エピローグ ~それぞれの日々~

―――――――


「指定の入力作業、今終わりました!」


「だいぶ速くなったじゃない。武田さん」


「前野さんの指導がいいんで! スパルタですけど!!」


「冗談でもスパルタとか言わない!」


冗談で小突き返そうとした手を意識して留める。今のご時世、こんなちっちゃな事でも、社員がやれば体罰やパワハラ、行き過ぎた指導とか言う輩が一定数いたりする。やりにくさはあるが所詮小さなことだ。あえて踏むこともない。


武田さんの発言も問題視される可能性はあるが、彼女は


「バイトに入って2か月ですっけ?」


「はい!大学卒業したら、ここの正社員になるつもりです!!」


「嬉しい言葉だけど、うちは大企業だから。入社試験のハードルは高いわよ」


「バイト実績の考慮はするだろうけど、あくまで一個の判断材料。もっと良さそうな人材が多ければ、人事はそちらを優先するから。」


「・・言いたいのは、あなたの人生に関わる事だから、うち一本にはしないでね、ってこと。まぁ、あなたならわかってると思うけど」


「・・はい!ありがとうございます」


実を言えば、今の私は社内でそこそこ影響力があるので、人事に口添えできなくもない。

・・だけど、そんないわば「コネ」入社は、会社的にも本人にとってもプラスになると思えない。だから少なくとも私はしない。


コンコン 「どうぞ。」


入室を求めるノックに、反射的に応じる。


「失礼。前野くん、ちょっといいかな?」


入ってきたのは、三橋専務。私に話しかけると、隣にいる武田さんにも気づく。


「お、武田さんもいるのか。どうだい?ここには慣れたかい?」


慌てて立ち上がる武田さん。


「専務、お疲れ様です! はい、色々と教えて頂いてます!」


「うんうん。・・前野くんの教育は厳しいだろうけど、頑張って付いて行ってね」


「ハハっ・・・」


どう返せばよいかと苦笑いする彼女。・・うん。私は見なかったようにしよう。

ちなみに、彼女にバイトを薦めたのは、私と言うよりこの専務だ。・・あわよくば彼女の妹と、その親友の超絶美少女も入れたかったようだが、そこまでは無理だった模様。


「それで専務。どういったご用件ですか」


「ああ。例の新企画だが、どうも先方にうまく伝わっていない所があるようだ。担当責任として、もう一度念入りに伝えて欲しい」


「わかりました。すぐに向かいます」


該当しそうな資料をざっと手に取り、専務と共に向かうようにする。


「・・・カッコイイ・・・」


・・うん。もっと現実を直視してもらおう。


「武田さん。・・正社員になれたら、本格的に「スパルタ」してあげます。それも考慮して、入社を考えてください。」


「うわぁ・・検討し直そうかなぁ・・・」


口元を引きつらせながらも、笑顔で見送る武田さん。



・・・こんな事を言える部下であり友人を持てて、私は感謝している。


――――――――


(大量の視線って、感じられるんだな・・)


これが最近、私がよく思うことだ。・・と言うのも、


「さっちゃ~ん。待たせちゃってごめ~ん」


「気にしないで。いつもお疲れ、渚ちゃん」


私、「武田彩音」の所に駆けつけてくれたのは、親友である「陣内渚」ちゃん。


高校卒業後、私はCGデザイン系の事が学べる専門学校に進学した。


・・そしてかの親友もまた、同じ学校に進学したのだ。


「・・学校内では少し落ち着いたけど、通学途中はまだまだあるねぇ」


「こう言っちゃあれだけど、慣れちゃったから大丈夫!」


人によっては嫌味に感じるセリフかもだけど、「陣内渚」が言うと納得しか感じない。


とにかく彼女は目立つ。


出逢ったころからビックリするほど容姿端麗だったけど、最近になって「まだ上があったの!?」と言うくらいになってる。毎日のように見ててさえ。

言語化するのが難しいけど、あえてするなら「超美少女」が「超絶美女」に進化している途中。

プラス、有り過ぎて隠し切れない「カリスマオーラ」みたいなものも変化している気さえする。とげとげしかったものが、柔らかくなったような印象?

そんなアイドルに匹敵いや、生半可なアイドルでは裸足で逃げ出すレベルの女性にお近づきになりたいのは、誰も否定できないでしょうねぇ。


「それでさっきのは、事務所へのスカウト?」


「そう。2回断った人だったんだけど、「断られた理由をちゃんと聞くまでは、会社に戻って上司に報告できません」って言われちゃって。「三顧の礼」までされて流石に気の毒と思ったから、ちゃんと理由を伝えてお断りしました」


「「三顧の礼」って単語が、現代日本に出てくることに驚きだよ・・」


渚氏曰く、高校までもスカウトはよくあったけど、今にして思い返せば、学生服を着ている時はまだ少なかったそうだ。

学生服を着る機会は原則もう無くなり、加えて新しい場所で彼女の存在を知らなかった人が多いことも問題だ。

まず街中を歩くだけで、老若男女ほぼ100%の視線を感じる。そして約3割が声をかけてくる。1割がスカウト、ナンパ目的が1割、いきなり告白してくるのが1割(男女問わず)。

なお、専門学校内では、ここ2ヶ月で4割は告白されたんじゃないかな?(女性や講師も含む)学内まで部外者がスカウトに来て、警備員さんに外に出されてたこともあったなぁ・・


要するに、相変わらずどころかますます「陣内渚」なのが、今隣にいる私の親友です。


「・・告白はともかく、アイドルとかになる気は全く無いの、渚ちゃん?」


ふと出た言葉に、彼女は足を止め、まっすぐ前を見て答える。


「アイドルをバカにしているとかじゃあ、もちろんないんだ。現に、皆瀬さんのステージを観た時は、物凄いと思ったし」


「・・うん。あれは凄かったねぇ」


先日、縁あって手伝ったeスポーツ大会のイベント。そのラストで、私たちは圧巻のパフォーマンスを観た。


「あれを観て、実は私、結構考えたんだ。私がアイドルやったらどうなるんだろうって」


「結果、・・私じゃあ駄目と思ったんだ」


彼女から否定の言葉を初めて聞いた気がした。


「・・・それは、なんで?」


「・・思いを多くの人に。「自分を知っていない」人に対しても、多くの人に思いを届けないといけない仕事だと思ったから」


「私は、「自分を知ってくれている人たち」にだけ、届けたいんだ」


彼女は、こちらの方を見て、おどけるように恥ずかしがるように笑って言った。


「・・要するに、私は善人じゃないってこと。良い意味でも悪い意味でもね」



こんな強い親友が私は好きだし、その隣にいれるよう私も強くありたいと思う。


「おい、気を確かにしろ!!」


「きゃーー!誰か救急車~」


・・・・笑顔ひとつで周囲を阿鼻叫喚にさせてしまう。こんな状況にも、慣れなきゃなぁ・・・


―――――――――


「・・・忙しいですねぇ」


「・・忙しいね」


前置きはこのくらいにして、わたくし、「野上千絵」はマネージャーとして、今を時めく女優「皆瀬瑠衣」に、スケジュールを伝える。


「・・今やっているドラマ撮影と次の撮影の合間に、雑誌取材が入りました。30分ほどで終わると思います」


「・・撮影の合間の時間って、移動時間除いたらどのくらいだったっけ?」


「30分ほどです」


「休憩なし~~」


「移動時間の休憩が攻略ポイントですね」


「私はゲームのキャラじゃない~」


うん。本日のスケジュールはこんな所っと。


「あ、明日のスケジュールも伝えておきますね。ふたつのドラマ撮影は時間も場所も今日と同じ。その間にバラエティの収録が入ってます」


「・・収録予定時間は?」「だいたい30分ほどです」「ですよね~~」


楽屋の机に突っ伏す。・・駄目ですよ、後5分で撮影再開ですから。


「私の次の休みはどこ~」


「・・明後日の夕方以降はオフですね。良かったですね、ゆっくり寝られますよ」


「寝ないよ!楽しみにしてたんだから!!」


ハイハイ。知ってます知ってます。



「・・・ねぇ?」


「なんです?」


「最近なんで、こんなに忙しいんだっけ?」


「・・今を時めく、人気女優だからじゃないですか?」


「わーい嬉しい! ・・じゃなくて、具体的な理由!」


小気味の良いノリツッコミが聴けて満足なので、真面目に答えることにする。


「・・新曲の影響だと思います。実際、取材もバラエティ出演も、この曲のアピールが主体ですから」


「そうだよねぇ~」



「株式会社JINNAI記念主催eスポーツ大会」で初披露した新曲「ALL Precious!」


これがかなり話題になった。


「人気女優」が「大企業の主催イベント」で「公式マスコットキャラに扮してサプライズ出演」だけでも話題性抜群。なのに、そこで新曲披露。しかもその新曲がかなりの出来と言う顛末。

一部のファンの間では、幻の名曲と名高いデビュー曲「氷雨」に匹敵あるいは超えたとさえ評価されているよう。(なお、熱狂的なファンの一人「O」(どうやら医師)は、「確かに新曲は素晴らしい。だが、「氷雨」とは表現のベクトルが違うだけで、変わらず名曲!」と熱く訴えているらしい)


「「倍満あがれれば全然十分なところで、数え役満やっちゃいました」って感じですね。あ、これ、ラノベとかのタイトルにありそう」


「・・よくわからないけど、褒めてはいないよね?」


ジト目で見てくる芸能人。ホント、年上だけどなんか可愛いなぁ。


「・・まぁ、仕事がたくさん来ることは良いことですよ」


「一気に来られて、クタクタ三昧です」


「・・まぁ、何事も程々が一番ってことですよ」


「・・・真面目に考える気、全く無いよね、私のマネージャーさんは」


あるもんですか。


「はーい、わかりました。明後日を楽しみに、私は生きます」


「骨は拾いますんで、頑張ってください」


「・・よし、決めた!私のマネージャーに関する愚痴も明後日たっぷり聞いてもらう!元気出たぞー!!」


元気が出てなによりです。


・・・近い内に、元凶さんに愚痴らせる機会もつくらないと、クビになりかねないなぁ・・まぁ、いざそうなっても、愚痴るかはわからないけど。



・・・色々あったけど、私と担当女優さんとの先には、・・まだまだ色々ありそうです・・・


―――――――


「陣内社長。本日はお呼び頂いて、ありがとうございます」


「あー、いいからいいから。本日は無礼講!」


「うん、緒方君。そのセリフを言えるとしたら、二人を呼んだ私じゃないかね?」


「すみません!無礼講って言葉、一度使ってみたかったんです!」


「医者ってやっぱり、大変なんですねぇ・・」


ひょんなことから親しくなった緒方医師と、わたくし、瀬崎臨也。

そしてもう一人ここにいるのが、「株式会社JINNAI」代表取締役の「陣内隆利」CEO。世間が「イケメン敏腕社長」と称する人物だ。


「それに今日は無礼講ではないよ。私は飲酒しないからね」


「何で呼んだんです!?」


緒方氏が言いたいのはわかるが、上の人に対しての礼儀はきちんとしておく。


「どこか体調が悪いのですか?」


「そういう訳じゃない。・・この後、妻と娘を車で迎えに行かなければならなくてね。」


「?? お二人でどこかに行かれてるんですか?」



その言葉を聞くや、社長は私の両肩を掴み、必死な顔で言った。


「それが聞いてくれよ瀬崎くん!渚の奴、「女子会行くから。パパは来ないでね。邪魔だから」とか言うんだよ!」


・・おー、それは子どもがいない身の自分ですら、辛さが容易に想像できる。


「加えて妻も「女子会楽しみ~。あ、パパは夜、適当に食べてね♪」何て言うんだよぉ~」


・・それは倦怠期のセリフ・・じゃないと思っておこう、うん。


にしても、キャラ崩壊激しいなぁ。


「そ、それは災難でしたねぇ・・」


このくらいしか言えないでしょう、私じゃあ。


「うん。だから呼んだんだ。あっちが女子会なら、こっちはこっちで「男子会」やろうって」


「「男子会」なんて言葉、初めて聞きましたよ」


「うん。私も聞いたこと無いねぇ」


ダメだこの社長。ショックでおかしくなってる。


「だから、何人か、思いつく限り連絡したんだ。捕まったのは君たち二人だけだけど」


「たまたまできた久々の非番に来て、この言われよう!」


別に私はいいけど、


「ちなみに、どんな方たちを呼ぼうとしてたんですか?」


「うん?大企業の専務とか、中小企業の社長とか課長とか?」


「・・流石の面々ですね・・」


呼ばれなくて良かったぁ~


「まぁ、君たち二人だけでも捕まってよかったよ。」



「・・一番聞きたいのは、瀬崎くん。君の近況だからね」



「バーボン。ロックで」


「飲酒禁止でしたよね?」


「飲まなきゃ、やってられない」「・・奥さんと娘さんに怒られますよ」「何かノンアルコールをお願い!」


「じゃあ、私はとりあえず生!」


「まさか飲みませんよね?社長が飲まないのに飲んだりしませんよね??」


「・・と見せかけて、泡の出ないウーロン茶で!」


全く。俺はジンジャーエールを注文する。


「カンパーーイ!」


オッサン3人での乾杯の後、早速本題に。


「それで瀬崎君。・・「私のスカウトを断って」まで求めた「何か」は、見つかったかね?」


「・・・まだ、見つかっていません」



そう。俺は先日頂いた陣内社長からのお誘いを「断った」。



「・・でも、もう少しで見つかりそうなんです。「何か」が」


「こう言うのは何だが、時間は止まってはくれないよ」


「それでも、自分自身で見つけたいんです」


先日の誘いは、正直言って胸が躍った。評価してもらっていることが嬉しかった。

「この人について行けば、この先、色々な楽しいことに立ち会える」そう思った。


・・次の瞬間、それは「与えられたもの」であることに気づいた。気づいてしまった。


「与えられること」は決して悪いことじゃないと思う。だけど、「自分」は何か違うと感じた。この直感は大事だと「自分」は感じた。


いつか陣内社長の、緒方医師の、皆瀬さんの、それぞれの道で闘っている人の隣に立ちたい。


「なのですみません。私はやはり、今の所から頑張ります」


「そうか・・・」



「あー、湿っぽいなぁ!あれだ、あれ、いい人見つけて結婚しましょう!」


ブッ!!


思わず噴き出した。いきなり何言い出すんだ、このやぶ医者!?


「酔って・・は、いないようだなぁ。・・・だが、一理ある。瀬崎君、誰かいい人はいないのかね?」


ええい、こう言っちゃあれだけど、ブラック社長め!あの娘にしてこの親ありだよ!!


「わ、私よりも緒方さんでしょう?私よりも年上なんですから!」


「あ、言ってませんでしたっけ?老け顔ですが自分、瀬崎さんと同じ歳ですよ?32歳です」


「ここに来て、どうでもよかった真実!!」




・・・最後がやはりオッサンだらけで申し訳ないけれど、


「健康診断で「顔が悪い」と診断された」から始まる物語は、これにて閉幕。






え? 結局、誰とも恋仲にはならないのかって??


・・俺にとって大事な「何か」には、その恋仲も入る気がするんだ。真面目に答えると。


だからそれは今後、機会があれば。


また別の話ってことで・・・

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