灰色の幸せ
私は幸せである。美しく優しい暖かい妻と、眉目秀麗なる娘を持ち、伸び代のある息子が居て、そこそこ裕福に過ごすことができている。世間から見たら理想的な生活環境である。なのにどうしてだろう、世界が灰色に映る。
「お父さん」
「なんだ?」
「私東京の大学に行きたいの」
「そうか」
「…」
「…」
「どうした?」
「行って良いの?」
「ああ、金なら出す気にするな」
「…」
「…」
私と娘の静けさの中に、テレビの面白くもないことを話し、それをさぞ面白かったように反応している芸人の、浅ましい大声だけがこだましている。
「…」
「どうした?」
「心配もしないし、相談にも乗ってくれないんだ」
「相談になら乗っただろ」
「こんなの相談て言わない!」
「ならどんな答えが欲しかったんだ、反対する理由もないだろ」
「娘を一人暮らしさせるのに心配じゃないの?」
「今までの貯金もあるし、お前を一人暮らしさせて学費も払うくらい余裕だ」
「そんなことが聞きたいんじゃないの!」
「琢磨の学費か?それも気にしなくて大丈夫だぞ」
バチン!
娘が私に平手打ちをした。何か気に触ることを言ってしまったみたいだ、年頃の女性は難しい。いや、女性とはいつだって難しい生き物だ。大きな音を聞きつけて湯上りで半裸の妻が駆け込んできた。
「どうしたの⁉︎」
「いや、何でもない」
「…」
私のあく腫れた頬を見て妻が娘に対して怒りをぶつけた。それに対して娘も自分の主張を曲げずにやり返していた、その音を聞きつけて息子が二階から降りてきた。そっと扉を開けてその光景を見た時、スッと何事もなかったように二階に戻っていった。少し前に息子が私にこう言った。
「最近お母さんとお姉ちゃんの喧嘩多いよね」
「そうだな、まあ思春期ってやつだろ」
「そうかな?」
「そうだろ」
「なんか俺には女と女の戦いに見えて仕方がないんだよね」
「お前小学生だろ」
「もう高学年だよ?俺モテるし女同士の戦いとかよく見るけど大人も子供も変わんないんだね」
子供はたまにわかったようなことを言う、真の意味で分かっていないけれども。しかし、それは核心をついているとも思う。大人も子供も大差ない、ただ体が大きいか小さいか細胞が古いか新しいか程度の差だ。大半の大人はダメ人間だ。子供にも優秀な人はいる。同じことを違う言い方をしたにすぎない。
「女関係はクリアにしときな」
「そうだね」
「大体、母親に対して口の聞き方がなってないのよ!」
「あんたなんて母親じゃない!」
「そうね、でも私は拓未さんの妻です!」
「…」
娘が何かを言いたげに、私に何かを言って欲しそうに助けを求める視線を送ってきた。が、私にはさっぱりわからなかった。
「まあ美幸、服でも着たらどうだ?」
「あら、やだ」
そこで自分の格好を見て美幸が少し恥ずかしそうに着替えをしに行った。
「お父さんはあの人が好きなの?」
「ああ」
「お母さんよりも」
「ああ」
「私よりも?」
「ああ」
「馬鹿!」
娘は泣きながら二階へ駆け登っていった。やはり女性は難しい。
私は今幸せである。美しく優しい暖かい妻と、眉目秀麗なる娘を持ち、伸び代のある息子が居てそこそこ裕福に過ごすことができている。なのに、世界が灰色に映る。昔みたいにドキドキしたり、胸が締めつけれるような気持ち、眼筋がギュッと緊張するようなことがない。ただ、機械的に生きている。偶に、眠るとき妻の胸に顔を埋める。甘い香りと、母親になることによって少し弛んだ柔らかい感触の胸を顔一杯に感じる。私は元気に慣れない。私は今自分がなにに反応するのか研究している。最近、私が1番元気な気分になれるのはサディスティックに知らない女性に責められる時だけだ。この時だけが私が1番生きていると感じられる時なのだ。
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