罰
夫の頭はとても冷たく血の気が本当に引いていたのだなと思った。涙で私の服が濡れ始め、お腹の子に何か縋りついて伝えているように何かを呟いていた。私は今まで夫に愛されていないと思っていた。愛することとは自分のものにすること、相手を自分の虜にすることだと思っていた。が、事実は違うのだ。愛することとは相手の幸せを祈ることだ、自分が幸せになることではない。私は夫もお腹の子も愛している。みゆだって愛せたはずなのだ。なのに自分から二度と取り返しのつかない状態に持っていってしまった。
「あなた」
「愛子」
彼の幸せを考えて、娘の幸せを考えて。
「離婚してもいいのよ」
「なんで、俺は…お前を悲しませてばかりで…結局自分が寂しいからって」
「私だって同じよ、自分を見てほしいと思って軽はずみに不倫をしてしまったの」
「でも、取り返しのつかないことに」
「元はと言えば私が原因なのに、あなたばかり傷つく道を作ってしまって」
「俺は寂しかった。…お前を愛していたから」
「私もあなたを愛していたからこそ」
私は結局自分可愛さで行動をしていたのだ。愛してるとか口で言っているくせに、相手のことなど目にも入っていなかったのだ。自分が愛してると思い込んで、恋愛に酔っている時間があればそれで良かったのだ。しかし、夫が浮気をしていることを知り自分のものが取られたように感じた。それは、人を愛する気持ちとは程遠いものになっていることにすら気づかなかった。
「如何なさいますか?」
先生が私たち二人に優しく問いかけた。
「産ませてください」
そう言ったのは、私ではなく夫であった。私はその言葉を聞いて自分と夫の考えが同じであることを感じ、自分の考えが間違いでないことを確信した。
「私も産みたいと思っていました」
「分かりました、それまで全力でサポートさせて頂きます」
「お願いします」
夫が静かにそう言ったのは、自分では何もできないことに対する悔しさからだったのだろうか。帰りの車の中で夫は永遠に謝罪の言葉を述べ、これからの私の生活のついて色々と考えてくれていた。
「私両親に今回のことの顛末を伝えようと思うの。それでこっぴどく怒られて、人生をやり直そうともうの」
「そうか」
「私たちはもうやり直せないから、新しくお互いに違う道を選びましょう」
「嗚呼、」
「だから、あなたが責任を負うこともないし罪の意識を感じることもないのよ」
「嗚呼」
「人間て不憫なもので失わないとと大切なものがわからないのね」
「嗚呼」
嗚呼、そう言う彼の顔はくしゃくしゃに歪んで大粒の雫を流していた。
「私たちいつからダメだったのかしらね」
「最初から間違いだらけだったんだよ」
「お互い他の相手だったらうまく行ったのかしら?」
「きっと駄目だよ。お互い体だけ大きくなって、中身は子供のままなんだから」
「そうね」
「うん」
「みゆを宜しくね」
「嗚呼、俺たちみたいにならないようにしっかりと育てるよ」
「美幸先生に宜しくね。私は母親にはなれなかったから、まだその器じゃなかったのね。子供を産んで自分が女として村で行くことが認められなかった。女として扱われなくなるのが怖かったのよ」
「ごめん」
「もっと言うことないの?」
「愛してる」
「私も」
「お金は大丈夫か、もしあれなら養育は俺が払うから」
「良いの、自分で働いて少ないお金の中で切り詰めて暮らして行くわ」
「でも、」
「これは罰なの」
「…」
「私の犯した罪に対する罰なの。犯した罪は罰によって償い初めて許されるのよ」
これからの私の一生は、生まれてくる子供に対する罪滅ぼしなのだ、自分を犠牲にしてでもお腹の子だけは幸せにしなくていけないのだ。もし女の子だったら、名前は幸子か美幸にしよう。そう思った。
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