第114話 ウード……
先ほどまでのお遊戯の時間とは打って変わり、ウードは表情に重みを増す。
俺は彼女の言葉を問い返す。
「本題?」
「そう、本題。あなたの安全を確保するための話。そのために、私はあなたに助言を与えた」
「助言? あのブラウニーを排除すべきってやつがか? バカ言え、そんなことできるか!」
「どうして?」
「相手は王。俺がどうこうできる相手じゃない」
「王じゃなければ、殺した?」
「殺さないっ。そんなにポンポンと人を殺せるか!」
「盗賊は殺したのにね」
「あれは……緊急避難だよ。というか、事故。殺す気はなかったし」
「そうだとしても、あなたの中には殺人への後悔も恐怖もない。どうしてかしらねぇ?」
「それは……」
どうしてだろうか?
理由はどうあれ命を奪った。
普通なら、その罪の重さに怯えるのでは?
いや、そもそも普通って何なんだ?
殺すことがいけないことはわかっている。でも、恐ろしいことなのか?
おかしい、おかしい……俺の心がおかしい。
俺はどうして、殺人を悔やまない?
「俺は、誰かの命を平気で奪うことができる人間なのか?」
「それ、私に聞いてるの?」
「いや、どうだろうな。自問自答かも」
「ふふ。『普通の人間』であれば、人を殺めてしまったことに激しく後悔する。血に染まった両手を見つめ、罪に震える。心は罪悪感に苛まれ、壊れる。でも、あなたはそうならない」
「俺が『普通の人間』じゃないと?」
「いえ、普通の人間。年端もいかない少年。本来なら、壊れていた。だけど、私が守った」
「守った?」
「ええ、あなたが持つ、殺人に対する罪悪感。恐怖、後悔、怯え。それらが溢れ出さないように、私が抑えた。見なさい。これがあなたの持つ、本当の感情」
ウードは両手の間に黒い球体を生んだ。
彼女はとても愛おしそうに、ソレを撫でまわす。
「さぁ、覗いて。あなたの感情よ」
「俺の、感情……?」
禍々しい闇の光を放つ球体に近づき、恐る恐る覗き込む。
「これはっ!?」
心が、罪悪感という刃によって切り裂かれる。
盗賊の顎先を蹴り飛ばしたときの感触がつま先から全身へ広がる。
首の骨が砕ける感触……。
砕けた音が耳から伝わり脳内を蹂躙する。
胃液がこみ上げる。
胸元を握りしめ、何度もえずく。
抗えない吐き気……それに耐えられなくなったところで、罪悪感が消え去った。
ウードが黒い球体を両手で覆い、自身の胸の中へと取り込んでいく。
「苦しいでしょう。人を殺すということは」
「こ、こんなに恐ろしいことなんて……」
「私はね、あなたの心を守るために、自分の力の大部分をあなたのために使った」
「え?」
「最初に出会ったころ、狭間の世界のような闇の世界に私はいたでしょう。あれはあなたが私を異物として、閉じ込めた場所。私にはそれに抗う力が残されてなかった。だから、閉じ込められた」
「俺のために? それなのに……」
「いいのよ。一つの肉体に魂が二つ。異物と感じても仕方のないこと」
「すまない。俺のせいで」
「うふふ、気にしないで。私はあなたを守れて十分なのだから……」
ウードは俺に手を差し伸ばしてくる。
彼女の腕は、とても美しく清らか。
春の日差しのような暖かさを宿す瞳。
慈母の微笑を浮かべる彼女。
俺はウードの手を握ろうと、
――ブラウニーを排除すべき――
ウードが口にした言葉が心を抉った。
苛烈な痛みに俺は、俺自身を取り戻す!
ウードの手を払いのけて、言い放つ。
「ふざけんなっ! 人に殺人を推奨するような奴の言うことなんか信じれるかよっ!」
「あら、あなたのことを思ってよ。ブラウニーが居なければ、あなたもトルテもピケもサバランも安心して暮らせる」
「たしかにその通りだ。だからといって、邪魔者は殺せなんて言う奴を信用できるかっ。ましてや、自分の名前もまともに名乗らないような奴は信用に値しない!」
「そう。うふふ、思ったよりしぶとい。心の隙をつけるかと思ったのに」
「てめぇ、やっぱり今のは全部嘘か」
「全部じゃないわ。あなたの罪悪感を抑えているのは本当だし、先ほどのヒントもそう。それに心配もしている。うふ、まぁいいわ。なかなか、面白かった」
「面白いだと?」
「
ウードは瞳をギラリと輝かせ、狂気の交わる悪魔の微笑みを見せた。
瞳に宿るは――死。
それはかつて、宿の鏡で見た、ヤツハの死の瞳を遥かに凌ぐ!
それほどの恐怖を放ちながら、彼女の微笑みに俺の心は魅了されそうになる。
もっと、もっと、彼女の冷美な微笑みを見たい。見ていたい。
――だがしかしっ、踏みとどまる!
俺はまっすぐとウードを睨みつけ、叫んだ!
「誰が屈するか! この
「そうこなくてはっ。じゃあ、またね。笠鷺燎」
彼女は死を納め、小さく手を振る。
悔しくもその姿に愛らしさを感じてしまう。
俺は強く目を閉じて、彼女を視界から消し、再び目を開いた。
瞳に映っているのは、ウードではなくフェックス。
俺は頭を押さえて身体をよろめかせる。
すかさず、クレマが支えてきた。
「大丈夫か、姉御。ずっと、何かを考えていたみたいだけど?」
「ああ、ちょっと。いや、色々な。おかげ、立ち眩みしちゃった。もう、大丈夫。ありがとう、クレマ」
俺はクレマから体を離す。
手足の指を動かし、いまの感覚が確かなものだと感じ取る。
「そろそろ、帰ろうか。クレマ」
「ああ、気分が悪いようだったら言ってくれよ、姉御」
「うん、ありがとう」
祠を後にして、集落を通り、森を出る。
森の外まで見送りに来たクレマたちに手を振って、転送魔法陣を使い王都へと戻った。
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