第19話 御茶会と悪役令嬢
「やっぱりですか」
医師の許可を得て動き回れるようになったエカテリーナは、王妃様とネル婆様を招待して御茶会を開いた。
重度の怪我で、家族以外には面会の許可が出ず、さらには人の居る場所で話せる内容でもなかったため、急遽開かれた御茶会である。
冬も終わりに近づき、暖かなサンルームは広い。温室のようなそこは、入り口と外周に護衛が配され、三人の周りから人を排除出来る。
支度を終えた侍女らを下がらせて、エカテリーナは人に聞かれたくはない話を始めた。
「あんたの言ったとおりだったよ。樹海側以外の領地から援軍を出し渋る者らがいた。一刻を争う事態だったってのに」
忌々しげに眉を寄せて、ネル婆様は低い声で呟く。それに頷き、王妃も溜め息まじりに眼を伏せた。
「あらかじめエカテリーナから、そういう領地の名前を聞いていなかったら、大変な事になっていたかもしれないわ。本当に恐ろしいこと」
現場に丸投げする国王らの話を聞いていた二人は、即座に動き、エカテリーナから聞いていた領地に鳩を飛ばした。
元王女の威光をかざし、その領地の騎士団に直接命令を下したのである。
領主からの連絡もなく、いきなり王女殿下からの勅命だ。
度肝を抜かれた騎士達は、慌てて領地を飛び出し、馳せ参じた。
むしろ、鳩で連絡を取っていた領地よりも到着は早かったくらいである。
連絡もしていないのにやってきた自領の騎士団を見て、仰天する諸侯達。
そして騎士らから経緯を聞き、揃って顔面蒼白になったのは言うまでもない。
エカテリーナは何とも言えない顔で天井を仰いだ。
あの舞踏会の時。報告を受けて協力を望む国王陛下の言葉に、まごつく者らがチラホラ見えた。
まさかなと思いつつも気になり、念のためにとお二方にお願いしておいたのだか。
あくまで保険のつもりだったのに、当たってしまうとは。
「質の低下も極まれりなのでしょうか。嘆かわしい」
あの時、不審な動きをしていたのは、伯爵以下の領地。末端にまで眼が行き届いていないのは仕方ないが、だからと言って、国の窮地を傍観しようという腐った性根は許されない。
「まあ、いずれ褒賞の話になるでしょうし、その時に陛下から釘を刺して頂くのが宜しいでしょう」
エカテリーナは蜂蜜漬けのレモンを一枚取り、紅茶に落として溜め息を噛み殺す。
そんな彼女を静かに見つめ、ネル婆様は何の気なしに呟いた。
「そういえば、フィルドアが逢いたがっていたよ。同じように養生していたし、あれには溜まった政務もある。まだ逢えてないらしいね」
ああ、そう言えば。
ネル婆様の言葉に得心顔でエカテリーナは頷いた。
「そうですわね。こちらも何かと忙しくて。何しろ、多くの事象に関わったものですから、上げる報告書が多すぎて........」
あれから、前線指揮をとっていたエカテリーナの採決が必要な書類が山と届けられたのである。
療養に障りがない程度にこなしてきたが、不備も多く、かなりの補正が必要で、調査する文官が悲鳴をあげていた。
それも、ようよう片付き、こうして御茶会を開く余裕が出来たのは、ごく最近である。
「春になったら、一度領地に戻ろうと思っております。被害の確認もしたいし、わたくしの荘園へ慰問にも訪れたいですわ」
今回の事態で多くの被害が出た。その爪痕は浅くはないだろう。少しでも手助けして、自分が安心したい。
その説明に、ネル婆様が瞠目する。
「そうだ。忘れていた。ミルティシアに頼まれていたんだよ。冬の帰省に招待したんだって? 今回の騒ぎで流れてしまったが、約束はまだ有効か聞いて欲しいと」
そういえば、そんな約束をしていた。
エカテリーナは少し思案して、薄く笑みをはく。
「もちろんですわ。彼女さえ宜しければ、春の帰省に御一緒しましょう」
優美な微笑みを満足そうに眺め、ネル婆様は大きく頷いた。
「あれも喜ぶだろう。助かるよ、リーナ」
然り気無く放たれた愛称のリーナ呼び。
途端、エカテリーナの眼が真ん丸に見開かれる。
そのビックリ顔に、してやったりと、ネル婆様は淑女らしくもなく、快活に笑った。
その声に、周囲の護衛や侍女が飛び上がる。
厳格な王女殿下の笑い声など、今まで誰も聞いた事はない。
それに動じる事もなく、ほのぼのと御茶をする三淑女。
「ネル御婆様もいらっしゃいませんか?」
「いや、アタシはボンクラどもを見張らないとね。まったく世話の焼ける男どもだよ」
クスクスと朗らかな声が満ちるサンルームの入り口に、ひっそりと佇む人影。
じっとり冷や汗をたらしつつ、居心地悪げに立っている。
「殿下.......」
「言うな。出直す」
入り口付近で隠れるように立ち尽くすのはフィルドア。
エカテリーナが御茶会を開いたと聞き、あわよくば参加しようと思い、やってきたが....... まさかの辛口な身内両名が招待されておろうとは。
今入れば、間違いなく母上や叔母上から説教フルコースまっしぐらである。
だが、朗報もあった。
春に里帰りか。何とか予定を合わせて一緒に行きたいものだな。
朗報というか、盗み聞きなのだが、自覚のない王太子は、にんまりとほくそ笑み、御機嫌な顔でサンルームをあとにした。
後日、盗み聞きしていたのがバレて、結局、王妃から説教を食らう王太子だが、エカテリーナの里帰りに同行したいという案は採用され、棚ぼたで王妃という最強の味方を得たフィルドアだった。
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