第167話 光に包まれる背後に蠢くモノ

 俺たち三人は流れを相殺し、龍の魔力を消失させていく。

 光は膨大な力を持ち俺たちを呑み込もうとするが、その光の中心に立ち、それらを全て凪のように落ち着いた魔力へ還元し、魔力の素であるマフープへと戻す。


 光の粒子に囲まれ手を振るい続ける俺とウードは、まるで踊りを舞っているかのよう。

 隣に立つ先生は……踊りどころではない。

 

「ふぉあ~、あたたたたたた! おあった~!」

 ……両手両足を駆使して、功夫映画みたいな動きをしている。


 

――光の出口が見える。

 時間にしてみれば、僅かな時間だった……しかし、死を感じさせるには長すぎる僅かな時間。

 俺たちは時間と光を駆け抜け、その先にある希望を見つめる。

 あの黒騎士の絶望を乗り越えた時と同じ、希望をっ。


 俺はウードへ視線を送る。彼女は静かに頷く。

 続いて、先生に声を掛けた。

「先生!」

「ええ、これで最後よ!」


 終着の輝きが迫る。

 光の中には流れが三つ。

 俺たち三人は同時に魔力の籠る掌底を放った。


「やぁっ!」


 打ち抜かれる三つの衝撃。

 龍のあぎとは完全に霧散し、煌めくマフープが俺たちに降り注ぐ。

 

「お、終わった……」

 俺は魔力尽き果て、地面に両膝をつき、続いて両手をついた。

 ウードも疲れた息を漏らし、一言を残して姿を淡く消していく。

(ふぅ~、黒騎士の時といい、あなたって土壇場での運だけは強いのね……)



 彼女が消えると同時に、心の中から何かが失われる感覚が広がった。

 だけど代わりに、鮮明に浮かび出す意識が存在する。


(なんだこれ?)

 

 頭の中に地球で過ごしてきた記憶が浮かび上がる。

 その記憶の全てが、家での夕飯や学校での会話などの取り留めのない日常。

 そんな当たり前の日常の記憶たちは、アクタで過ごしてきたヤツハの記憶……いや、ヤツハの感情を押し潰していく。


(ど、どういうことだ? ウードによる心の浸食が進んだ? でも、何か変だ?)


 黒騎士との戦いの後、何故か俺は笠鷺燎としての感覚を感じていた。

 それがいま、より一層はっきりと浮かんでいる。

 これら事象に対して、俺にはある仮説が浮かんだ。



(この肉体……心……まさかっ!? それじゃっ!! ウグッ!)


 ズキリと激しい頭痛が広がった。痛みは思考を消し去る。


「うう、頭がズキズキする」

「魔力の欠乏による頭痛ね。ちょっと待ってて、魔力を分けてあげるから」


 先生は目を閉じて、周囲に浮かぶ龍の魔力の欠片であるマフープを身体に取り込んでいく。


「先生、それは?」

「周囲に広がるマフープには龍の意思が少しばかり残っている。だから、その波長に私の波長を合わせ、魔力を回復してるのよ」

「さすが、先生。すげぇ」


「ありがとう。でも、ちょっと苦手分野なのよね。波長を合わせた回復は」

「そうなんですか? でも、十分できてるような……」

「ふふ、近いうちにヤツハちゃんの方がもっとうまくできるようになるわよ。もう、制御の頂に届いているんですもの。それじゃあ、私の方はある程度回復したから、ヤツハちゃんにもおすそ分け」


 先生は右手に白き魔法を宿す。

 そこから白い粒子が降り注ぎ、空っぽとなった俺の魔力を満たしていく。


「はぁ~、頭痛が治まってきた」

「魔力の枯渇による頭痛は結構きついからね。さてと……」

 先生は前を見つめる。

 先にあるのは、息も絶え絶えな龍の姿。

 

 魔力を分け与えた先生は龍の元へ歩いていく。

 俺もそのあとをついていった。




――龍のあぎとにヤツハたちが包まれている頃



 後方の荷馬車には龍の波動の残滓が吹きつけていた。

 残滓と言えど、大都市を消し飛ばす力の欠片。

 ノアゼットはガントレットに魔力を注ぎ、その力をよく凌いでいた。


「むぅ」


 六龍の力を持ってしても、僅かでも気を抜けば力に押し流され、皆は完全に消失してしまう。

 彼女の視線の先では、世界を空白に返す力に飛び込み、対等に渡り合うヤツハたちの姿がある。



「ふふ、大した者たちだ。ん?」

 ヤツハの隣にもう一つ、奇怪な魔力が現れた。

 この魔力はウードのもの。

 だが、ノアゼットにはそれが何なのかわからない。

 わからないがゆえに、彼女はその魔力に意識を向けてしまった。

 

 そこに隙が生まれる。


 周辺に転がっていた大岩がまるでその隙を窺っていたかのように、龍のあぎとから生まれた魔力の嵐に飛ばされ、荷馬車めがけて飛んできたのだ。


 ヤツハに気を取られていたノアゼットの対応が遅れる。


「クッ、しまった!」


 急ぎ、結界を維持しつつ、ガントレットに力を籠めるが間に合わない!

 このままでは自分と後方にいるピケたちも大岩に押し潰されてしまう。

 大岩を見たトルテはピケを庇うように胸に抱いた。

 ノアゼットはその身を顧みずに、結界を彼女たちに集めようとする。

 


――その刹那、大岩に無数の剣線が走る……

 

 

 岩は細かな石となって、結界に降り注ぐ。

 石たちは結界に当たるとさらに砕け、小粒となって周囲に散らばる。


 ノアゼットは背に寒気を走らせる。


 大岩を石に変えた者が背後にいる。

 一瞬にして、幾百もの剣線を走らせた存在が……。


 後ろからはそれに相当する気迫は伝わってこない。

 それは大岩を切り刻む行為が、その者にとって息をするよりも容易きことだった証明。

 ノアゼットは後ろを振り返り、その正体を知りたかった。


(いや、今は結界に集中せねばっ)


 背後の気配に敵意はない。

 彼女は優先すべき事柄を見極め、真っ直ぐと前を見つめたまま、龍のあぎとから皆を守る。

 謎に満ちた蠢く力を背にしたまま……。

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