第279話 絆
ヤツハはバーグとザルツから視線を外すと同時に、彼の名を呼ぶ。
「サシオン」
「久しいな、ヤツハ殿」
当たり前のようにサシオンがヤツハの前に立つ。
彼女は彼に大切なことを伝える。
「お前の宇宙を再構築しておいた」
「そうか」
サシオンは口元を緩めた。
その表情にヤツハは眉を折る。
「まさか、予想してた?」
「ある程度は。そして、君が私の宇宙を再構築した意味もわかる」
「そっか。やっぱり、この行動には何か意味があるんだ。キタフの時といい、俺には自分が何のために力を行使しているのかわからないってのに」
「運命とは難儀な力だ」
「そうだね。そうそう、その運命の力だけど、地球の研究はなかったことにしておいた。だけど、いつか必ず、誰かがその研究に乗り出す。それをどうするかは、サシオン、あんたが決めろ!」
「承知した。過ちを繰り返すことを恐れ蓋を閉じるのか、過ちから学び先を進むのか……悩みどころだな」
「せいぜい、過ちの大きさを天秤にかけて悩むことだね」
「それは手厳しい」
「サシオン……」
ヤツハはちらりとクラプフェンとフォレに視線を送った。
その視線に促され、サシオンは二人の前に立つ。
「フォレ、クラプフェン」
「サシオン様……」
「サシオンさん……」
「クラプフェンよ、苦労をかけた。君の重責に気づいてやれず、すまなかった」
「いえ、期待に応えようと自分の心に偽りのベールをかけ続けたせいです。私は子どもだった」
クラプフェンは視線を地面へと向ける。
サシオンは伏し目がちなクラプフェンに優し気な微笑みを見せて、フォレに顔を向けた。
「フォレよ。立派になったな。見違えたぞ」
「そんな、私なんてまだまだ未熟で。サシオン様の背中を越えるのはいつになるか……」
「そんなことはない!」
サシオンはフォレとクラプフェンを抱く。
「二人とも、私の誇るべき友であり息子だ! 近いうちに私を越えゆくだろう。二人のような本物の男に出会えて、私は嬉しかった!」
サシオンは強く二人を抱きしめる。
それに応え、フォレもクラプフェンも、サシオンを強く抱きしめた。
僅かな時の抱擁を最後に、サシオンは二人から離れる。
「達者でな」
「ええ、サシオンさんも」
「さらばです。父さん」
サシオンは二人の友と息子に囲まれ、我が家へと帰った。
ヤツハはティラに顔を向ける。
「よ、女王陛下」
「ふふ、王に対して無礼だぞ」
「打ち首?」
ヤツハは親指で自身の首をなぞる。
「そのようなことはせん。市中引き回しの上に、はりつけ獄門程度で済ませてやろう」
「もっとひどいじゃんっ」
「そうかもな、あははは」
「笑い事じゃないって、あははは」
二人は笑い声で語り合う。
それはとても短い時間。
だけど、十分だった。
「ティラ。これから色々大変だろうけど、頑張ってな」
「そうだな、お前の尻拭いをせねばならん」
「いや、俺のせいではないと思うけど……ま、いいや」
ティラに寄り添う、アレッテに顔を向ける。
「アレッテさん、ティラを支えてやってくださいね」
「は~い、もちろんです~」
「ティラって、結構甘えん坊だから、アレッテさんが傍にいないとダメなんですよ」
「ヤツハッ!」
ティラが声を張り上がる、だが。
「ふふふ~、わかってます~」
「アレッテまでっ!?」
二人は姉妹のような親子のようなやり取りをしている。
そんな二人を、色虚ろなプラリネが見守っていた。
ヤツハは三人に微笑みを送り、ノアゼットの姿を瞳に映す。
「ノアゼット」
「なんだ?」
「もし、俺が笠鷺燎としてアクタに訪れていたら――あなたに惚れていた!」
「なっ? ……そうか、それは光栄だ」
ノアゼットは少しだけたじろいだが、すぐにいつもの冷静な彼女へ戻った。
しかし、頬には僅かな熱を乗せている。
ヤツハもまた、自身の頬に乗る熱を誤魔化すように頬っぺたをかいた。
照れ隠しに、首を振って、瞳を前に向ける。
「クレマ」
「姉御」
ヤツハとクレマは互いに拳をぶつけ合う。
「クレマ、トルテさんとピケのこと頼んだぜっ」
「言われなくてもわかってるさ」
「あばよ、
「ああ、
「……そのことは忘れてくれないかなぁ」
「なんでだよっ? 良い通り名じゃねぇか」
遠い過去に置いてきたはずの黒歴史に頭を悩ませて、ヤツハはクレマから視線を外す。
そこから腕を組み、じろりと瞳を向ける。
「サダさ~ん」
「ヤ、ヤツハちゃん、なにかなぁ~?」
「何かなぁ、じゃないよっ。よくも裏でこそこそとっ!」
「ごめんよ~、ヤツハちゃん。色々と事情があって」
「その事情とやらのせいで、黒騎士と戦う羽目になるは! トーラスイディオムと戦う羽目になるは! さらにエクレル先生にまで迷惑かけて!」
「それは……ほんと、ごめんな、ヤツハちゃん……」
サダはらしくない真面目な顔を見せる。
そして、続く言葉に悲しみを乗せた。
「俺のことが嫌いなら、別に放っておいても構わないから。だけど」
「もう一人の
「そう、頼む」
「残念だけど、それはできない」
「どうして?」
「彼の心はすでに決まっている。全てを受け入れて、先を歩んでいるんだ」
「そうか。あいつは俺と違い、凄い奴だ」
「何言ってんだよ? サダさんと水野は違うだろ」
「え?」
「あの人は過ぎ去った時間を受け止めた。だけど、サダさんはまだその時を迎えていない」
「ヤツハちゃん、まさか?」
ヤツハはサダに手を伸ばす。
「助けてやれ、奥さんと娘さんを」
「いいのかい?」
「そのために今日までコトアの下で頑張ってきたんだろ。それに、俺はなんだかんだであんたのこと気に入ってるから」
「ヤツハちゃん……」
「1989年、9月15日。午前7時43分38秒。幼稚園のバスに乗り込もうとした時に事故が発生する。サダさんが地球から離れた1989年の9月14日に送り帰す。だから、絶対に助けてやれよ!」
「ああ、もちろん!!」
サダはヤツハの手を強く握りしめた。
彼は家族を救うべく、地球へと帰る。
サダを送り、視線をエクレルへ向けた。
「先生……」
「ヤツハちゃん……」
「もっと、あなたの下で学びたかった」
「ええ、私ももっとヤツハちゃんをギュッギュッて抱きしめたかった」
エクレルは何かを抱きしめるような態度を取り、身をくねらせる。
その姿にヤツハは呆れた声を漏らした。
「先生~、こんな時くらい」
「こんな時だから、いつも通りでいたいのよ」
「……そうですね」
ヤツハはエクレルに近づく。
すると、エクレルは両手を大きく広げた。
その中に飛び込むように、ヤツハはエクレルの胸に顔を埋めた。
「先生、今までありがとう! 先生みたいな尊敬できる先生はもう現われない!」
「そんなことないわよ。きっと、ヤツハちゃんにはこれからも良い出会いがある。あなたに良い影響を与えてくれる出会いがね」
「それでも、先生が一番最高の先生です!」
二人は互いに強く強く抱きしめ合う。
そして、名残り惜し気にゆっくりと体を離し、ヤツハは仲間たちへ顔を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます