第26話 トナーク農場 二

 サイラスは、物置小屋で走ってきた足を止めた。焦って辺りを見回す。

 銃声を聞いて全力疾走してきたが、今はもう怪しい音はしない。ただ、虫の声と木々のざわめきが聞こえるだけだ。

「おかしいな。確かに、この辺で……」

 いると思っていたファーラも、トナークも、姿が見えない。小屋の中も、農具やら、飼料やらが薄闇の中に沈んでいるだけだ。

 銃声を聞いたときから鼓動は苦しいほど早まっていた。

 何かはわからないけど、とにかく非常事態が起きている。草食動物的な勘に頼るまでもなくそれは分かっている。けれど、その非常事態がなんなのか分からない。

「おかしいなあ、別の場所かな」

「プ! プ!」

 サイラスを励ますように、プーが鳴いた。


 気がついたら、ファーラは後ろ手に縛られ、壁にもたれかけるように座らされていた。すぐそばに、誰かが立っている足が見える。どうやらトナークのようだった。

 とにかく、自分の今の状況を確認しなければ。

 ファーラは忙しく目を動かした。

 ランプや壁の燭台(しょくだい)に取り付けられたろうそくで、地下とは思えないほど明るかった。

 これだけ火が燃えているということは、どこかに通風口があるはずだ。壁に横長の穴がいくつか空いているから、それだろう。残念ながら、穴が小さくて体を通せそうにない。タバコと酒と、すえたような酷い匂い。

 部屋の中心には、大きなテーブルが置いてある。そこには絵画やアクセサリー、美しいドレスなどが適当に放り出してあった。どれも、どこからか奪い取ってきたものだろう。ファーラは、何か悪態かツバでも吐きたくなった。下品だからしなかったけれど。

 金目の物の間に、酒瓶とグラスが置いてある。賊のものらしきナイフや剣、ちょっとした筆記用具も置いてあった。

 その中に香水瓶もあって、トナークの匂いは汗ではなく柑橘系の香水なんだ、とファーラはいまさらながらに気がついた。

 部屋のすみにかなり大きい箱のようなものが置いてあるが、麻の布がかけられ、中は見えない。

 目の前に立っているトナークのほか、二人の男がテーブルについていた。全員、腰に大振りのナイフを下げている。

「しかし、どうするんだよトナーク」

 三人の中で一番若い男が言った。

「相手はストレングス部隊だぞ! それを捕まえるなんて」

「うろたえるんじゃねえよ、ロウェン!」

 一番若いのはロウェンと言うのか。名前を覚えておこう。」

 トナークにどなられても、ロウェンは納得できていないようだ。

「ここでこいつを放っておいたら、えらいことになるぞ。絶対に!」

「かといって殺すわけにはいかねえだろうよ」

 浅黒の男が口を挟んだ。

 ファーラは会話を聞きながらそっと体を動かし、どこまで縄で動きが制限されているかを確かめる。幸い賊たちは話に夢中でその動きに気付いていない。

「そんなことをしてみろ、部隊の奴は全力でこっちを潰しに来るだろうよ」

(でしょうね)

 もし自分が殺されたら、アシェルはここにいる者を全員、いや、下手したらケラス・オルニス全員を絞首台にぶら下げるまで追跡を止めないだろう。

 天国から、自分を殺した関係者一同が、絞められた鶏のように並んで吊るされているのを見るのはさぞスッとするだろうが、それよりも生きて帰るのが一番だ。生き残るための努力を続けなければ。

 どうやら肘の下を縄で巻かれているが、肩と手首は少し動かすことができるようだ。

「だから、殺してもバレなきゃいいのさ」

 トナークは、ファーラの額に銃を突き付けた。

 こめかみに汗が流れだし、心臓が暴れ出した。

(落ち着け、もう少しだけ時間が必要だ)

「あなたたちは、何者のなの? ケラス・オルニスの生き残りってわけではないだろうけど」

 ファーラは、縄をほどこうと体をねじっているふりをして、そっと指先をポケットに差しこんだ。

「ああ、よくそれを聞いてくれた」

 トナークは得意げに語り出す。

「俺たちはケラス・オルニスの遺志を継ぐもの。新しきケラス・オルニス」

「新しき、ねえ」

 ファーラは、テーブルの上に置かれた宝物の数々を眺める。

「元祖のケラス・オルニスは、上流階級の家族を殺し、家財を奪い、その略奪で得た金を貧しいものに分け与えていた。でも、最近貧しいものに正体不明の金が届いたなんて知らせ、私たちストレングス部隊には届いていないけど」

 新しいケラス・オルニスのメンバーは、ぐっと言葉を詰まらせた。どうせ、分配なんてしないで自分たちの懐にいれていたのだろう。

 どうもそれはトナークに取って痛い所だったらしい。彼の顔が怒りか羞恥(しゅうち)か、で朱くなった。

「うるさい! ただ生まれが違うだけで、最初から幸せな奴と、俺たちみたいな不幸な奴がいるなんて、理不尽だろう! 生まれつき幸運な奴らは、弱い者に富を分け与えてもいいだろう」

 上流階級だって不幸なものはいるだろうし、そもそも力で人を殺し、物を奪うような者が弱者といえるだろうか。

 そう思ったけれど、これ以上トナークを怒らせて撃たれたくはない。

 ファーラは話題を変えることにした。

「レリーザは、あなたたちの仲間?」

 その言葉に、浅黒の男は少し驚いたようだった。

「へぇー、よくそこまで調べてあるもんだ。あいつと会えてよかったよ。おかげで仕事がやりやすい」

「ああ。まさかケブダーのメイドが情報をくれるなんて思いもしなかったぜ」

 ロウェンが言う。

 やはり、レリーザの狙いはケブダーの命を奪えば良いと言う単純なものではなかった。ケラス・オルニスと手を組み、金を奪い尽くし、家族や客まで殺そうと。

 そこまでケブダーを憎む理由は、今ごろアシェルが聞き出しているだろう。

「それで、あなた方はどうやってケブダー邸を襲うつもりなの?」

 ファーラは銃の向こうの顔をにらみつけた。

「ハハ、この状態で取り調べか? ずいぶん度胸があるんだなあ。自分の立場がわかっているのか?」

 トナークの質問には答えず、ファーラはにっこりと微笑んだ。

「ええ、わかっていますわ」

「じゃあ、とっくに観念しているってわけか。感心感心」

 トナークは銃の安全装置を外した。

「なら、死ね」

「冗談じゃありませんわ!」

 ファーラを縛(いまし)めていた縄がとけた。

細くしなやかな指から小さなハサミが滑り落ちる。繊細な携帯用の裁縫道具は、糸より太い縄を切ったことで止め具が外れ片刃になってしまった。

 縄が解けたことに驚き、ほんの一瞬トナークにスキが生まれた。

 ファーラはトナークの腕を跳ね上げた。

 銃声。

 頭のすぐ上の壁に穴が開いたようで、かけらがパラパラと降ってきた。

 がら空きになった男のみぞおちを蹴り飛ばす。

 トナークは後に吹っ飛んで倒れる。その手から銃がこぼれ落ちた。

「なに!」

 賊たちの顔からニヤニヤ笑いは消え去り、動揺が走る。

 ファーラは、床を滑った銃をひっつかむ。

 賊たちが一斉に自分の獲物を引き抜いた。

 多人数で囲まれたら不利になる。ファーラ走り、壁に背をつけ銃を構えた。

 ロウェンが短剣を振り上げ、突進してくる。

 その肩をファーラの弾丸が貫き、相手はしゃがみこんだ。

 トナークがイスをつかみ、ぶん投げてくる。

 ファーラは体を横にすべらせ、それを避けると引き金を引いた。

 足を撃たれ、トナークは片ひざを床につく。

 少し遅れて、壁にぶち当たったイスが砕ける。その破片がテーブルの上に飛び、酒ビンが派手な音を立てて倒れた。

 逃げようと出口にむかって駆ける浅黒の男の足を、銃弾で強制的に止めた。

「形成逆転ですわね」

 足の傷を押さえ、苦痛に体を丸めているトナークのもとに歩み寄る。そしてトナークの髪をつかみ、強引に自分の方へ顔を向けさせた。

「さあ、歌ってもらいますわ。あなたたちはケブダー邸で何を企んでいるの?」

 ケラス・オルニスが、これだけの人数という事はないだろう。きっと、別のアジトで襲撃の準備をしているはずだ。それを聞き出さなければ。

「それは……」

 トナークの開いた唇から言葉が出るのを防ごうとするように、金属の触れあう重い音がした。

 ロウェンが、いつの間にか部屋の隅にはい寄っていた。その手には、麻の布をつかんでいる。

 部屋の隅にあった、四角い箱。それにかぶせられていた物だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る