救われた思い
「君一人かな?」
久しぶりに学校の中で声をかけられた。
「何ですか?」
相手は、男の人だった。優しい笑顔を向ける彼は、私にはとても眩しかった。
「同じ図書委員の三年で、横山拓未って言います」
髪は少し短め、優しい目元にキリッとしたまつ毛小さな鼻、初対面の私には好印象だった。
「同じ委員会の方ですか。何か御用でも?」
「俺図書委員になるの初めてで、仕事よくわからないんだけど、教えて貰えたりするかなぁ?」
話し方に比べとても真面目な印象を受ける先輩は、校内で友人のいない根暗の私に一筋の光を当ててくれた。
「私も新入生なのでよくわかりません」
しかしながら心とは裏腹に私の口は、つっけんどんな返しをしてしまった。私の本当に良くないところだ。
「あ、一年なんだ。大人っぽく見えるね」
「どうも」
やけに馴れ馴れしいな。嬉しいが、私の様な陰の者に気軽に話しかけないでいただきたいものだ。
「じゃあ、俺受験勉強したいからさ仕事お願いしちゃっても大丈夫?」
意外、勉強するんだ。
「はい、ご自由にどうぞ」
「やった!じゃあ、此処で数学やってるけど気にしないでね」
どうせやるなら教室に帰ってくれたら良いのにな。もしかしたら、この人も私と同じで友達が居ないのかな。黙々と勉強をしている彼の横顔は嬉々としているようで、何か心地良さそうな気がした。
図書室にはあまり人は立ち寄らず、いつも閑散としている印象を受けた。毎週金曜日の放課後が私たちの当番で、人のほとんどいない静寂のなか単調なリズムを繰り返す彼の筆触音だけがこだましていた。私は、本を読みながらこの単調なリズムに耳を傾けていた。静かな中でお互い一言も発さず、自分のことに集中する。お互いを見ていないようで、何処かお互いを感じる。そんな心地よい関係が高校の中で唯一救われる場所だった。
時間は流れるように過ぎていき、夏休みを終え秋の風が図書室にも舞い込んでくるようになった頃、私たち2人は少しずつ談笑するようになっていた。それは、長くダラダラ話すのではなくさっと小話をし微笑み、静寂を迎える。私は何よりもそれが心地よかった。自分の存在が認められるような気がして、唯一自分が生きていると感じられる場所だった。
冬に差し掛かり、別れの季節が近づくにつれ私と先輩の仲はかなり良好な関係となっていた。週に一回、決して長くない時間だが私と彼は温かな想いを築き上げていた。
「先輩はどこの大学に行かれるんですか?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「はい、お聞きしたことないです」
「大したとこじゃないよ、あの-」
私はそれから、先輩と同じ大学に行く為に勉強を始めた。彼が三年で私が一年と年は少し離れていたが、同じ大学に入ればそんなことは関係ない。そう思い勉学に励んだ。しかし、時間が経ちオープンキャンパスに行った時私は、彼の体にへばり付いている汚物を発見した。だらしのないような女性で、私とはまるで反対の明るい人だった。私が隠であれば彼女は陽だろう。私はその光景を見て自分を変えることを決心した。それまでした事のなかった化粧も始め、私は彼と同じ大学で保育士になることを決心した。少し遠くからいつも先輩の動向を確認していた。彼の食べるものから、よく行くお店まで全て把握した。大学を卒業後、結婚したことも知った。私は諦めた。もう彼との接点もないと。しかし、私が配属となった、保育園に彼の娘が通い始めた。もう一度繋がりができたのだ。私は、少し年齢を誤魔化した、少しでも若く見られたかったのだ。彼は私のことを覚えてないようだ。私と彼は運命で結ばれている、切っても切れないのだ。彼とあの女の愛の結晶は醜く育っているが、私が作り変えるのだ。私と彼の愛の結晶へと。
「みゆちゃんは、パパのこと好き?」
「うん!大好き!」
「私もよ」
私は諦めない。どんな困難でも私と彼の縁を断ち切ることなどできないのだから。きっとあの女なら何かをやらかす、ただそれを待つだけだ。
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