第7話 聖女への思い


 自分が聖女にこのような運命を与えてしまった。


 式典で見た悲しそうで寂しそうな微笑みが頭から離れなくて、俺がどうにも出来る訳はないのに塔に赴く日々。


 塔にギリギリ近づける場所まで行って、そこで塔にある窓を見上げる。そうすると、時々聖女が窓から外を眺める姿が見られるようになった。

 その時の聖女の様子も、やはり物悲しそうに見える。遠目だが、そんな様子は垣間見れた。

 

 聖女を見る度に切なさが込み上げてきて、胸が締め付けられるように感じる。彼女の為に何か出来ることはないか。俺に少しでも償わせて貰えないだろうか。

 そうやって俺は日々、聖女の事ばかりを考えるようになっていった。


 そんな時に聞いた、聖女が身に付けていた物であっても瘴気を払う事ができるという事。だから聖女が身に付けていた物は全て奪われたという事。


 あの村から助け出した時聖女は、首飾りと腕輪は母親から貰った物だと嬉しそうに言っていた。それさえも奪われてしまったのかと思うと、聖女が憐れで仕方がなかった。


 だから奪われた物を探しに、瘴気の調査に行くと言う理由をつけ騎士団長に申し出て出立の許可を貰った。勿論レーディン侯爵家にも事前に説得し言い聞かせ、資金援助無しと言う条件付きで許可を得た。


 そうやって旅に出て1ヶ月程した時に出会ったのがジルだ。今はジルと旅をしている期間の方が長くなっている。

 俺の勝手に付き合わせている形になっているが、何度かジルにその事を聞いてもそれで良いと言う。

 まるで雛鳥が初めて見た自分より大きなモノを親と思い込んでついて来ているような感じがする。


 立ち寄った街で資金稼ぎの為にギルドで依頼を受け、報酬を得る。ジルは冒険者登録はしたくないらしく、報酬の全てを俺に託している。まぁ、金銭感覚がないから、俺が資金繰りをしているが、別れる時にある程度の金は手渡せるようにしてやらなければと思っている。



「そろそろ次の街へ行くか。今度は西に行く。それで異論は無いか?」


「ん」


「ジルは気になる所とかは無いのか? 気になる人、とか」


「気になる……」


「行ってみたい場所とか、会いたい人とか」


「今は、いない。リーンは、いる?」


「え? 俺か?」


「ん」


「俺は……聖女、かな……」


「聖女?」


「あぁ。ちゃんと顔を見れた訳じゃない。けど、その存在が気になるって言うか……彼女の為になるなら、何だってしてやりたいって思っているんだ」


「そう、なんだ……」


「あ、でもそれはきっと、俺が聖女の運命を変えてしまったからなんだ。その……特別な意味は……無い……」


「リーン……聖女、好き?」


「えっ?!」


「リーンが好き、なら、好きに、なる」


「ジル……」


「聖女、の、為に、頑張る」


「ジルもそうしてくれるって言うのか?」


「リーンの、役、立ちたい」


「そっか……ありがとな」



 俺がニッコリ笑ってジルの頭を優しくポンポンとするとそれが嬉しかったのか、もっとってねだるように頭を差し向けてくる。その様子が可愛くて、頭を強引にグチャグチャっと撫で付けてやった。

 そうしても、やっぱりジルは嬉しそうだ。俺の顔を見て、幸せそうに微笑む。こんな事くらいで、そんなに幸せそうにするなと言ってやりたくなる。きっと、ジルにはこの先もっと幸せになれる道がある筈だから。


 次の日、俺達は西へと向かった。


 乗り合い馬車が出ていたから、それに乗って向かうことにする。ジルの体力はあまりなく、出会った頃よりは長く歩けるようにはなっていたが、それでも俺に比べるとかなり劣る。まぁ俺は騎士としての鍛練を幼い頃から続けていたから、一般よりも体力はある方かも知れないが。


 だから乗り合い馬車に乗ると、ジルはいつも安心するような顔をする。自分が俺の迷惑になっていると感じているようだが、それでも俺から離れて行こうとしない事に、俺自身も安心してしまっている。


 聖女の腕輪があるだろう街までは、乗り合い馬車を乗り継いで3日程進んだ先にある。その間、乗り継ぎできる村や街で買い物したり宿泊したりする。ずっと座ってばかりも疲れるが、長く歩くよりはその方がジルには良かったと思う。


 そうやって進んで3日目の夕方頃、聖女の腕輪があるとされる街へとたどり着いた。


 ここに近づく毎に空気が澄んできているのが馬車の中でも分かる程に、清々しい空気に身体の中まで浄化されていくのが実感できる。


 馬車を降り立った時の外の空気の素晴らしさと言ったら……!


 言葉には表現できない程の高揚感に全身が包み込まれるような感覚に陥る。それは王都に近い状態で、こんな遠い場所でも身に付けていた物一つでここまで浄化できるのかと、その事に俺はただ驚くしかなかった。



「凄い、な……これは……」



 思わずそんな言葉が口から自然と零れ落ちる。

 この街に腕輪があるのかも知れない。その腕輪一つで、ここまで広範囲に清涼な空気を作り出す事ができるのか……


 本当に聖女は女神かも知れないな……


 感慨深くそんな事を口に出してしまう。そんな俺を見てジルは

「めがみ?」

と首を傾げながら聞いてくる。その様子が可笑しくて頭をガシガシ撫で付けてやると、やっぱり嬉しそうにする。


 今日はもう遅いから明日神殿に行くことにして、食事をしてから宿屋へ向かうことにする。


 しかし、その腕輪をこの場所から無くしたらこの街は一体どうなるのか……


 そしてそんな事が出来るのか……


 その為の旅なのに、活気があり豊かなこの街の人々の様子を見て躊躇ってしまう自分がいる。


 取り敢えずは神殿に奉納された腕輪を見てからだな。


 それからまた考えることにして、今日はひとまず俺達は、旅で疲れた体を癒す事にしたのだった。


 

 

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