第2話 リボ払いのはじまり

 富田林メロスがクレジットカードを使い始めて数ヶ月が経過した頃、不思議なことが起きた。


普段の決済にクレジットカードを使用しているだけでなぜか口座の預金残高が増えていくのである、これはメロスにとって初めての経験だった。


 コンビニエンスストアのアルバイトであるメロスにとって預金口座に使う予定のないお金が貯まっている状況、即ち貯蓄があるという事態はある種の奇跡の訪れのように感じられた。


 ただまじめに労働し、いつも通り生活しているだけで預金が増えていくのだ。


 毎月口座から金が引き落とされていることは確認している、ただ不思議なことに月々の支払いが想像しているよりずっと少ない。おそらく利用金額によって積算されるというポイントのおかげだろうとメロスは考えた。


 メロスは上機嫌で町に繰り出し、気に入った品々を買い集めると、町の大路をぶらぶら歩いた。


メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。


今は此の白洲町でとある企業の正社員をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。


 歩いているうちにメロスは、町の様子を怪しく思った。ひっそりとしている。


 もう既に日も落ちて、町の暗いのは当たりまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、町全体が、やけに寂しい。


「リボ払いだ」

「また、リボ払いにやられたやつがいる」


 囁き声に引かれて歩みを進めると、胸を押さえて蹲る青年の姿があった。


 足下には様々な種類のクレジットカードが散らばっている。青年の顔にどうも見覚えがある、2ヶ月前に此の町に来た時は夜でも歌をうたう賑やかな青年であった筈だ。


 近くに居る若い衆をつかまえて、何があったのかと問うも重々しく首を振って答えない。


 しばらく歩いて老爺に逢い、質問すると老爺は缶チューハイをおごってくれたら話してやると言う。メロスが近場のコンビニエンスストアで要望の品を用意すると、老爺はあたりをはばかる低声で、わずか答えた。


「リボ払いは、人を殺します。」


「なぜ殺すのだ。」


「規約を理解していない、というのですが、誰もそんな、利用規約の細かい文字など読んでは居りませぬ。」


「たくさんの人を殺したのか。」


「死んだところを見てはおりませぬ。しかし、きっとあの苦しみようではそう長くは保ちますまい。リボ払いとは恐ろしいものです。あなたもこの缶チューハイを買う時、クレジットカードを使っていらっしゃったな。リボ払いには気をつけなされ」


「おどろいた。リボ払いとは違法ではないのか」


「いいえ、違法ではございませぬ。月々の支払いが一定になるという支払い方法で、支払いきれなかった負債が翌月に繰り越されるというのです。その際に金利もかかります。大抵は年利15%ほどで、繰り越された負債はみるみるうちに膨らみ……」


 聞いて、メロスは激怒した。「呆れた制度だ。使っておれぬ」


 メロスは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ自宅へ帰って行って強い酒をあおり、自分はリボ払いではない、リボ払いではないと念じて眠りについた。


 念じたからといって何が変わるわけもない、賢明なる読者諸君の想像通りメロスの支払い方法はまごうこと無きリボ払いだ。


 一見して貯蓄出来ているようだったのは、単に月々の支払いが一定になっていただけに過ぎず、本来支払うべき差額は金利と共に積み上がっていく。メロスは自分でも知らぬ間にリボ払いに走っていたのだ。


 それから2年もの間メロスはクレジットカードを使い続け、たちまち負債は膨らんでいった。


 ああ、メロス。メロスよ。この時点で行動していれば負債はごく少なくて済んだというのに。確認することが恐ろしいと問題を先延ばしにさえしなければ、明細書をきちんと確認していれば、このような悲劇は訪れなかったというのに……。


 かくして運命の歯車は此に噛み合い、軋りを上げてその速度を増していく。



次回「連帯保証人、セリヌンティウス」みんな、読んでくれよな!

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