第12話 俺がマヨマヨ?

 幼い子の相手は不慣れでどう対応していいのか戸惑ったけど、ピケならいつもの調子でも大丈夫そうなので安心して話しかけられる。



「じゃあ、ピケ。席まで案内してくれるか?」

「はいは~い、三名様ご案内で~す」

 

 ピケに案内されてテーブルに着席。 

 フォレとアプフェルが俺の分を含め注文を伝えると、五分もしないうちにウエイトレスさんが三人分の料理を持ってきた。早すぎないか。

 


 テーブルに並べられた料理は、肉料理とパンとスープ

 インスタント並みの速さに不安を覚えたが、見た目は普通の料理。

 肉料理は厚めのステーキで赤いソースがかかっている。

 パンの感触は思いのほか柔らかい。

 昔のパンは堅いイメージがあったから、この世界のパンも発展していなくて堅いと思っていた。

 スープは琥珀色。

 

 早速、スープからいただく。


「いただきます」

「ん?」「なに?」

 両手を軽く合わせて、いただきますを口にした俺を、フォレとアプフェルが不思議そうに見ている。

 

(あ、そっか。いただきますの習慣がないのか。似たようなものがあったとしても、同じじゃないだろうし)


 幼いころ、おばあちゃんから厳しく躾けられていたので、いただきますは生活習慣の一部。

 だから、つい、ここでも癖でやってしまった。


 フォレよりも先にアプフェルが、今の行為に対して質問をしてくる。

 もちろん、俺は絶賛記憶喪失中なので、ここは適当にごまかす。


「何、今の?」

「さぁ、なんか自然と出た」

「食事の習慣って体が覚えていることだから、ヤツハのことを知るヒントになるかも。フォレ様は今の習慣、見たことないですか?」

「いや、ないな。申し訳ない」

「そうですか。う~ん、ヤツハってもしかして、」

「な、何、俺がどうしたの?」


 アプフェルからジロリとした目を向けられる。

 何か疑われているのかとビクつくが、彼女から飛び出した言葉は聞きなれぬ単語。

 


「マヨマヨだったりして」

「マヨマヨ?」

「そっか、記憶が。マヨマヨ――またの名は迷々めいめいの旅人。この人たちは国家に属さない旅の人なんだけど、私たちとは全く違う独自の習慣を持ってんのよ」

「へぇ~。でも、迷々めいめいの旅人の方が響きがいいのに、なんでマヨマヨなんて気の抜けた通り名に?」


「元々、迷々の旅人もただの呼称で、正式名称はすんごい長いの? たしか、迷い迷いて、なんちゃら。とにかく色々略されて、マヨマヨになったの」

「ふ~ん、それでその人たちって何なの?」


「世界中を当てもなく旅している人たちで、目的はいまいちわかんないだよね。主に遺跡の調査とかしてるから、古代の文明を研究しているって言われてるけど」

「へぇ~。でも、世界中の旅って可能なのか? 国の行き来や遺跡の立ち入り許可って、色々と手続きがありそうで面倒そうだけど」


「ほとんどのマヨマヨは許可なしで国の出入りをして、遺跡には勝手に入り込んでる。でも、身体機能は私たちよりも優れていて、不思議な道具を使い、魔法の才も、あの魔導の最高峰たるエルフを凌駕する存在だから、口出しができないって感じね」

「はぁ~…………エルフか」

 

 マヨマヨという存在も気になりますが、それ以上にエルフがいることに驚きました。


 そこらへんは追々聞いていくとして、今は食事に集中しよう。

 腹減って死にそうなんで。


「色々説明ありがと、アプフェル。だけど、俺はマヨマヨとやらではなさそうだけどね。とりあえず、ご飯にしようぜ」


 話をさくっと切り上げ、改めてスプーンを手に取り、スープが何味なのか確かめる。


 

 スプーンをスープにくぐらせて、口に運ぶ。

 ぱくん……ふむ、オニオンスープと同じ味がする。

 次はパン。口を大きく開けて、ぱくり……ふわふわで絹のように柔らかく、バターの味が口いっぱいに広がる。

 近所のパン屋さんのちょっとお高めなパンの味。

 では、メインのステーキと行きますか。


 ナイフとフォークを使い、一口で食べられる大きさに切り分ける。

 まずはソースをつけずにいただこう。

 むしゃり……下味に香辛料がはっきりと効いている。香辛料が豊かな世界そうで良かった。食事の味に困ることはなさそうだ。

 しかし、肉が野性的で香辛料をもってしても僅かに臭みが残る。

 

 次にソースをつけていただく。

 もぐもぐ……ベリーのような酸味が肉の匂いを押さえ、さっぱりした風味が口の中を満たす。

 今まで果実ソースは敬遠していたけど、思ったより悪くない。


「なるほどなるほど。美味い美味い」

 料理の味を把握したところで、ガツガツと食事を胃の中にかきこんでいく。

 フォレとアプフェルは食事をとろうとせずに、どういうわけか俺の様子を観察するように見ている。



「どうしたん、二人とも? 食べないの?」

「いや、もちろんいただきますが……」

「ヤツハって、面白い食べ方するよね」

「そうか?」

「記憶がないからかもしれないけど、初めて見る料理みたいでちょっと警戒した感じで、それでいて、味を確かめる感じ。変なの」

「変なのって、なんだよ」


 俺は顰めた眉に抗議と誤魔化しを乗せて、アプフェルを睨む。そこにフォレまでもが、俺の食事の取り方に注釈を入れてきた。


「ヤツハさんは、テーブルマナーの基本を押さえてますね。パンの食べ方は荒いですが、ナイフとフォークの扱い方は堂に入っていましたし」

「悪かったな、パンの食べ方が下品でっ」

「あ、申し訳ありません、つい」

「でも、フォレ様。そのあとの食べ方はいい加減でしたよ。まるで粗野な男みたいで」


 二人はそろって、俺に顔を向けてくる。

 記憶喪失の謎の人物設定のせいで、食べ方ひとつとっても様々な疑問を持たれる。

 なんで、俺は記憶喪失なんて設定を設けたのか……。

 

(まぁ、いいや。無視して、ご飯食べようっと)

 

 その後、二人も食事を取り始めて、俺の食べ方に意識を向けることはなかった。

 しかし、なんとな~く、二人から食事の様子を覗き見られている感じがして、料理の味は気の抜けたものになってしまった。

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