私の居場所

「もう帰ってこないから!」

私はそういうと、部屋の扉を強く締めた。夫と喧嘩してしまった。きっかけは些細であり、ありふれた事象であった。私が娘とお風呂に入ったとき、少し無理やり長居させてしまった為にのぼせてしまったのである。最近私と娘の距離が開き始めたように感じたために、私は娘と二人の時間を作りたかったのである。しかし、私のやることは全て裏目に出てしまった。一緒に布団に入ろうと言っても断られ、買い物も嫌がられ、風呂に入っている間も同じ気持ちで避けられているのかと思い無理やり長居させてしまったのである。

「なんで、無理やり居させたんだ」

夫が静かにだが確実に怒りをあらわにしている。

「しょうがないじゃない、勘違いしちゃったんだから」

私は足がすくむ様な気持ちに鞭を打って奮い立たせた。

「何を勘違いしたんだよ」

「そんなことはどうでもいいじゃない!」

「どうでもよくない!熱中症でも人はなくなるんだぞ」

「わかってるわよ!ただ、駄々をこねたから…」

「だから、なんで!」

「みゆが一緒にお風呂入るのを嫌がったから」

「そんなことないだろ」

「あなたがみゆと二人で遊んでるから私に懐かないのよ!」

「じゃあ、家にいて娘と遊んだりしたらどうだ!いつもふらふらどこかへ行って、それで娘がお前に懐くと思うな」

「いいじゃない。反省して最近仲良くしようとしているのにあなたが娘を奪うんじゃない」

「お前を嫌いなだけだろ」

「あなたが嫌味ばかり言ってるんじゃないの」

「家にいないやつが何言ってんだよ」

「最近誘っても、一緒に言ってくれないじゃない!」

「そんなことない、映画見に言ったじゃないか」

「あれもすぐ帰ってきたじゃない」

「長居することもないだろ」

「そんなに私と一緒に居たくないの?」

「そんなことないよ」

「本当?」

「おまえこそ、こんなところに居ていいのか?」

「どういうこと?」

「寂しいなら慰めてもらえばいいじゃないか?」

私にはその言葉ですべてが分かった。彼はきずいていたのだ、私の不貞を。彼の嫌味に私は耐えられなかった、自分の気持ちもわかってくれず開き直ったような彼に。

「…出ていくわ…」

「どういうこと?」

「もう帰ってこないから!」

私は、実家に帰ることも恥ずかしくてできずに、ママ友の宮本さんの家に居候させていただくことになった。

「いいの?」

「何が?」

「あなたが家を空けている間に美幸先生来ちゃうんじゃない?」

「…でも…でも」

「だって、みゆちゃんの送り向へとか家事もしてもらうんでしょ?」

「多分…わからないけど」

「でも、あなたも悪いのよ」

「何で?」

「あなたが、浮気相手に本気になったりするから」

「だって、浮気すればするほど旦那が私に構ってくれるから…」

「やりすぎたと」

「うん」

「はぁ…」

「それに」

「それに?」

私は、夫が奪われるなんて考えてもいなかった。私の夫はいつも私のことを追っかけてくれた、何年も何年も私のことだけを。プロレスのつもりだった。八百長で、私のことを最後には選んでくれると、そう。

「何でもないの…」

「ならいいけど。ちゃんと家に帰ったら?」

「今は帰れないよ」

「なら良いけど、みゆちゃんとも会えないわよ」

「わかってる」

「いいの?」

「いいの!」

 次の日私は久々にヨガスクールに行ってみた。私の居場所がどこにもないように感じたからだ。宮本さんの家は針の筵の様で居心地が悪かったのだ。私を私として見てくれるのはもう彼しかいないと思ったのだ。が、行ってみたところで何もなかった。彼は次の女を見つけて楽しそうにへらへらしていた。私は嫉妬の気持ちすら浮かばなかった。あの男も哀れだなと、そう。教室内には私の居場所もなく、ここにも私の居場所はなかった。もう、私に社会的居場所も精神的居場所もないのだ。

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