マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

第一章 追放

第1話 地獄の沙汰は理不尽

 360度くるんと体を回転させて景色を堪能し、足元に目を向ける。

 そこには、足首ほどの背丈の青々とした草。

 それは視界に収まる四方すべてに広がっている。


「あっはっはー。な~んにもないねぇ、どうしよっかぁ~」


 もう一度、視線を下に向ける。

 目に映るのは、柔らかなふくらみ。

 そいつを両手で揉む。


 むにゅっとした心地よい感覚。

 しかし、俺は心地よさとは全く真逆の感情をたずさえ天を仰ぐ。


「ふむぅ~、なんで女なんだよ? お地蔵様ぁ~!」





 ――よくわからない時間前



 地面に逃げ水浮かび、セミの鳴き声のシャワーが降り注ぐ夏休み前。

 駅前で友人との待ち合わせ。

 もっとも、友人といっても普段は学校だけの友達関係。

 

 俺は中学生になって三年の夏まで、人間関係は学校内だけに留めていた。

 理由は、単に深い付き合いが面倒くさかったからだ。


 しかし今回、近藤が「映画を見たいんだけど、ひとりでは行きにくい」なんて、ネズミのような小心を丸出しにして懇願するから、仕方なく付き合ってやることにした。

 それと引き換えに、焼肉をおごるという約束で……。



 スマホを取り出して時間を確認する。

 待ち合わせの時間は10分ほど過ぎている。

 それなのに、付き合いを願い出た近藤はまだ来ない。

 連絡すら寄越さない。

 

 真夏の太陽が容赦なく照りつける場では、10分といえど拷問に等しい。

 これは焼肉にアイスを追加してもらわないといけないな。


 高級なバニラの味を想像し、喉を鳴らしつつ、スマホをポケットにしまおうとした。

 そこに左横から誰かがぶつかってきた。


 衝撃は脳髄を突く痛み。

 痛い、痛い、とても痛い……熱い?

 腹部の内部が焼けるように熱い。

 同時に生暖かいお湯が下腹部を湿しめらしていく。


(まさか、漏らした?)


 痛みと熱さを感じる腹部に、ジワリと瞳を寄せる。

 腹部から奇妙なものが生えている。

 それを若い男が、息を荒げながら握りしめていた。


 男は見知らぬ人物。

 そいつの両手は真っ赤なインクで染まっている。

 いや、インクじゃない。

 

 あれは、あれは……俺の血?


「キャーっ!」

 

 突如、女性の悲鳴が駅前に響き渡る。

 通行人たちがどよめきながら、俺の方を見ている。


 周囲のざわめきに驚いた見知らぬ男は、突起物から手を放し、俺に背を向けた。

 その動きはとても緩慢。

 周りにいた人たちの動きもゆっくりで、セミの声も間延びしたように聞こえてくる。


 突起物に、もう一度目を向ける。

 

(これは、ナイフ? じゃあ、刺されたってこと?)


 おびただしい量の血がわき腹から噴き出ている。

 蛇口を閉め忘れたかのように流れ出る血を見て、俺は悟った。

 


(こりゃあ、死ぬな…………くそがっ!)

 

 

 死を認識して、真っ先に浮かんだものは恐怖ではなかった。


 ――怒り


 ただひたすらに怒りが心を埋め尽くし、理性を食いつぶしていく。

 俺が俺でなくなるような感覚が、思考と体を支配する。


 

 俺は男の肩を左手でつかむ。

 逃げようとする男の勢いと、そこを無理やり掴み止めた勢いで俺たちは絡まるように地面へ倒れた。

 男は倒れた衝撃で、痛みに呻き声をあげる。

 俺も、同様に痛い。

 しかし、怒りが痛みを上回る。

 俺は男の顔に右手を添えると、親指を突き出して、男の左目を抉った。

 

 男の断末魔とも言える悲鳴が轟く。

 それは周囲の悲鳴と交じり、駅前は地獄の様相を呈する。

 だが、俺はそんなことに一切構わず、親指を瞳の奥深くに差し入れて、ねじり回す。

 男はひときわ大きな声を上げた。

 痛みに耐え兼ねた男は悶えながらも、力づくで俺を突き飛ばす。


 俺は地面を転がり、うつ伏せになった。

 身体の下に生暖かな血が広がる。

 目を開けようとするが、瞼を薄く開くのが精一杯。

 次第に視界はぼやけて、暗闇が覆い始める。

 途切れ行く視界の切れ間に、ぬらりと光る親指が映った。


 限られた時間と行動で、一矢報いることができたことに、小さく笑みを漏らす。


(ふふ。やるじゃん、俺。にしても、俺ってこんな無茶する奴だったんだなぁ……)


 瞼は落ち、思考は闇に消えた。




 

 ――再び、瞼を開けると、周りは花畑。

 意識は明確ではないはずなのに、何故かはっきり認識できることがある。


(死んだんだ、俺……じゃあ、歩かないと)


 花畑の上を歩いていく。

 周りには同じように、歩いている人たちが大勢いる。

 俺も彼らも、混濁する意識の中で、何かに誘われるがままに同じ場所を目指して歩いていく。


 どのくらい歩いただろうか。

 木槌を振り下ろす音が二回響いた。

 音は脳の奥に刺激を与え、意識が覚醒する。


「はっ、ここは!?」


 俺は台の上に立たされていた。

 正面にはとても背の高い机があり、顎先がひっくり返るほど見上げた場所におっさんが座っている。

 おっさんは平安装束を身に纏い、大量の髭をこさえていて、身の丈が人の三倍はあった。

 周りには、上半身裸の筋肉の盛り合わせのような男たち。

 男たちは皆、頭から角を生やしている。


「鬼? ってことは、あの世?」

「意識を取り戻したようだな。笠鷺かささぎりょうよ」


 髭のおっさんから名前を呼ばれて顔を向ける。


「俺は死んだんだ。そういうこと?」

「その通りだ。これより、お前の裁きを始める」

「裁き? ああ、これがあの世の裁判ってやつか」


 ということは、目の前にいるやたらでかいおっさんは閻魔大王とかいう奴だろうか?

 おっさんは木槌を持ち、机へ振り下ろす。

「これより、裁判を始める!」



 有無を言わさず始まる裁判。


 心の準備もさせてくれない。だけど、俺は両手を組んで自信をもって胸を張る。

 少なくとも、地獄に落ちるようなことは生まれてこの方した覚えがない。

 つまり、行き先は決まっている。

 

 おっさんは巻物を手にして眉を顰めている。

 なんだろう? その態度には不安を覚えるが、俺は何か悪いことしたことあったっけ?


 過去の過ちを思い出そうと、記憶の糸を手繰る。


(あっ。そういや、子どものころ、アリの列を蹴り散らかしたり、ミノムシの蓑を剥いだりしたっけ。人間基準なら大したことないけど、命は等しい的な価値観で裁かれたら……や、やばいかもしれない)



 おっさんは、巻物閉じて、木槌を二回打った。


「では、罪状を言い渡す」


 いきなり結審かよ。裁判はどうした?

 と、心の中でツッコミ、罪状とやらに耳を傾ける。


「笠鷺燎は、宇宙追放刑とする!」

「ん、なんだそりゃ? 宇宙追放って、何?」

「次元の狭間に捨てられ、やがては消えてなくなる刑だ」

「……はっ? いやいやいやいや、重すぎない? 消えるって。そりゃ、アリさんやミノムシさんには悪いことしたけどさっ。でも、そんなのでそんな刑言い渡されたら、人類皆、消滅じゃんっ!」


「この罪状にはアリやミノムシへの罪も含まれているが、大元はそこではない。お前は前世の罪を償わずに死んだことが罪なのだ」

「前世の、罪? って、なにっ? なにそれっ!?」

「以上。連れていけっ」


 おっさんは言葉を全く無視して、鬼たちに俺をどこかへ連れて行くように命じた。


「ちょっと、待てってっ。前世の罪ってなんだよ? そんなもんわかるわけないだろっ!」

 台から身を乗り出し、おっさんに食って掛かろうとしたが、二人の鬼に両脇を抱えあげられて、裁判の場から強制的に退場させられる。


「おい、放せ。わけわかんねぇっ。前世の罪ってなんだよっ? こんな理不尽あってたまるか。放せ、この鬼、悪魔っ!」


 懸命に訴えるが、鬼たちは無表情のまま俺を抱え上げて通路を歩いていく。


「少しはこっちの話聞けよっ。せめて、『鬼悪魔って、俺たちは鬼ですがな』、くらいの反応はあってもいいだろ!」


 誰もが思わず気を惹くだろう軽妙なトークを繰り出しても、鬼は無反応。

 そうこうしているうちに柱にくっついているダストシュートのような場所に連れてこられた。

 鬼の一人が取っ手を持って、ダストシュートを開く。

 ダストシュートの内部には、黒い靄がぐるぐると渦巻いている。


「ちょ、ちょっと、まて。まさか、あそこに放り込む気じゃっ。嫌だよ、なんで? 放せ、こら放せってば!」


 じたばたと抵抗を試みるが、頑強すぎる鬼の力の前では全くの無意味。

 鬼は俺を抱え上げて、まさしくゴミを捨てるように投げ入れた。


「ひゃ~、ふ、ふざけんなぁ~! こんなこと許せるかっ。お前ら、覚えてろよ~!!」

 

 体が渦に触れると、景色は螺旋を描いて歪み、やがては何も見えなくなってしまった。

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