第6話 ー 5階 ー

 五階と思われる場所で微かな浮遊感とともにエレベーターは停泊する。

 とりあえず扉の前に立つ。扉は今回も開かなかったが、扉の間に指先を掛け左右に力をかけてみる。

 カタリと数ミリ開いたような気がしたが、光が指すこともなかった。

 外も真っ暗闇という事もないだろう、階の中途なのか・・・。

 軽く叩いてみるが、揺らしたりするのは危険な気がするので、向こうに誰かいないか確認する程度のノック。

 反響すら聞こえない、星もない夜空にぶら下がってるみたいだ。


 後ろから話しかけられる。

 「私、高校卒業して就職したんだ、進学予定だったけど色々あってね」

 

 「そうなんですか」

 もう一度、指先をかけて力をかけるが、やはり数ミリ動いてぶつかるように止まる。

 何度か繰り返して諦め、急に面倒くさくなり。

 「誰にでも色々ありますよ」

 と答えてしまった。

 「そうだよね」

 少し間があった、

 「どうせなら一番のブラックの営業にすることにして、学校にも先輩にも聞いて一番評判悪いとこにしたんだ」

 

 一番のブラック企業の営業?

 会話というより、愚痴のようなものが。一方的に続いた。

 「営業難しいね。そこそこ結果は出してるけど、それに見合わないくらいクタクタ」

 

 知らない社名が気になる。

 「一番のブラック企業って聞いたことないんですけど?」

 皆が知ってるのに、自分が知らない会社。


 答えがない。姿も見えないのに急に沈黙されると不安になる。

 そこにいなくなったような。ほんとはいないんじゃないかというような不安。


 「あぁ。」

 つい振り向いたが、真っ暗だ。何か見えるわけもない。

 「ブラック企業ってのは、評判の悪い会社って意味。ブラックリストとかのブラックだね」

 なんか得意げに説明してるように聞こえた。


 「私の高校生時代にも、彼氏がいてね、サッカーやってたんだけど。なんかうまくいかなくて、三年の途中でダメになって、私、人の気持ちわからないんじゃないかって、分かった気になってるだけじゃないかって思ってね、それで、ブラック企業の営業に入ったんだ。一回ボコボコにされて、鍛えてやろうと思って」


 聞いたこともないスパルタな発想だ。


 まだ続きそうだったが、扉の上の文字が灯った。

 彼女も見上げているだろう。


 『 R 』


 ワイヤーが引かれる振動が足の裏から響く。

 またエレベーターは緩やかに上昇を始めた。


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