第16話 嫌な予感


 王都に着いて、まずはレーディン侯爵家に戻る。この旅の報告をしないといけないからだ。


 義父であるアウグスト・レーディンは執務室で仕事をしていたので、早速帰宅した旨を執事から伝えさせ、面会を申し出て、許可を得てから執務室へと向かった。


 そこで大まかに瘴気の状況を告げ、後程詳しくレポートにして提出する事にする。義父は俺が長旅から帰って来ても瘴気の報告以外は興味が無いようで、それ以上何も聞こうとはしなかった。

 俺も他に何か話すつもりも無いので、報告を終わらせてからすぐに執務室を後にした。


 その後に騎士舎に行き、騎士団長へも同じように報告する。

 義父の時とは違って、大きな地図を見ながら自分が辿った道を記していき、特に瘴気の濃かった部分に印を付けていく。

 それから聖女の持ち物があった街にも印を付けて、分かる範囲でその効果もどこら辺まで効いているかを書き記す。


 旅の事を色々聞かれたが、ジルの事は伏せて話していく。俺も王都で何か変わった事が無いかを確認して、その日は旅の疲れを取る為に侯爵家の自室へと戻った。


 自室で着替えを済ませ、ソファーで寛ぐ。するとすぐに侍女が来てお茶と軽食の用意をする。


 旅では全て自分でしなければならなかったから、こうやってお茶の用意等をしてくれるのは本当に有難いと感じる。それでも俺は自由に旅をしている時の方が自分らしくいられるな。


 美味しいお茶とサンドイッチとスコーン、チーズ等をつまみながら、つい旅での事に思いを巡らせる。

 昨日までの事は、何だか夢のように思えてきて、今のこの現実が自分の肩に重くのし掛かってきているように感じる。


 ダメだな。すぐにこの状態に慣れていかなければ。


 今日から3日は休みが貰える。まぁその間にレポートを作成しなければならないが、少しゆっくりしようか。


 明日は聖女の元へ行こう。その姿を見ることが出来るかどうかは分からないが、彼女の傍に行きたいという気持ちになる。


 結局聖女の持ち物も、行方不明になった子も見つける事が出来なかった。また瘴気の調査に行くとか言って、探しに行こうかとも考える。

 でもそれも当分は無理だろうな。


 そう言えば、娼館で働いていた子と、奴隷のように働かされていた子はどうしているんだろうか。元気にやっているんだろうか。あとで様子を見に行ってみようか。


 二人は今、この侯爵家で住み込みで下働きをして貰っている。あまり多くは出せないが、ちゃんと給料も渡しているし休みもある。時々様子を見に行っていたが、ここでの生活には不満は無さそうだった。


 それから地下に幽閉されていた子は、助け出された後、実は俺の両親の家に預けている。だから会いに行くことは出来ない。自力で歩く事も困難な程衰弱していたそうだから、両親に委ねる事にしたのだ。


 この3人を助け出したのは俺ではない。俺は指示をしたが、助け出したのは侯爵家の暗部組織だ。その中でも俺が信頼しているシルヴォと言う男に頼んだ。


 シルヴォは俺が隠密として動けるように指導してくれていた男で、その実力は暗部組織の中ではトップクラスだった。けれど俺には厳しくも優しくもあり、成人してからは酒を飲む間柄にもなっている。

 

 両親はいるが、俺にとってはシルヴォも親みたいなものだった。


 そうだな。休みの間にシルヴォにも会って飲みに行こうか。

 それから地下に幽閉されていた子がどんな様子かも聞こう。


 そんな事を考えていると、いつの間にか俺はソファーでウトウトと眠っていたようだった。そんなつもりは無かったが、思ったよりも疲れていたのかも知れないな。


 その日は部屋でゆっくりする事にして、早めに就寝した。



 翌日、まずこの邸で下働きをしている子達に会いに行く事にした。



「え? 辞めた?」


「はい」


「何故だ?」


「それは分かりませんが、突然出て行ってしまいまして……」


「出て行った? 勝手にか?」


「はい。何も言わずに」


「それは本当なのか?」


「もちろん事実です」


「…………」



 長年ここで清掃やゴミの処理等の担当をしている者に二人を預けたのだが、その者曰く、ある日突然何も言わずに勝手に出て行ってしまったそうだ。

 俺が旅に出る前は不満等無さそうに気前よく働いていたのにな……


 それとも俺の前だからそうしたのか? この職場が嫌だったのだろうか……


 何か腑に落ちないように感じるが、それ以上何も聞けることも言えることも無かったから、仕方なくその場を後にした。


 一旦自室へ戻ることにして廊下を歩く。微かに気配がした。何も無いふりで、歩くスピードも緩めずに話をする。



「シルヴォか?」


「……イザイアです」


「シルヴォは任務中か?」


「…………」


「何かあったのか?」


「ここでは……」

 

「では青の場所に。前に」


「はい」



 この邸には常に暗部の者が此処彼処にいる。普段は気配等感じさせないが、伝えたい事がある時は向こうから分かるように気配を飛ばしてくる。

 俺が呼び出したい時は名前を呼べば、僅かな音でも気づいて近くにやって来る。


 青の場所とは、とある飲み屋の二階にある部屋だ。前に、と言うのは開店する前にと言う意味だ。

 こうやって事前に決めておいた言い方で、知らない者が聞いても分からないように話す。

 

 これは俺も暗部に関わっているから分かる事で、義父や義兄達が知る事はない。暗部を呼び出すのはこの家の者ならば勿論容易く出来るが、通常話すのはこの邸内だ。

 しかし、俺はこの邸の者達全てを信用している訳ではないから、大事な話と思われる事は別の場所を使うことにしている。

 

 自室に戻り、服を着替えて外に出る。変装とまではいかないが、目立たない格好で赴く事にする。


 俺がいない間に何があったのか。


 嫌な予感がするな……





 

 

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