第122話 色気のある風呂回

――ケイン屋敷・大浴場



 浴場に使われているお湯は温泉だった。

 泉質は炭酸水素塩泉のようで、独特の金気臭が浴場内を漂っている。

 しかし、匂いは鼻に突くほどもなく、意識しないとわからない程度。



 浴室はとても広く、大人十人以上が余裕で足を伸ばして入れる広さ。

 屋敷内だというのに浴槽は岩でできた岩風呂。かなりの贅沢だ。

 

 しかし、中心にはハゲた筋肉マッチョの黄金像が備え付けられており、景観をどこまでもどこまでも損なう。

 像は右拳を前に突き出したポーズを決め、その拳から温泉が絶えず供給されている。

 おかげで、おっさんが何かを握りつぶした汁が流れ込んでいるようで、せっかくの温泉を楽しみ切れない。

 

 

 また、風呂は男女に分けられ、男性浴場と女性浴場の間には大きな壁の仕切りがあった。

 フォレは男湯に入っている。

 俺は女なので女湯……そう、女湯。

 ということは!



「パティー、大丈夫? 復活した?」

「ええ、アプフェルさん。べたついた汗も流せて、潤いも取り戻せましたわ。ご面倒をおかけしましたね、アマンさん」

「いえいえ、これくらいのこと」


「うわ、アマン。めちゃくちゃほっそりしてる!?」

「普段は毛でふっくらしていますからね。そういうアプフェルも、しっぽはしんなりしているじゃありませんか」



 三人は石鹸を十分に含んだ布で体を洗っている。アマンは肉球で揉んでる感じだけど。

 俺はというと、先に体を洗い終えて、岩風呂の中で目のやり場に困り、きょろきょろと瞳を動かす。

 

 俺はほぼ毎日のようにノアゼットの大衆浴場に通っている。

 当初は恥ずかしさと罪悪感が入り交じり大変だったけど、今では女性の身体を目にしても取り乱すようなことはなくなっていた。

 しかし、友達の裸となると、別。

 はたして、見てもよいものか……。


 ちらりと、体を洗っている三人に目を向ける。


 アマンは見た目が猫なのでそうでもない。

 彼女の黒い毛は、白い泡に包まれている。

 水を吸った毛は体に沿ってぺたりとくっつき、とても細身。

 


 視線をパティへ動かす。


 髪のツインドリルは温泉に全く動じず、いつも変わらぬ縦ロールを見せている。

 なんでできてるんだ、あの髪は?

 

 彼女は俺よりも一回り大きな果実をたゆんっと揺らしながら、体をこする。

 その大きさ――胸の谷間に指先を差し込んだら、柔らかな双璧に挟みこまれ取り出せなくなるだろう。

 お尻と太ももは男性好み肉付きで、お湯の暖かさで桃色づいた肌は何とも言えないエロスを醸し出す。


 

 アプフェルへ視線を向ける。

 

 いつも頭にくっついているポ〇デリング髪を下ろし、少し長めの髪を持つ猫耳の女の子になっている。

 彼女は僅かな双丘の周りを丁寧に洗っている最中。

 服を着ていた時はもっと小さく感じたけど、意外に肉付きがよく、片手でほにゅっと揉める程度はあるようだ。


 さらに意外なのは、首から足にかけての線。

 さすがは戦士の一族、人狼族たる所以ゆえんだろうか。

 スラリとしながらもしっかりとした筋肉のラインが見える。

 逞しいとは程遠いが、女性の流れるような肢体の美しさをよく表している。


 

 ついつい、じっくりみんなを観察してしまったが……あまり見続けるのも悪い。

 視線を下へ向けて、自分の胸を瞳に映す。


(女、なんだよなぁ……)


 十五歳の少女にしては少し大きめの胸を見つめ、今さながら女であることを再認識する。

 そっと、右手を胸に沿えて、揉む。


(やわらかっ。でも、興奮はしないんだよなぁ)

 自分の胸だから当然のこと、とは言い難い気がする。

 アクタに来て、女になってしまったことに気づき、胸を揉んだ時も感動はなかった。

 ノアゼットと風呂を共にしたときも、鏡の前の全裸の自分になんの興奮も沸かなかった。


(体が女になったことで、脳も女になってるとか? だから、何も感じない? でも、アプフェルたちの裸を見るのは恥ずかしく感じてる。わかんないなぁ)


 改めて、自分の身体を確かめる。

 柔らかな胸。官能的なくびれ。

 触り心地の良い、張りのある臀部でんぶ。艶めかしい太もも。

 

 ……エロい。


(そして、美人だし。ふむぅ~、このまま女だと、いつか誰かと結婚なんてしたり? 男と? あんまり考えたくないなぁ……でも、そういうときが来るのかな? と言っても、身近な男と言えば、フォレか……)



 ちょっとだけ、フォレとの結婚生活を想像してみる。



――妄想・フォレ編



「ただいま、ヤツハ」

「お帰り。また、サシオンに絞られた?」

 私ヤツハは、エプロン姿で旦那様であるフォレを出迎える。


「あはは、ちゃんと仕事はしてるって。それよりも、今日は?」

「うん、アプフェルから醤油を頂いたんで、肉じゃがを」

「そうなんだ。大好物だよ。素敵な妻を持てて、私は幸せだ」

「二人の時はいつもの口調でいいよ」

「そうだな。俺はヤツハと二人でいる時が、一番幸せだよ……」

「フォレ……」


 フォレは私の腰に手を回して、ぐっと引き寄せる。

「ヤツハ……」

「だめ、まだ、御夕飯の準備がっ」


 フォレは続きを喋らせてくれず、唇をそっと私に……。



――現実


(あっか~ん。馬鹿か俺はっ! なんて妄想を? ……でも)

 俺は口を風呂につけて、ブクブクと泡立てる。

(でも、あんまり嫌じゃなかった……マジか? 俺マジか?)

 顔が火照っている気がする。この熱は風呂に浸かっているからじゃない。


(男OKなんて、これはヤツハだからか? それとも、元々笠鷺燎かささぎりょうは濃ゆ目の属性を抱えていたのか?)

 俺は顔をぶるりと振って正面を見る。

 アプフェルが小ぶりな胸を極微小に揺らせながら頭を洗っている。

 俺は胸から視線をなるべく離し、彼女の顔を瞳に宿しながら、妄想モードへ。



――妄想・アプフェル編


「ただいま、アプフェル」

「おかえりなさい。へへ~」

 アプフェルがエプロン姿で出迎えてくれた。

 彼女は小走りで向かってきて、俺、ヤツハを抱きしめる。


「なんだよ、急に抱き着いてきて」

「なんでって、寂しかったからよ。ヤツハってば、いっつも帰ってくるの遅いんだもん」

「サシオンに文句を言ってくれ。それで今日は?」

「カレーよ。ポテサラ付き」

「おお~、いいじゃん。じゃ、早速夕飯だな」

「だ~め、その前に」


 アプフェルは目を閉じる。頬はほんのり桜色。

 俺は誰も見ていないのに、思わず辺りをチラリと見てから、そっと唇を……。



――現実


(悪くない! むしろいい! ……ど、どういうこと? 俺は両方いける口なのか?)

 俺は顔を風呂に沈め、ブクブクと泡立てる。

 そこに、聞きたくもない声が響いた。


<馬鹿じゃないの?>


 俺は目を閉じて、箪笥が鎮座する世界へ向かう。

 そして、すぐに声を荒げた。



「うるさいっ。て~か、お前、人の妄想も覗き見れるのか?」

「普通は無理よ。だけど、心が弛緩しきってるときは見ることも可能。あんな妄想、見せられたくもないけど……ほんと、気分が悪い」


「気分が悪いって……たしかに変だけど。俺って、何なんだろう?」

「あなた、今の妄想に愛情は存在した?」

「え? さぁ、どうだろう?」


「今までのは、恋への妄想では?」

「ん?」


「思春期の少年が抱く妄想。愛する相手を特定せず適当な相手を用い、恋を思い描いて、共に過ごす時間を妄想する。私はあなたじゃないから、たしかなことは言えないけど、おそらく」

「言われてみれば、そんな感じの妄想だったような……結局のところ、俺は男好きなのか女好きなのか、どっちなんだろう?」


「どちらであろうと、受け入れなさい。そうしないと人格の分裂が起きかねないわよ」

「人格の分裂?」


「笠鷺燎がヤツハである心を否定すれば、人格が分裂する可能性がある。この身体に、私とあなたとヤツハの三種の思考が宿ることになるかもしれない」


「そんなことになる可能性があるの、って、お前の思考は余計だよ!」

「寂しいこと言うのね……でも、これはあなたのとって重要な問題なのよ」

「ん?」


「精神と肉体の不一致……これのせいであなたは高位の魔法を自在に操れない。いわば、枷のある状態。それは性別の違いだけじゃなくて、一つの肉体に魂が二つ存在するからでもある。それが三つに増えれば、いよいよ魔法を操れなくなる」


「え、そうなんだ……って、制御が怪しいのはお前のせいだったのかよ!」

「ふふ、そうね……」

「笑うところじゃねぇよ!」

「はいはい。とにかく、くだらない妄想に耽ってないで、現実を見なさい」


 ウードは俺の声を軽く袖に振り、闇の中へと消えていった。

 不一致の件もそうだが、わざわざ彼女が出てきたということは、人格の分裂はウードにとって受け入れがたい事態なんだろう。

 


(やっぱり、あいつは……俺のからだ……)

 俺は目を開けて、現実へと帰る。

 いや、現実から目を逸らしたのか。

 ウードが何をしようとしているかわかっているのに……。

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