第15話 転生者支援協会
その日の夕方、アサーガ町内に支店があるという、転生者支援協会に向かった。到着すると、三階建てくらいの雑居ビルの一回部分に看板が出ていた。
ヴィータには留守番を頼んだ。今頃は購入した電子レンジや電気ポットを開封して、設置してくれている事だろう。
協会と言っているのは、元々転生者だった人間が集まり、今後の手助けとなるよう発足した組織だからのようだ。云わば、ボランティアに近いのかな?
それから相互扶助できるようにと、冒険者や転生者同士のマッチング、各種手続きを承っているらしい。現在、窓口で説明を受けている真っ最中だ。
「タチバナ様は成人されていますので、国民年金への加入が必須となります」
「え、そうなんすか……」
年金まであるのかよ。いやー、要らなくね? 駄目なの? 異世界に来て二日目で老後の心配かよ……。考える余裕なんかないんだけど……。
その後、保険の加入も勧められたが、こちらは断った。あとは……結婚したら婚姻届とかも出さなければいけないらしいが、今の俺には不要だな。
もしも人間としての
なんていうか、アロファーガと地球が似ているのは分かりやすくて助かる。年金とかは正直、俺としては再現されていない方が嬉しかったんだけど。
もしかしたら転生しても馴染めるように、というガブリエルの優しさなのかな。
それにしても「まずは役所に行きなさい」ぐらいの助言は欲しかったものだが。
住民票の作成、銀行口座の開拓、公共料金の引き落とし先の設定。色々代理でやってくれるようだった。
住居の案内や職業紹介もしているようだが、これは断った。住居は既にあるし。水道や電気、ガスの手続きを和田君がやってくれていたのは大きかったな。今度お礼を言いに行こう。で、何か恩も返したいな。
窓口での手続きを終えると、いよいよ講座の受講だった。てっきり、他の転生者に会えるかなと期待していたんだけど。不思議な事に俺以外は一人も居なかった。
「転生者って、この辺だと俺だけなんすかね?」
「ええ、そうですね……あ、でも【フィガ】の町で一人居た、かな?」
講座をしてくれるのは、メガネを掛けたお姉さんだった。人間だが、転生者ではないようだ。
部屋には机と椅子が用意され、三十分くらいビデオを見させられた。有志の人が作ったものだろうか。ドキュメンタリー風の映像である。アロファーガの法律、世界情勢。他にも、最寄の町内のゴミの分別も確認していく。
仮にこのアロファーガが広大な宇宙のどこかに存在しているとして、人間が住めるような惑星はどれだけ存在するのだろうか。俺はそう多くはないと踏んでいる。
だとすれば、パラレルワールドだと形容出来るこのアロファーガにはもっと人間が転生して来てもおかしくないのではないか?
地球出身、いや……そもそも転生する事自体が珍しいのかな。そう考えると、アロファーガにどっかの誰かが転生してくるケースも稀なんだろう。
フィガといったか。今後、そこには行く必要がありそうだな。
講座は終始、ビデオをメインに行われた。時折お姉さんによる補足が入る。
どうやら、アロファーガってのはこの異世界の名前でもあるけど、同時に大陸の名称を指すようだ。アロファーガは一つの大陸で出来ていて、地続きになっているらしい。多種多様な種族が存在しており、人間もしくは亜人が共存しているみたいだな。
大昔、地球は一つの大陸だったけど、分裂して……あらゆる生物種が生まれ、進化してきた。そうして人類は言葉を話し、道具を用い、地球上において一種の動物として独立した。
このアロファーガは大陸が分断されなかった地球の成れの果てなのかもしれない。生態系が混ざり合い、人間とも動物ともとれない生物が誕生した。それが亜人なのではないか。ビデオを見て、そう感じた。
「あ、すんません! 今の所ってもっかい再生できますか!?」
係員のお姉さんにお願いすると、再生しているビデオを巻き戻してくれた。映像で気になる部分があったのだ。
《ここ、アロファーガには多種多様な種族が存在しています。エルフ、ドワーフ、その他にも――》
ナレーションと共に画面に映し出されたのは、アロファーガに暮らす様々な生き物の紹介だ。何か重大なものが映り込んでいた気がした俺は、見逃さないよう目を凝らした。
《――彼らは人間と同じように思考し、暮らしているのです。決して争わず、アロファーガは人間だけのものではなく……》
動画に映っていたのはエルフだ。そのエルフがゲートボールをしている様子を撮影したものなのだが、ボール代わりにしているのがオレンジ色の玉だった。
……あれ、もしかしてラクリマじゃね?
思い切りスイングしてたけど……。扱い、ぞんざい過ぎるやろ。
エルフ、めっちゃ笑顔だけど、下手したら割れるからね、玉石。
あとそれ、日本発祥のスポーツだからね。
「それでは、講座は以上となりますが、何か質問はありますか?」
釈然としないまま、受講が終わってしまった。あれは果たしてラクリマなのか。それとも別の……この異世界で用いられている公式のゲートボールなのか。
そもそもゲートボールって言うとジジィのやるイメージがあるんだけど、エルフはやはり年寄りって事なのか……。
「それじゃあ、一個だけ……グランド・ラクリマって分かります?」
「いえ……分かりかねますが。――あ、もし良ければインターネットが使えますので、お使いください」
お姉さんはそう言うと、チラシを渡してきた。
支援教会内に設置されているパソコンは、登録すれば無料で使えるらしい。ただし使えるのは転生者のみ、だそうだ。
チラシには『獣人、人外用マウス、キーボードあります!』と力強いフォントで記載があった。なるほど……例えばハーピィに転生しちゃったとして、ハーピィ用のマウス・キーボードがあるって所か。腕が羽だと、タイピングがしづらそうだもんな……。
講座は無料で、そのまま帰された。為になる一日だったな。何かあればまた利用させてもらおう。
アロファーガの仕組みを知り、今後の不安が幾分かは和らいだ気がする。
誰かが言っていた。恐怖ってのは未知から来るらしい。幽霊や怪奇現象、原因不明の事件、事故。分からないから怖いのだ。知ってしまった今、恐怖や不安が軽減したのだろう。無論、全ての不安が消え去ったわけではなかった。下半身が直るのか、元の世界に帰れるのか。それは分からないから。
帰ったら夕飯にしよう。あのドラゴニュートが待っている。
余談だが水道、ガス、電気。公共料金は全て銀行からの引き落としになった。携帯電話の料金も、だ。
銀行口座とカードの存在はヴィータに教えないようにしなければ……そう誓った事を密かに揮毫しておく。
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