第240話 いきなり想定外

 笠鷺かささぎがアクタへ訪れた。

 その姿を見て、私は頭を抱える。



「なんでこの子ッ、女の子の姿をしてるんだよ~!?」


 今まで色んな世界から無を経由し笠鷺が訪れた。

 だけど、一度たりとも女の姿で訪れたことはない。

「もう、地蔵菩薩は気づかなかったのかなっ?」


 少年もとい少女を睨みつける。

 すると、彼女の中に眠る前世の魂が激しい輝きを見せていた。

「あれのせいで、性別を勘違いしたとか? そっか、記憶に触れる力を与えたことで、早速彼女が主張を……」



 私とドリアードが与えた力で、妲己だっきなる人物が現れるのは計画の内だった。

「でも、こうも早く現れるなんて。どうしよう、計画の第一歩が想定外なんて……」


 多くの情報を積み重ね、人のように予測する力を手に入れたつもりだった。

 だけど、人の行動は想像の斜め上を平気で歩く。


「しょうがない。このままでも計画を続行できるかどうか確認しよっと」


 私は急ぎ、監視者たちに気づかれないように注意を払いつつ、見ていい範囲で様々な場面を見つめる。


「…………トーラスイディオムを動かせば、何とか近藤ちゃんの場面を生み出せそう。その代わり、サダの出番は無しになるかな。アプフェルちゃん、ごめんね。最強の魔導士になれる予定だったのに」



 いきなり計画が狂ったけど修正すれば可能とわかり、そのまま続行することに決めた。

 私は監視者たちの目とサシオンの目を誤魔化しつつ、サダを使い、道を作っていく。

 

 途中でサシオンはなんとなく私の企みに気づいたみたい。

 だけど、何も言ってこない。

 

 地上から戻った彼は地下深くで結界を補修しているはずの私の本体を守護しつつ、無言で立ち続けている。

 その様子をこっそりと、もう一人の小さな私が見つめる。

 


 彼は私をチラリと見て、小さく息を漏らし、視線を何もない場所へ移した。


「なに、いまの? サシオンも何か企んでるっぽい感じが……」

 サシオンは人だけど、神と同等に先を見る力に長けている。

 それは予知というものではなく、今の私のように情報を積み重ね未来を覗く力。


「うぬぬっ、こればっかりはサシオンの方が上回ってるからなぁ。サシオンめ、私とは違う何かを見てるな!」


 彼が邪魔をしないところを見ると、これから先、彼にとって都合の良い展開が待ってるように思える。

 残念だけど、監視者たちの目を誤魔化すことと笠鷺の行動予測で手一杯の私には、サシオンが見ているものを見る余裕はない。


「ま、いっか。邪魔されないだけ良しとしよっと。だからといって、楽になるわけじゃないけどねぇ」


 

 サシオンは見逃してくれてるようだけど、監視者たちの目は厳しく、なかなか思うように動けない。

「もっと、笠鷺にヒントを与えたいんだけど、無理っぽい。このままだとあの子は気づかないまま終える……もう少し、様子を見てみよう」




 笠鷺は仲間と出会い、情を育み、剣や魔法の腕を磨いていく。

 そして、英雄祭で近藤ちゃんと出会う。


「よっしっ。ここまでは予定通り。さ~て、次はサダの出番だね」


 彼を使い、黒騎士と笠鷺を引き合わせる。

 そこで近藤ちゃんの死を目の当たりにした彼は、後悔を恐れるようになった。


「うん、今後笠鷺はウードの力を借りることに躊躇ためらいを見せない。よしよし。近藤ちゃん、ご苦労様。お礼に私の遊び相手に任命してあげるねっ」



 近藤ちゃんを私の部屋に呼んだ。

 彼ならサシオンより弱いからゲームが成立すると思ったけど……クッ、ここでも想定外。


「また負けた~!! なんでそんなに甲羅とバナナの扱い方が上手いのっ!?」

「はは、すみません。勝ってばっかりで」

「ムキ~!」

「ちょっと、いたたた、いたたたたた」


 腹いせに腕の関節を決めてやった。




――まぁ、紆余曲折はあったけど今のところ順調。

 エクレルちゃんが教会に相談しかけたのはちょっと危なかったけど。

 でも、それ自体を私の計画へ即座に組み込んだ。

 もう~、自分の才能が怖いっ!


 と、浮かれていたのも束の間、とんでもない事態が起こる。


「どうして、どうして、ここでアプフェルちゃんが無に落ちるの!?」


 亜空間転送魔法を行っている最中、アプフェルちゃんが線から足を踏み外して無に落ちちゃった……。


「もしかして、当初の予定ではアプフェルちゃんは重要な役目を負っていたから? その名残がこんなことに? もうっ、私のバカバカバカ。神なのに詰めが甘すぎるっ。やっぱり、人間みたいに予測して行動するのは限界があるよ!」


 

 これは完全に想定外の出来事。

 つまり、これから何が起こるのかわからなくなったということ。

 このままだと計画が破綻する。


 私は急いで、修正に走る。

 そこに重ねて想定外が起きる。



「え!?」


 アプフェルちゃんを救う存在が現れた。

 その存在はアプフェルちゃんを救い、自分が管轄する場所へ送り届けた。


「どうして……もしかして、気になっていたってこと? ずっと見張ってた?」


 一度、関わった出来事。

 だから、見過ごせなかったみたい。


「ふ~ん、有の存在の割には人に対して優しいんだから。もっとも、私もその思いを利用したんだけどね。だけど、知らないよ。さすがに今のは監視者たちの目に止まったはず。罰を受けるだろうなぁ……あっ」



 朧げに、先の場面が見える。

 それはまだ、計画の続行が可能だという証。


「そっか。ここからそう繋げばいいんだ。しかし、アプフェルちゃんはどう転んでも大変だねぇ。当初の予定ではサダと笠鷺の戦いに巻き込まれて……最後にはサダの心を救う役目だったんだけど」


 アプフェルちゃんは計画の要だった。

 彼女は空間魔法を巧みに操り、地球からサダの家族を引き連れて、サダの心を救う役目を負っていた。


「どちらにしろ、辛い役目を背負うことになるんだ。アプフェルちゃんの命が終えたらMVPをあげないと……さて、これからは」



 場面を飛ぶ。


 私はリーベンで、笠鷺と深い関係にある者を使いメッセージを送る。

 このメッセージにはかな~り、頭を悩ませた。


 まず、監視者たちの目があるから、長時間の接触はできない。

 その間に、言葉という未発達な伝達手段で、必要最低限の情報を伝えなければならない。


「もう、テレパシーが使えたらなぁ。使ったら、監視者たちにバレるだろうし……。何とか、メッセージを凝縮してっと。どんな風に声を掛けようかなぁ」



――パターン1・厳かに。


「我が名は女神コトア。笠鷺燎よ。汝に~~」

 これはダメだ。私っぽくないし、余計な言い回しで無駄に時間を食う。


――パターン2・いつもの私。


「やっほ~、燎ちゃん。今日は君に伝えたことがあって来ちゃったっ」

 これもダメだ。さすがに威厳が無さ過ぎて、私を女神だと認識してくれないかも。



 色々と悩んだ結果、最も面白みのない無難な言葉に落ち着いた。


『引き出しの知識は脳の中だけで留まらない。アクタと繋がり、先にある無の全てに繋がっている。そしてそれは、君の魂だけに宿る力。想像は創造を紡ぎ、情報を手繰り…………ばーか』


 ちょっと、堅苦しかったかな?

 つい、悪口まで言っちゃったし。それに――


「半端なメッセージ。これじゃ足らない。全然足らない。もっと、ちゃんとしたヒントをあげたいけど、あまり私の意志を強く見せると監視者たちに見つかるし。もう~もどかしいっ」



 場面をお茶をしていた部屋に戻す。 

 笠鷺はウードに敗れ、無に落ちた。



「というわけで、ここまでつながるわけだけど……これ以上の場面を見れない。いよいよ監視者たちに見つかっちゃう。とりあえず、場面の統合を図って私を繋げないと」


 多くの場面に存在する私たちの記憶を統合する。

 これにより、ここまで起きてきたことで意外な出来事は一切なくなり、全ては私の知る範囲のものとなった。


「……ここから先は、笠鷺任せ。私の予想が当たれば、あの子は届くはず。それでも届かないなら監視者たちの目を無視してでも、直接教えてあげないと。そして、おそらくそれは、最後の最後の瞬間……ふふ」


 笑いが漏れ出る。

 それは神である私が、不完全な言葉を使っているから。


「はず、おそらく……神にあるまじき言葉。でも、仕方ないよね。今の私は人の真似事してるんだから……さてと、どうしよ? こっそり、見に行こうかな」


 無へ移動する。

 そこにあるのは笠鷺燎の存在だけ……。


「私は見ることしかできない。でも、大丈夫っ。心強い味方が君の魂に刻まれているんだからね!」

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