第152話 拙き神の計画
俺は腰に片手を当てながらサシオンに質問を催促する。
「どうしたの? 聞きたいことがあれば聞けばいいじゃん」
「う、うむ……だが……」
「なんだよ? らしくないぞっ」
「たしかにそうだな……近藤からも聞き、ヤツハ殿も話していたが、本当の君は笠鷺燎という名の男だそうだな」
「うん、そだよ」
「男……私としたことがあらゆる可能性を精査せずに、君を女だと思い込んでいたっ」
サシオンは片手で額を包み、首を軽く横に振る。
近藤は彼の隣に近づいて、心配そうに慰めの言葉をかける。
「大丈夫ですか? こればっかりは仕方ありませんよ」
「そうは言うが……フォレは、っ」
サシオンはフォレの名を出して、すぐに言葉を飲み込んだ。
誤魔化したつもりだろうけど、今のでピンときた。
「もしかして、中身が男の俺に、フォレが惚れてるのが心配なの?」
「なっ? ヤツハ殿は気づいて?」
「うん、最近だけどね」
「そうか、ならば……その、なんだ、君はフォレの気持ちをどう思っている?」
サシオンは身を前に乗り出して、不安そうな声を出す。
その姿はまるで、息子を心配する父親の姿。
俺はなんだか笑いが込み上げてきた。
サシオンらしくない態度。そして、その中にある暖かな愛に。
「ははは、フォレのことがそんなに心配なんだ」
「と、当然だ。私の大切な部下だからな」
「部下ね」
「なんだ?」
「べ~つにっ」
「ゴホンッ、君の態度には思うところがあるが、まぁいいだろう。それで、フォレの気持ちを知ってどうするつもりだ? できれば、あまり傷つかぬ形でお願いしたいのだが。あ、もちろん、私は上司として、仕事に支障が出る可能性を考慮してだな」
サシオンはマシンガンもビックリするくらいの勢いで声を捲し立てる。
隣にいる近藤は口を押さえて、軽く上半身を揺らしている。
俺はというと、笑いが我慢できなくなって噴き出してしまった。
「あはははははっ」
「な、何を笑っているっ?」
「いや、ごめんごめん。てゆーかさ、傷つかないようにってひどくね? 負け確前提で話を進めるなんて」
「ん、もしかして君は同性でも構わないのか? 君たちの時代はそれらに厳しかったはずだが?」
「うんまぁ、そんな嗜好、別にないけどさ。でも、女としての俺なら、フォレのことありっちゃあ、ありになってる」
「フォレの気持ちを受け入れると?」
「そこまでは。ただ、あいつなら抵抗感はないってところ。そこに恋愛感情があるかというと別だよ。なんだかんだで女の子の方が好きだし」
「そうか……」
サシオンは肩を少し落とす。
よほどフォレのことが可愛いようだ。
もっとも、今の俺の目にはサシオンの方が可愛く映っているけど。
俺は口元を崩しながら話を続ける。
「でもね、あいつの気持ちを知って、素直に俺が女だったらよかったなって思う部分あるよ」
「ん、つまりは?」
「どう転ぶかわからないってこと。俺自身、今の自分の心がどんな風に変化しているのかわからないしね」
「そうであるか……すまぬな、君の心を斟酌せずに」
「いや、いいよ。でもさ、サシオンはいいの?」
「何?」
「自分で言うのもなんだけど、俺みたいなよくわかんない存在が大事な『フォレ』を取っちゃって」
「たしかに大事な『部下』であるが、私はフォレの気持ちを尊重したい」
サシオンは最後の最後まで自分を隠し通した。
これだからおっさんは意地っ張りで困る……いや、五百を超えた爺さんだっけか?
サシオンは場の空気を吹き飛ばすように、激しく咳を飛ばす。
「ゴホンッ! もう、時間だ。長々と引き留めて申し訳なかった」
「いや、全部大切な話だし」
「ふふ、そうだな……」
とても柔らかな笑みをサシオンは零す。
彼が身に纏う雰囲気は、フォレに俺のことを知ってもらった時のものに似ていた。
サシオンは口元を戻すが、表情がどこか柔和で俺を見つめる。
「送り出す前に、注意がある。この場は特殊で時間の流れを延ばし、我らの意識を加速させている。そのため、宿に戻っても時間の経過は一秒と経っていないはずだ」
「おお~、マジ。スゲェな」
「ただし、その影響で頭に軽い痛みを覚えるだろう。だが、命には別状はないので大丈夫だ」
「おお~、こわっ。って、マジ怖いぞ、今の話っ!?」」
キッと睨みつけるが、サシオンはそれを無視して、軽い笑いとともに近藤へ視線を送る。
近藤は視線を受けて、俺を見つめる。
彼の視線は俺の顔から下へ降りていくのだが、途中で首を横に振り、再度俺の顔に視線を戻した。
「笠鷺くん、君に謝れたこと、ほんとうによかった」
「俺もお前に会えてよかった。俺のことを、こんなにも心配してくれていたやつがいたなんて。嬉しかった」
「はは、もったいない過ぎる言葉だよ。ありがとう、さようなら……」
「もう、会えないのか?」
「僕はこう見えても死んでるからね。生者と死者が
「そっか。じゃあ、元気で、ってのは変か?」
「ふふ、いいんじゃないかな。元気で」
「うん、近藤もな」
俺は近藤に小さく手を振る。
彼も小さく手を振り応える。
サシオンは俺たちの様子を見ながら、空中に浮かぶ画面を操作する。
俺の視界から近藤の姿が揺らぎ、次に見えたのは俺の自室の光景。
そして……襲い来る頭痛だった。
「いったぁ~! 何これっ!? あいたたた、めっちゃ痛いめっちゃ痛いっ」
かき氷を一気食いした時に起きる頭痛に似た痛みが頭に広がる。
(サシオンのアホッ! 何が軽い頭痛だよっ)
頭を押さえながら、痛みを堪え目を閉じる。
すると、引き出しの世界が広がった。
箪笥の前でウードが頭を押さえて、しゃがみこんでいる。
「なに、この痛み? あなた、何をしたの?」
「え、ウードも痛いの? いたた」
「いつっ、痛いどころじゃないっ。クッ」
「ははは、すまんのぉ。実は俺、片頭痛持ちでヤツハになって以降起きてなかったけど、久しぶりに起きたみたいなんだ」
「これが片頭痛? どう見ても頭に何かの問題があるわよ! 一度、病院に行きなさい!!」
「や~だねっ。身体を乗っ取られたときのために、爆弾を放置してやんよ」
「この~っ」
ウードは痛みに歯を食いしばり、苦々しい顔を見せている。
サシオンのせいでひどい目に遭ったけど、こいつの苦しむ顔が見れたから良しとするか。
――インフィニティ・ブリッジ
ヤツハが去った空間を近藤は見つめ続けていた。
彼はサシオンを見ることなく、尋ねる。
「私はあえて、あの世の刑罰の内容は話しませんでした。これで正しかったと思いますか?」
「君が刑罰の途中で見た笠鷺燎は、今より
「今後、彼に何が起こるのでしょうか?」
「わからぬ……ただ、彼はなんだかの方法で一度地球へ帰る。そして、君とコトアを引き合わせるきっかけを作るのだろう」
「あれは全て、偶然なのでしょうか? いえ、あの出来事だけではなく、私と笠鷺くんとの出会いも含め」
「全てではないが、偶然の積み重ねにより生じた計画だろうな。いや、人の真似事をしているというべきか……」
「それは一体?」
「コトアは先を見ず、予測して動いている。盲目な人間のように。これは神の計画というには何とも
「どうして?」
「それはわからぬが……高位存在の中には人の気持ちに寄り添える者がいる。地蔵菩薩はおそらく……役目の特性上、人の思いに近づきすぎたのであろうな」
サシオンは目を閉じて、先に起こる出来事を覗く。
「宇宙。無の世界。耐性と想像力。前段となる知識の倉庫。そこから繋がる道。そして、アクタの特性。コトアは笠鷺燎を利用して、アクタを……」
言葉は途中で飲み込み、心の中にて唱える。
(アクタを有の世界にまで広げるつもりであろう。ヤツハ殿の想像を創造へ変化させる力を利用すれば、か細き道であっても届く可能性が……そのために訓練用の力を与えた)
「サシオンさん? どうされました?」
「ふむ、そうだな。私も流れに沿い、演者として振舞った方がよさそうだ」
「え?」
「おそらくコトアは自分の為す流れ、未来予測にかかりっきりで副次的要素を見抜けていない。ヤツハ殿がそこへ至るのは一瞬。だからこそ、私の手を借りようとする」
「サシオン、さん?」
サシオンは再び口を閉じて、
(女神コトアの計画。神とは思えぬ、非常に危険な賭けに出たようだが、人よりも情報からの未来予測が安定せぬため綻びがある。彼女は一人勝ちを目指しているが――そうはならぬだろうな……)
彼は不安そうに自分を見つめる近藤に気づき視線を向ける。
「すまぬな。思索に耽ってしまい」
「いえ、何か心配事が?」
「……ヤツハ殿は、苦難に塗れた道を歩むようだ」
「え?」
「その道を変えることもできるが、変えてしまうと彼らに気づかれアクタ自体が消されるやも」
「彼ら?」
「だが、ヤツハ殿が見事道を歩み切れれば、私はヤツハ殿から多大な恩義を戴き、それに報いるために私はヤツハ殿の期待に応えることになろうな」
「はぁ?」
サシオンが言葉に表す内容は捉えどころがなく、近藤は曖昧な返事を漏らした。
そこから近藤はヤツハへ、笠鷺燎へ思いを馳せる。
「彼は、大丈夫なんですか? これから危険なことが?」
「すまぬ、結末は見えても途中の道ははっきりとはわからぬ。だが、危険であることは間違いない」
「そ、そんな」
「しかし、先ほども申したが介入すればアクタが消滅する可能性があるゆえ、動けぬ。そして動けば……ヤツハ殿は多くを救う機会を失う」
この曖昧な返答に、近藤は笠鷺への想いに心を満たして言葉を発しようとした。
だが、それを飲み込み、一言尋ねる。
「笠鷺くんは何か大きな役目を持ち、たくさんの方を救うことができるんですね?」
「ああ、そうだ」
「そうですか。わかりました」
彼は眉を顰めながらも納得の声を漏らす。
一呼吸を置いて、サシオンは近藤へ視線を振った。
「近藤、そろそろ戻った方がいい。コトアが気づく頃だ」
「……そうですね。機嫌を損ねると、また
「彼女は君にそんなことをしているのか……?」
「あはは。少々、ゲームに勝ち過ぎまして。甲羅の扱いには自信がありますから」
「フッ、ほどほどに勝たせてやるといい。彼女はわがままだからな」
「ふふ、これからはそうします」
近藤は目を閉じて、コトアの部屋へと還ろうとした。
だが、今までの話とは全く別の小さな引っ掛かりが彼の足を止める。
「サシオンさん。あの方のことは伝えなくてよかったんですか?」
「現状の流れを見て、おそらくヤツハ殿とは深く交わらぬだろう。余計な情報は流れを乱すからな」
「教えてあげること自体が危険と?」
「さぁ、どうだろうか……
サシオンは宇宙の映像が流れるスクリーンを見つめる。
「平行する宇宙。近しい存在。このアクタに同じ人物が舞い込む可能性がある。それが最強とは……なんとも奇縁な」
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