第23話 条件

 曰く、知能が高い事は良い事だが、エルフは性格や価値観に難があったらしい。

 ヒューマンや多種族よりも賢いエルフは、俺たち人間と同じ生活圏では暮らせなかったのだ。紆余曲折うよきょくせつあって、多大な債務を抱えているらしい。

 俺はどういう事なのか、族長に説明を求める。


「例えば、人間が経営している会社なんかでは、エルフはすぐに退職届を出すぞい」


 そう言って、族長は横に居たエルフを指差すと、説明を続けた。気にしていなかったが、そういえばもう一人居たんだっけ。


「こやつはプログラミングの会社に居たのじゃが、誰も解決できなかったコードのバグを一発で直した所、風当たりが強くなったとか居づらくなったとか」


「いえ、族長、あれは給料体制が気に食わなくてですね」


「あれ、そうじゃったか……?」


 横に居た若いエルフが補足した。メガネを掛けた理知的なイメージの男だった。見た感じ、人間で言うと三十代くらいだろうか。

 族長の方はやはり歳なのか、記憶が曖昧なのかもしれない。


 うーん。成る程……? このメガネエルフさんは優秀な結果、軋轢あつれきを生んだわけだ。ねたむ奴等も居るだろうしね。


 それ相応の給料を払うにしても、会社側にも人件費の限界はあるだろうし。難しいよな。頭が良すぎるのも考え物ってか。

 えーと、つまり、頭が良いけど、だからこそ人間社会では生きづらかったって事でいいのかな?


「つまりじゃな。ようは働きたくない、楽をしたい、抜け駆けをする。そんなエルフ共が増えてしまった。何とも嘆かわしいのう……」


 表情を曇らせる族長。俺は今しがた聞いた話を黙り込んで考えていた。


 働きたくない。嫌な事はしたくない。楽をしたい。全部共感できる。けど……それってエルフの頭が良い結果なのだろうか。ニートみたいなもんだろう?


 知性とは別の所に問題があるような……性格や価値観、道徳心、例えば育った環境に原因がありそうな気がするんだけど。まぁ言っている事は理解できる。


 一説によればIQが二十違うと、会話が成立しないなんて話が出るくらいだ。近い現象なのかも。さっきのメガネエルフさんの例で言えば、ヒューマンの会社で下っ端やっているのは辛いのではなかろうか。その点は得心できる。


「なるほど、そういう感じですか」


「そうじゃ」


 ……ただ、人間の世界にもそういう奴等は多いし、そいつらが頭は良いかと聞かれたら……微妙な所だ。言ってしまえば悪くはない、かな。だけど、頭が良いとは断言できない。


 打算的と言うとイメージは悪くなるけど。易きに流れる事は、必ずしも悪い事ではないと俺は思うんだよね。

 文明の発達だって、楽をしようと先人が試行錯誤した結果みたいなものじゃん。便利と楽ってのは紙一重で違うかもしれないし、オーバーな例かもしれないけど。


 勿論、結果的に犯罪に走ったり他者を傷つけたりするのはイケない事だな。


「皆が皆、七面倒くさい性格をしておる故なぁ……」


 族長は困った困った、と付け加える。俺はどう切り返すか悩んでいた。


 それから、話は更に進んだ。

 族長の話によると、どうやら職場や私生活で問題を起こしたエルフが訴訟を起こされ、借金を抱えているらしかった。その額は莫大なもので、到底払い難いレベルのようなのだ。

 しかも……まともに働いているエルフも少ない。詰まる所、金に困っている、というわけか。


 働けよ、と言いたい所だが……前世の俺も、勤務体制が気に食わないとか散々愚痴を零していたし、言える立場ではないな。


「ええ、今では主な収入源はアフィリエイトとクラウドソーシングの運営だけですね」


 メガネのエルフが自嘲気味に嘆息した。

 多額の借金に困っているのは理解した。それで、俺に何を求めるというのか。……大方予想は出来ている。しかし、俺はあえて問うた。


「タチバナ君、じゃったな。……でどうじゃ?」


「ハハハ……とんだタヌキ親父や」


 思わず本音が漏れた。俺がそう口にすると、族長はニヤリと笑っていた。


 つまり、ラクリマを渡してもいい。だがその代わりに五千万をよこせ、という事か。


 結局この爺さんも他のエルフと同類じゃねーか。な~にが「何とも嘆かわしいのう」だ。途中から嫌な予感はしていたけど、エルフ、なんと腹黒い連中か……。全員、この爺さんの血を引いているんじゃないか? ラフィリアは良い子だったぞ?


 汚い。実に汚い。……だが、提示された額が微妙に手が届くレベルなもんだから、判断に迷うのだ。

 実は、国王に貰った金が残っているからこの莫大な金額を支払う事は可能なのだ。……ヴィータには内緒だけど。


 ただ、それは今後の生活を捨て置けば、の話だ。払ってしまったら無一文になる。異世界での生活安定はなくなり、以降ラクリマの探索どころではなくなる。


「その五千万を、ラクリマで叶える、というのはどうです?」


 半分冗談で聞いてみた。すると、族長は高らかに笑って答える。


「それは勿体ないじゃろう! おおっと……口が滑ってしもた。……皆で頑張れば、五千万は何とか稼げるからのう。ラクリマは最終手段として取っておきたいのじゃ!」


 本心がだだ漏れじゃないか。

 まぁ、エルフ一族が全員で必死になって稼げば……そうだよな。返済はできるんだろうな。返済できるだけの金額があったら、他に使いたいという欲望が見て取れる。


 俺は一度、この老獪ろうかい者に別れを告げた。その際、約束しておく。――交渉は成立や。五千万、用意できたらラクリマを譲ってください、と。


 契約書と思しき署名欄に〈立花仁〉と書いて、族長宅を出たのだった。

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