第207話 迫る戦火

 ウードの予測に沿って、幾度も会議と調練が行われた。

 日に日に迫る戦火の足音。



 それが起こるのは、三日後か、二日後か、それとも明日か……。



 俺は深夜の城壁の上に立ち、王都サンオンを望む。

 冬の風が世界を凍てつかせるというのに、王都からは猛る熱が伝わってくる。


(人が集まっている。もう、まもなくか。さすがに緊張してくるな。おかげさまでなかなか眠れないや)


 辺りを見回す。

 城壁には人の気配はなく、ここに居るのは俺だけ。

 ウードの気配は希薄。あまり意識を外に向けていない様子。

 今、彼女は俺の頭の中で何かを企んでいるのだろうか?


 

(何やってんだろね、ウードは? ふむぅ~、あまり気にしても仕方ないか)


 俺は首を振り、ウードのことは忘れ、寝る前に軽く魔法の訓練でもしようと思い、右手を見つめて火球を生み出そうとした。

 すると一瞬、左手の人差し指が光った気がした。


(うん? あ、これは……トーラスイディオムの力)


 左手の人差し指の爪には、時と空間を司る龍『トーラスイディオム』の力が宿っている……らしい。

(ん~、色が変わってるだけで何にも感じないんだけど、どうなってんだろ?)


 トーラスイディオムは言っていた。


『それは笠鷺燎の魂にしか見えぬ力。笠鷺燎の身に宿る力だ。今はただ、色の染まった爪先だが、時が来れば貴様の助けとなるだろう』



 この、金のラメ混じる紫の爪は、俺以外、誰も見ることのできない爪色。

 そして、時が来れば助けになるという爪……。


(時って、なんだろう? ふむぅ~、これこそ気にしても仕方ないっか。どうせ、わかんないし)


 紫の爪のことは忘れ、訓練に意識を向ける。


 再度右手を見つめ、小さな火球を産む。

 その中に氷の魔法を織り込む。


 それをそろりと地面に落とす。

 火球は地面に触れた瞬間、鋭い氷の槍となり、石の地面に刃を突き立てた。


 これはバスクが魔法弾に結界の魔法を隠していたことをヒントに考え出した魔法だ。


(やってみると意外に簡単だな。ま、ひたすら制御力を磨いたおかげだろうけど……でも、これだけじゃ足らないな。冷静に魔力を探れば、魔法に別の魔法が隠してあるとわかってしまう)


 

 バスクの時はこちらも焦りがあり、彼の魔法弾をよく観察していなかった。

 もし、冷静に魔法弾を観察していれば、そこに結界の魔法が隠されていたことが、制御力を磨きに磨いた俺なら気づけたはず……。

 そしてそれは、逆の立場でも同じ。


 別の魔法を隠していても、六龍ほどの実力者ならば気づく。


(なら、ここからエクレル先生が行っていた、トーラスイディオムのマフープを自分の魔力に還元した応用だな)


 俺は小さな深呼吸を行い、身体の緊張をほぐしてから、新たな魔法を紡ごうとした。

 

 

 そこに前触れもなく、城壁から離れた場所にある茂みの中に何者かの気配が現れた。

 空間の力とともに……。


 俺は城壁から飛び降りて、風の力を使い、ふわりと地面に着地する。

 そして、気配を感じる茂みに向かって歩き始めた。


 

 茂みに入り、彼女に話しかける。



「エクレル先生、無事だったんだ?」

「ふふ、お久しぶりね、ヤツハちゃん」


 先生はトーラスイディオムの洗礼を受けた魔導杖まどうじょうと……なんでか、クレマの仲間たちが身に着けている黒色の特攻服を纏っていた。


 俺が眉を折りながらその服を見つめていると、先生は前面に天上天下唯我独尊の漢字が編まれた特攻服を振りながら苦笑いを浮かべた。


「ああ、これね。いまはクレマさんのところに厄介になっているから」

「だからって、特攻服を着る必要は……」

「勢いに押されてね。それに、私以外のみんながこの感性を受け入れているんだもん。だから、抵抗しようもなかった……」



 先生は顔に縦線を降ろすくらい疲れた表情を見せて、がっくりと肩を落とした。

 しかし、疲れている先生には悪いが、俺は『私以外のみんな』という言葉に意識が強く向いた。


「みんな? ということはっ!?」

「ええ、トルテさんにピケちゃん。サダさんはふらふらとどこかに行っちゃったけど……ま、みんな無事よ」


 

 先生は俺を王都に送り出してからの話を語る。

 

 亜空間転送魔法発動後、魔力が底をつき、先生はクレマと一緒に森へ戻ったそうだ。

 森でしばらく休み、魔力を回復させてから王都に戻ろうとしたらしいけど、エルフの斥候が王都での騒ぎ……つまりは俺とティラとパティの騒動を伝えて、俺たちが六龍の追手から逃げ切り、リーベンに向かったという話を知った。

 

 先生は俺が安全な場所に居るとわかって、トルテさんたちと合流することにしたらしい。

 数日後、森にトルテさんたちが訪れる。

 サダさんは森まで一緒だったが、その後何か用事があるらしくどこかに行ってしまったと。

 あの人はいつもふらふらしてる……。



 話を聞いて、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 王都にいる宿のみんなが無事だったのは確認できたけど、トルテさんやピケがあの後どうなったのかわからなかったから。




「それで、先生はなぜここへ? もしかして、俺たちに協力を?」

「ええ。だけど、ここで一緒に戦争に参加するわけじゃない。私やクレマさんは別の方向からヤツハちゃんを支援すると決めたの。それを伝えに」

「支援って?」

「それはね…………」


 

 先生は支援の内容を話す。

 それを聞き終えて、俺は心配そうに尋ねた。



「大丈夫なんですか? 下手したら先生、死んじゃうんじゃ……?」

「う~ん、まぁ、そうならないようにエルフの人たちから力を借りるから大丈夫」

「無茶はしないでくださいよ」

「ふふ、一番無茶をしているヤツハちゃんから言われたくないわね」



 先生は指先で俺の額を小突く。


「いたっ。もう、なんすか先生~」

「ふふふ、だけどヤツハちゃん。あなたは本当に戦争に」

「覚悟をついてます。じゃなきゃ、とっくの昔に逃げ出してる」


 先生の言葉が終える前に、覚悟を被せた。

 すると、エクレル先生は大きく溜め息をつく。



「ふぅ~、そうね、あの時より、もうひと月以上も時が経っている。いまさらの質問よね」

「そういうことです。本音を言えば、嫌ですけどね。ま、しゃーないです」

「随分と軽い言葉……変わったわね、ヤツハちゃん」

「この状況で変わらない方が凄いですよ」

「ええ、そうね……変わらないでいてほしい時間ほど、変わってしまう」


 エクレル先生は身体ごと王都に向けて、視線を遠くに投げた。

 先生の紫水晶の瞳の中には王都で楽しく過ごしていた日々が映っている。

 俺も王都へ顔を向けて、瞳に王都の光景を浮かべる。

 わずか数か月前までは本当に楽しく過ごしていた。

 

 でも、もうその日々は……いやっ!



「すぐに元に戻りますよ、先生」

「ヤツハちゃん……そうね」

「はは、戻ったら、また先生の屋敷で特訓再開かな?」


「私に教えられることが残っていればいいけど」

「それは残ってるでしょ。今の俺は大雑把に勘で魔法を使っている状況だし。座学の方もきっちりやらないと……嫌だけど」

「ふふふふ、嫌がるヤツハちゃんを押さえつけて、たっ~ぷり楽しまないと」

「楽しむって、相変わらずですね」


 なんだかんだでいつもと変わらない先生をみてホッとする。

 色々困ったところはあるけれど、それが残念なことに俺の心を癒してくれている。


(こりゃ、先生の屋敷での勉強会が怖いな……あ、屋敷と言えば)



 ふと、先生に預けているお宝たちを思い出した。

 貴族や名のある富豪たちは黒騎士を退けた俺に、見舞い品を送りつけてきた。

 それらは嵩張るものが多く、先生に預けたんだけど……。

 

「そういや、先生の屋敷に預けてる貴族たちからの贈り物ってどうなったんだろ?」

「う~ん、王都の内情は深くわからないけど、ブラウニー陛下側から見れば、ヤツハちゃんは大罪人。その師である私にも捜査の手は及んでいるでしょうから、たぶん没収」

「ええええええ~、マジで~……せっかく、お金持ちになったと思ったのに~」


 俺は両手で自分の顔を覆って、その場にしゃがみ込む。

 そんな俺に先生は前向きすぎる慰めの言葉をかける。



「それは残念だけど、今のヤツハちゃんの実力があれば、あの程度の財宝、すぐに稼げるわよ」

「いや、できれば、働きたくないんですよ」

「あら、王都では便利屋として頑張っていたでしょ?」

「あれは生きるために仕方なく。元来の俺はぐーたらですよ」

「そ、そうなの? ちょっと意外ね。なんだかんだ言いつつも、頑張っている姿しか見たことないから」

「そうだっけ? ……でも、たしかに最初は嫌だったけど、結構楽しんでたところもあるかも」


 フォレとトルテさんに仕事を紹介されて、ドブさらい……。

 その後も掃除、買い出し、配達、ウエイトレス。

 

 サシオンからは違法カジノの調査と取り締まり。

 クレマとの交渉、挙句は黒騎士との対決。

 

 そして、これらの合間を縫って魔法や剣の訓練。


 

 先生の言うとおり、はたから見ると文句を言いながらも、めっちゃ頑張ってる感じがする。

(これって俺の頑張りなのかなぁ? それともヤツハとしての心が頑張ったのかなぁ? ま、どっちも俺か。なんにせよ、良い経験ばっかりだし、悪くない)


 どうも、心の中に俺とヤツハを感じるようになり、心を二分して考えるようになっている。

 俺は頭をボリボリと掻いて、これらを忘れ、気持ちを先生やトルテさんたちへ向けることにした。

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