第187話 忘れていた切り札
アプフェルは桃色の尻尾を山の形にして、警戒を解くことなくパティと俺に声を掛ける。
「パティ。バスクをお願い」
「ええ、わかりましたわ」
「ヤツハ。私はパスティスを相手にする。あんたはブラン様を護って」
「だけどっ」
「二人の殺気はブラン様に向いている。隙あらば、お命を奪いに来るはず。だから」
「……わかった。でも、援護くらいはするからな」
「もちろん、それは期待してるよ」
アプフェルは愛らしい笑顔を一瞬だけ見せた。
そして、すぐに表情を戦士の一族たる人狼のものへと変える。
彼女は人狼族の忠義を背負い、パスティスの前に立つ。
「逆賊パスティス。忠義を重んじる一族、人狼アプフェル=シュトゥルーデルがお相手する」
「この、好き放題言いおって」
「反論できるの?」
「できぬな。だが、我らが忠義は底に堕ちようと、ジョウハクの未来を思えば、これこそが正しき道」
「なら、どちらが光の道か、証明しましょう」
「そうだな。アプフェル=シュトゥルーデル! わが神速についてこれるか!!」
パスティスは巨山のような肉体を持ちながらも音より速く駆け抜ける。
対するアプフェル――――全身に
二つの神速は何度もぶつかり合い、衝撃で大地を吹き飛ばす。
パスティスはアプフェルの速さに言葉を失う。
「な、なんとっ!?」
アプフェルの速さはパスティスを凌駕していた。
彼女は幾度もパスティスの視界から消えて、雷の宿る打撃を加える。
「ハッ、イヤァっ!」
「グッ! だが、この程度ではっ!」
パスティスはアプフェルの攻撃を正面より受け止めて、返し刃に拳を振るう。
剛腕から生み出される風圧は真空を生み、アプフェルの肉体を切り刻む。
二人は互いに間合いを取り直すため、一度離れ、構え直す。
パスティスはまるで好敵手を得たかのように、言葉に愉悦を乗せる。
「まさか、お前のような若輩が私の速さを超えようとは……その速さ。人狼族が長、セムラ殿に匹敵する。だが、非力。その程度の力では、万年の時を刻もうとも私には届かぬ」
「クッ、さすがは六龍。私の攻撃でもおじいちゃん相手なら少しは通るのに、まったく通じてない。困ったなぁ……」
真空によって刻まれた肉体から血が流れ落ちる。
だが、彼女はそれを拭うことなく、パスティスを瞳に入れ続ける。
一方、パティもバスク相手に健闘していた。
だが、バスクが纏う結界は厚く、パティの魔法では貫けない。
バスクもまた、パティへ致命的な手傷を負わせることができず、戦いは膠着状態だった。
両者の戦いを見つめながら、俺は戦いの結末を覗く。
(ふむぅ~、このままだと、結局はじり貧だな。アプフェルとパティは良く戦ってるけど、衰えが見えてきている。だけど、六龍にはそれが見えない)
俺はアプフェルが破壊した結界の部分へ視線を送る。
穴はすでにバスクが修繕しており、逃げ出すのは不可能。
(まずったなぁ。アプフェルが破壊したあの時が転送で逃げ出すチャンスだったのに、つい気を取られて。もう一度、結界を破壊する? だめだ、それをさせてくれるほど甘くはない)
続いて、ティラへ視線を移す。
(ティラに強力な結界を張って、俺も戦闘に参加? いや、六龍の力をもってすれば、結界は長く持たない。何か、何か、手はないか?)
もう一度、結界へ目を向ける。
(くっそ、なんで転送で逃げなかったのかっ。俺のバカ。いや、逃したチャンスを嘆いても仕方がない)
「ふぅ~」
俺はため息とともに体を傾け、右手を太ももに置いた。
すると、スカートの右ポケットに異物感を覚える。
「うん?」
ポケットを弄り、中に入っていたものを取り出す。
「これは…………黄金のマフープの結晶」
ポケットに入っていたのは、ティラたちから貰った魔力を回復させる一流のアイテム。
(そういや、旅の間、ポケットに入れっぱなしだった)
旅は荷物がかさばらないように、着替えは下着程度しか持って行かなかった。
また、片道四・五日程度のもので、季節も肌寒くなりつつあったため汗をかくことも少なく、それで十分だった。
(いや~、ポケットってあんまり弄ることなかったから、これの存在、完全に忘れてたよ)
俺は改めてアイテムを見つめる。
見た目は祭りの出店で売られている、チープなおもちゃの宝石。
しかし、その見た目とは裏腹に、宝石の中には底見えぬマフープが渦巻いている。
それを目にしながら、俺はある脱出方法を思いつく。
「あ、これを使えば……いけるか?」
俺は急いでアプフェルとパティに視線を飛ばす。
二人とも以前とは比べ物にならないくらいに魔力を高めている。
それは六龍相手に渡り合えるほどに……そしてそれは、俺も同じ!
「そうだ。俺だって、あいつらと同じく強くなっている。それに経験し、体験している。ならっ!」
腹は決まった。
このまま戦っていても勝ちの糸口は見えない。
「だったら、賭けに出るしかねぇよな! アプフェル、パティ! 戻ってこい!」
二人は呼びかけの応え、六龍を牽制しつつ、俺のそばに集まった。
「なによもう、あんまり余裕ないんだからね」
「何か良い作戦でも思いついたんですの?」
「ああ、とっておきの秘策がな。二人ともまだ魔力に余裕があるよな?」
「うん、まあね。でも、パスティス相手にはちょっと厳しいかも」
「ええ、わたくしもまだ多少の余裕は……ですが、残念なことに、バスク様の結界を打ち破るには届いていませんが」
「よしよ~し、なんだかんだでまだ余裕なわけね。じゃあ、とりあえず……うりゃ、結界じゃ!」
俺を含め、アプフェル、パティ、ティラを包む強力な結界を張った。
その行為に全員が戸惑いを見せる。
パスティスとバスクは警戒を見せつつ、怪訝な顔を露わとする。
「どういうつもりだ? 防御に徹するつもりなのか?」
「いや、それは無意味だよ。あの子は一体なにを……?」
アプフェルとパティも俺に疑問を投げかける。
「なに考えてんの?」
「結界を張ったところで、二人を
半分問い詰め気味の二人の言葉に、ティラの言葉が間に入る。
「まぁ、待て。ヤツハには何か策があるのだろう。そうであろう、ヤツハ?」
「まぁね」
俺は黄金のマフープの結晶を三人に見せつけながら、策を口にした。
「バスクの結界ごと転送で抜ける。亜空間転送魔法でな!」
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