると天井に大穴が空いていて、天井裏からレオンが飛び降りてきた。


「掃除が行き届いていないな」


 軽々と床に着地した彼は、服についた埃を片手ではらった。衝撃で結った金髪が乱れていたが、それすらも様になる美貌は今夜も健在だ。


「まあ、レオン様。いつの間に天井裏に?」

「君が事情を話してくれている間にね。王城には、一般的に使う廊下のほかに緊急時用の隠し通路があるんだ。王太子の部屋に入り口があるから、そこから入ってここまで来たよ」

「隠し通路ですか。それは存知あげませんでしたわ」


 キャロルは、王太子妃になるための教育は一通り受けている。王城の間取りは完璧に把握していたが、隠し通路までは教えてもらえなかった。


「わたくしの下調べ不足ですわね。次に立てこもるときは、隠し通路に通じていないお部屋を選びますわ」

「また立てこもる気なの?」

「必要があれば」


 愛らしく笑うキャロルに、レオンはニコリと微笑み返した。


「そうか。次も君の裏をかけるように頑張るね」

「かかないでください。立てこもる準備は大変なので」

「そのお願いは聞けないかな。そうだ、これ。忘れ物だよ」


 レオンは、素っ気ない仕草でキャロルの手に一輪の薔薇を握らせた。


「綺麗なお花ですけれど、わたくしの忘れ物ではありませんわ」

「綺麗だよね。『誠実』という名にふさわしい」

「??? もしかしてこれは……」

「二夜目の薔薇だよ」


 時計を確認すると、真夜中の十二時を越えていた。

 キャロルはわなわなと震える。


「いつの間に、二夜目になっていましたの!?」

「立てこもるのに全力で気づかなかったんだろうね。君がどこか遠くへ行ってしまわなくて良かった。受け取ってくれてありがとう、お姫様」


 レオンはキャロルの手をとって指先に口づけた。


 断固としてレオンから薔薇を受け取らないというキャロルの信念は、二夜目にして打ち砕かれてしまったのだった。

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