第3話

 翌日朝食を終えた2人はマリアの家を出てアイマスの街を漁港に向かって歩いていた。2人とも冒険者の格好だ。


「確かに普通なら朝水揚げされた取れたての魚を売ってるお店があるはずなんだけど、こうして見ても一軒もないわね」


「確かにな。漁に出られないから魚が入ってこないんだろう」


 海が見えるところまで近づいていくと2人の目の前にうねって大波を立てている海が見えた。多くの船は漁に出られないのか浜辺に船を上げており、一部の漁船は港に係留したままだが打ち寄せてくる大きな波で漁船が上下に揺れている。


 太陽は出て暖かい日差しが差し込んでいるのに海は大荒れ、確かに異常な光景だ。


「これは流石に船を出せないな」


「あっという間に転覆しそう」


 波止場から海を見る2人、足元には大きな波が打ち付けられる度に飛沫が上に飛び上がってくる。


「海が泣いてる」


 しばらく見ていたレスリーが言うと、その隣から


「うん。悲しんでいるみたい」


「何か理由がありそうだな」


 そう言うと隣に立っているアイリーンに行こうかと言い船が係留されている場所に歩いていくとそこにたむろしていた漁師達が近づいてくる2人に視線を向けてきた。


「こんにちは。最近はずっとこんな調子なのかい?」


「そうなんだよ。これじゃあ漁に出られない」


 気さくに話しかけるレスリーに答える漁師。


「海神様がお怒りかも知れないって話を聞いたんだけど?」


 アイリーンが言うとそうかもしれねぇと言い、ただ何故お怒りなのかが分からないんだよと漁師達も困惑した表情をしている。


「ところで余ってる船はないかな?浮けば何でもいいんだけど」


「あんた達この波の中で海に出るのか?自殺行為だ」


 漁師の1人がレスリーの言葉に驚いてやめとけと言ってきたが大丈夫だと言い、


「いつまでもこの調子だと困るだろう?とりあえず沖に出てみて様子を見てくる」


「そうそう。私たちのことは気にしないで。沖に出てみたいと言ってるのは私たちだから」


「そこまで言うのなら俺達は何も言わないが、死んでも恨むなよ」


 そう言って今は使っていない古い一艘の漁船を指さしてあれなら使ってもいいぜと言う。漁船といっても小船に毛が生えた程度のもので木で作った漁船に形だけの操舵室があるだけだ。一応整備はしているから海水が入ってきたりはしないという声を聞いた2人はその船に近づくと一瞥して、


「これで十分だよ」


「ありがとう」


 そして漁師達も手伝ってくれて浜に上がっていた一艘の船を海に押し出した。波の上に乗るとすぐに大きく揺れる小船。それに飛び乗るレスリーとアイリーン。


 そして彼らが小船に乗ったかと思うと信じられないことが漁師達の目の前で起こった。


 船に乗り込んだレスリーが杖を持っている手を突き出すと船の周辺数メートルに渡って大きな波が消えたのだ。揺れていた船もしばらくすると静かに波の上に漂う。


「なんだありゃ?」


「魔法か?」


 そうして見ている漁師達はさらに驚くことになる。船の前方にアイリーンが、後方にレスリーが移動してレスリーが杖を突き出すとエンジンも何もない船が勝手に動き出したのだ。


 動き出した小船は周囲数メートルに渡って波を消しながらゆっくりと沖合に向かっていく。漁師達は沖合に出ていく小船を見ながら凄いもんだと囁きあっていた。


 2人が乗った小船はゆっくりと沖合に進んでいく。そして陸地から相当離れたところで船を止めるとそのままレスリーが船側から手を伸ばして海の中に手を入れた。船の周辺は波はないがその外側では港よりも大きな波がうねっている。


 じっと手を海につけていたレスリーが手を戻すと同じ様に海に手を入れていたアイリーンも手を戻して


「悲しんでいるんだろうなとはわかるんだけど、そこから先がわからないわ」


「そこまでわかる様になったんなら大したものだよ」


 そう言ってからアイリーンを見ると


「海が泣いているのは人間が魚を獲りすぎているからだ」


「獲りすぎている?」


「そう。魚は稚魚から大きくなってそして卵を産んでまた稚魚になってという繰り返しだろう?」


 その言葉に頷くアイリーン


「どうやらアイマスの漁師達はそのサイクル以上に魚を獲っているらしい。これではいずれこの海から魚が無くなってしまうと心配して泣いているんだ」


「そうなんだ。美味しいからって乱獲してきたのね」


 アイマスはリムリック王国で最大の港町であり漁港である。ここで獲れた魚は国中に出荷されあちこちのレストランで調理されて出されている。しかもアイマス産ということで高く売れるのだ。その結果漁師はさらに魚を獲り、その結果魚の数が急激に減ってきたと言うのが実態らしい。


「どうするの?」


「港に戻ったらフィル公爵と話をして禁漁期間を設ける様にお願いするつもりだ。年に2ヶ月程禁漁するだけで魚の数は戻ってくる。そうしたら普通に漁ができる様になるだろう」


 レスリーの言葉を聞いていたアイリーン。


「美味しいっていつもいっぱい食べてたらそりゃ無くなっちゃうわよね。無限にある訳でもないし」


「その通りだ」


 そうしてレスリーは再び手を海に入れると、


「言いたいことはわかった。ちゃんと責任ある人間に話をする。話が決まったらまた報告にくるよ」

 

 そう言って再び風水術を使って船を動かして港に戻っていった。船を砂浜にあげるとあとでまた使うからこのままにしておいてくれと言い、漁師達の視線を浴びながらその間を抜ける様に歩いていく2人はそのままアイマスの街の貴族街に足を向ける。


 貴族街の入り口で止められたが王家の紋章を見せるとすぐにゲートが開き貴族街に入っていく2人、そうして貴族街の中で一番立派な屋敷の前で止まると門番の騎士に再び王家の紋章が入っている封書を見せると、すぐに別の騎士が家の中に向かっていった。


 そうして戻ってきた騎士が大きな門扉を開けると2人で敷地の中に入り、建物の門に着く手前で屋敷の門が開いて執事の男が2人を出迎える。


「領主のフィル=ウエストウッド様がお待ちです」


 案内されるままに屋敷中の廊下を歩いて一番奥の部屋の前に着くと執事がノックをしてから


「レスリー様とアイリーン様がお見えになりました」


 中から通してくれという声が2人にも聞こえ、扉を開けた執事がどうぞと2人を部屋の中に勧める。

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