第246話 ウードという女

 バーグのおっさんから細かな説明を受けていく。



 シオンシャ平原での戦争後、ヤツハことウードはマヨマヨを従えた。

 ブラン軍は六龍クラプフェン・ノアゼット・バスク。

 そして、大勢のマヨマヨを引き連れて王都へ訪れる。


 王都にはまだ相当数の兵がいたが敵うわけもなく、さらに六龍の半分がくだり、その筆頭であるクラプフェンまでもティラ側についた事実が戦うための力を奪い去った。

 近衛このえ騎士団の一部は抵抗を見せたが、ほとんど意味を成さず、無血開城の状態だった。



 ウードはブラウニーを捕らえ、彼を斬首刑に処す。

 さらに彼の御子であったオランジェットとレーチェをも処刑するように、ティラへ進言をした。

 その時、ウードは皆の前でこう語った。



「とても悲しいことではありますが、正道を説くには何事も所在というものをはっきりしなければなりません」



 それは王族としての責任を問う言葉。

 オランジェットとレーチェはそれを受け入れたそうだ。

 だが、さすがに行きすぎだという周囲の意見もあり、またティラも同様の思いであったため、彼らは王都から離れた田舎町で隠居させるということで落ち着く。


 ウードは皆の意見に素直に従った。

 おっさんの話では、ヤツハはわざとそのような厳しいことを話したと伝わっているらしい。


<ジョウハクを混乱へと導いた王族への責任。それは誰かが問わなければならないこと。しかし、それを御身内であるブラン様の口から漏らさせるのはあまりにも非情。だから、ヤツハは自分が汚れ役になる覚悟を背負い、それを口にした>と。



 おそらく、この噂を……いや、流しているのは確実にウード自身。


 

 この出来事により、美しく、強く、優しい心を持つ女性の名声はさらに高まる。

 ここからウードはブラン女王の名の下で、大きな制度改革に乗り出す。

 本来ならば、いくら功績があろうとそのような無茶はできない。

 

 しかし、マヨマヨの力を背景に置いた彼女には誰も口を出せない。

 また、彼女が唱える制度改革は非常に理に適ったものであったため、皆が口を閉ざすしかなかった。

 

 ウードは妲己だっき

 政治に携わった経験がある。

 さらには、俺の引き出しの知識から二十一世紀の地球の情報を得ている。

 今ではマヨマヨからも知識を得ているはず。

 それらを組み合わせれば、現在のアクタ人には届かない世界を生み出せる。


 それらにより、短期間のうちに彼女の才は世界に響き渡る。

 また、美貌もその広がる噂に拍車をかけた。


 

 麗しき女性。

 庶民であるため、国民に人気が高い。そこには便利屋時代に築き上げた人気も加味される。

 さらに政治の才があり、経済に精通し、軍才もある。

 剣や魔法もまた超一流。

 そして、マヨマヨを従えている。


 このような人物に誰が逆らえようか。


 ウードの底無き野心はジョウハクにはなかった新たな役職を生む。

 それは……宰相。



 ここに、ブラン=ティラ=トライフル女王の片腕であり友でもある、ジョウハク国宰相ヤツハが誕生した。



 宰相ヤツハはマヨマヨの技術をも使いこなす。

 まず、彼らの技術を使いサシオンが作った六龍の装具に手を加え、六龍の力を黒騎士に近づけた。

 さらに、新たな四つの武具を生む。これはマヨマヨたちが生み出した装具。

 その装具をフォレたちに授ける。

 だが、フォレはすでに日本刀『ヤツハ』を所持していたため、彼の装具はケインが譲り受けることになった。


 新たな装具を得た彼らには、これに加え、六龍将軍とは別の役職を授ける

 それは……五星ごせい将軍。



 フォレを筆頭に、アプフェル、パティ、アマン、ケインがその名を背負う。


 

 既存の六龍は外敵の備えに置き、五星は宰相ヤツハ直属の部隊となった。

 彼女はマヨマヨたちと黒騎士に匹敵する六龍を使い、対外戦争に打って出る。

 ブラン女王はこれに反対したが、いつまでも北と南に不安を抱えたままにしておけないと、ウードは押し切ったようだ。

 彼女はキシトル帝国を攻める口実にこううたった。


「先王プラリネの無念を晴らす!」と……。


 たしかに、キシトル帝国のシュラク村の襲撃がきっかけで、ジョウハクの政情は大きく動き出すことになったが……。

 その話を聞いた俺は、心の中に憎悪を宿す。


(あの糞女くそあまっ、ティラの心を利用しやがったっ!!)


 ティラは戦争を望んでいなかったはずだ。だが、先王プラリネの弔い合戦と銘を打たれては反対しにくい。



 これだけでは留まらず、ウードはもっと恐ろしいことをフォレたちに命じる。


 そのめいとは……残党狩り……。



 ブラウニー派に所属していた中で、力を持っていた貴族を中心に彼女は粛清を始めたのだ。

 俺は思わず唾を飛ばす。


「なんでそんなことを!? もう、終わったんだろ。だったらっ!」

 この言葉に、バーグのおっさんは首を横に振りながら答えてきた。


「派閥争いってのはそんなもんだ。負けた側は見るも無残な目に合うのさ。ヤツハのやってることは当然のこと。それに、今のジョウハクには必要なことだしな」

「どうして?」


「うん? そりゃあ、決まってるだろ。新たな王を迎えて一見華やかだが、その実は地盤が固まっちゃいねぇ。ここで反乱分子どもに甘い顔をしたら、侮られちまう。だから、きっちりけじめ付けなきゃなんねぇんだよ」

「そんな……」


「だけど、ちょっとらしくねぇかな?」

「え?」

「えっとな、俺はヤツハって子と会ったことがあるんだよ。会話なんて洒落たことはなかったけどな。だが、なんとなく人となりは見えていたぜ。見た目も可愛かったが、中身も仲間想いの良い女だ」

「え、そうかなぁ~」


 急に褒められたものだから気恥ずかしくなってしまい、体をくねらしてしまった。

 そこにバーグのおっさんのツッコミが入る。



「なんであんちゃんが照れてるんだよ? 体までクネクネしやがって、気持ちわりぃなぁ」

「え? う、うっさいっ」

「何だよ、今度は急に怒りやがって」

「あ~、もうっ。それはいいから、結局、何がらしくないの?」


「ああ、それな。ブラウニーとその派閥連中への懲罰はわかるが、宰相殿はそれだけでは満足できず、ブラウニー派だった貴族はもちろん、その家族、親類、さらには領民まで皆殺しにしろって命じてるみたいだぜ」

「…………え?」

「まぁ、多少の締め付けは必要だとしても、やり過ぎだしなぁ。それにそういうことを命じれるような少女には見えなかったんだが……ま、人は変わるもんだしな」



 おっさんは顎髭をジョリジョリ撫でながら、さも当たり前のように受け止めている。

 これはこの世界の常識なんだろうか?

 いや、違う。多くの世界の常識なんだ。

 俺がいた地球だって、同じことをしてきた。もっと、非道な行いをしてきた。

 

 俺は恵まれた時代と場所に生まれたおかげで経験してこなかっただけだ。

 敗れた者は全てを奪われ蹂躙される。

 弱肉強食――これは宇宙の真理。

 ……だからといって、俺はそれを受け入れることはできない!


 何故かってっ? それはっ!?


「ウ、ヤツハは……それを、フォレたちに命じたのか……?」

「ああ、らしいぜ」

「ふ、ふ、ふ、ふざけやがってぇぇぇ!! くっそぉぉアマぁぁぁぁぁ!!」


 一気に動悸が激しくなり、呼吸が浅く荒くなる。

 地面はぐにゃりと曲がり、眩暈を覚える。

 心の中で暴れ狂う炎が感情の全てを焦がし尽くす。


(許せない! 絶対に許せない! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)


 バラバラとなった呼吸のせいで胸が痛いほどに締め付けられる。

 おっさんはその様子を心配してか、俺の肩を掴む。

「おいっ、大丈夫か? しっかりしろ、あんちゃんっ!」

「はあはぁはあはぁ、大丈夫。大丈夫だから、肩を放してくれ」

「本当かよ……しかしよ、急にそんなに取り乱すなんて、あんちゃんはフォレたちと知り合いなのか?」

「知り合い? いや……そうだな、命の恩人のような人たちだ」


 

 友だと、言葉を返したい……でも、それはヤツハの俺であって、笠鷺の俺ではない。

 フォレたちとの距離を感じて、急激に熱は冷め、心は落ち着いていく。

 

 バーグのおっさんは心配そうにこちらを見つめている。

 見た目は野暮ったいおっさんだけど、意外と優しい。


「そんなに心配そうな顔すんなよ。大丈夫だから」

「なら、いいけどよ。ま、呼吸も落ち着いているみてぇだから、大丈夫っぽいな」

「はは、シュラク村を襲うような人の割には優しいな、おっさん」

「え……あんちゃん、どうして俺がこの村を襲ったことを?」


 おっさんは身構え、警戒を露わにする。

 気が動転していたとはいえ、口が滑ったようだ。

 仕方なく適当に誤魔化す。


「俺はこの村とちょっとした縁があったから。だからといって、あんたをどうこうしようという気持ちはないよ」

「縁ねぇ……」


 おっさんはしばらく俺を睨みつけていたが、途中で身体から力を抜き警戒を緩めた。

「たしかに恨みつらみがあるような感じもしねぇしな。もっとも、上からの命令とはいえ、人様の故郷を奪うなんて真似をすりゃあ、殺されたって文句は言えねぇけどな」



 彼は村を見回して、ちらりと南側へ視線を向けた。

 先に在るのはおそらく帝都。

 彼もまた故郷を失う悲しさを知る。

 おっさんは頭を掻きながら、俺に顔を向けた。


「誰かの故郷を奪っておいて、自分の故郷が奪われたらイラつくなんて、俺は身勝手だねぇ」

「それは、上からの命令だったんだろ?」

「奪われた奴に取っちゃあ、そんなの関係ねぇだろ。それに命令であっても俺がやったことには変わんねぇ」


 おっさんは俺から視線を外して、地面へと顔をそむける。

 そんな様子を目にして、俺は小さな笑いが漏れ出た。

「ふふ、おっさんは兵士としては優しすぎるかもな」

「やかましいわ、ガキがわかったようなことを口にすんなよ!」

「はっ、ガキ扱いしたいのか、あんちゃん扱いしたいのかはっきりしてくれよ」

「なまいきだなぁ~。小僧は!」

「また、増えた。呼び名を固定しろよ!」



 そう声を飛ばすと、バーグのおっさんはさばさばとした笑いを見せた。

「はははっ、あんちゃんと話してると調子が狂うな……馬鹿みてぇ話だが、妙に心が落ち着きやがる」


 彼は一度ぐるりと焼け落ちた村を見回してから目を閉じる。

 そして、ゆっくりと閉じた目を開き、俺に向き直った。


「あんちゃんが何もんかは、もうどうでもいい。だけど、これからどうすんだ?」

「どうするって言われてもなぁ。とりあえず、落ち着けそうな場所を見つけて……見つけて……」


 やることは決まっている。

 ウードの馬鹿な行いを止めること……。

 それをおっさんの前で口にするかどうか、迷いはある。

 だけど、このバーグというおっさんは初対面でありながらも、なんとなく信頼がおける。

 だから、口にする。


「俺は、ヤツハを殺す」

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