012 労働力の確保

 メモリアスに着くと、通行人の数が控え目な通りにやってきた。メインストリートから何本か外れた通りで、幅は広いのだが、どこか陰鬱としている。並んでいる店はどれも大きくて煌びやかな雰囲気をしているが、大半が閉まっていた。


「おっ、ここに逃げてやがったのか。いや、でも……まぁいいか」


 開いている店の中に、見知った看板を発見した。公認奴隷商バジルス、と書いてある。


 そう、ここは奴隷商館の並ぶ通りなのだ。


 そして俺は、労働力を確保するべく奴隷を買いに来ていた。


 迷うことなくバジルスが営む奴隷商館に入る。


 バジルスのことは知っていた。前まで王都で手広くやっていた奴隷商だ。


「ようこそ、ウチの性奴隷はSランク冒険者にも人気があり……あっ」


 脂ぎったクソデブ親父のバジルスは、俺を見て顔を引きつらせた。


「ク、クク、クリフ、様、どうしてここに……」


 その後もバジルスは、「そんな」「なんで」などの言葉をブツブツ呟いている。


「おいおい、えらく嫌そうな顔をするじゃないか。誰よりもお前の店で奴隷を買っている最高のお得意様に向かってよ」


「ぐっ……そ、そんなこと……ございませんよ……」


 バジルスが俺を嫌うのには訳がある。こいつが王都を捨てて逃げ出したのも俺が原因だ。


「なら奴隷を見せてもらおうか。お前のことだからどうせ性奴隷しか扱っていないんだろ?」


「え、ええ、まぁ、はい……」


 バジルスは容姿に秀でた性奴隷の販売を専門にしている。コイツは国の許可を得た正規の奴隷商なので、その行為自体に違法性はない。


 ただ、俺は奴隷制度そのものが嫌いだった。中でも性欲の捌け口に使われる性奴隷なんてものは大嫌いだ。なので性奴隷の奴隷商を狙い撃ちにしていた。バジルスは俺に狙われるまで、性奴隷に関しては世界屈指の奴隷商だった。


「商品を全て連れてこい。分かっていると思うが……」


「隠しませんよ! ちゃんと全て連れてきます! そう法律で決まっていますもの!」


「そういうことだ。俺が法律を重んじる男だと覚えていたようだな」


 俺は案内された応接間のソファにふんぞり返って待つことにした。


 ほどなくして、バジルスが4人の女を連れてきた。年齢は10代半ばで、容姿のレベルが高い。性奴隷の三大条件である「女」「年齢」「容姿」をしっかり満たしていた。


 奴隷らの格好は悪くない。エレガントでセクシーな衣装を着ている。血色も良好だ。容姿を維持する必要があるので、食生活も徹底管理されているのだろう。


「4人しかいないのか? お前はいつも10人近く用意していただろ」


「クリフ様のせい、いや、大好評いただきましたおかげで、今は数が揃っていなくて……」


「そうかそうか。お前のところの奴隷は最高だからな。つい買い占めたくなるんだ。ということで、今回も全ての奴隷を買おう」


 バジルスが舌打ちする。


 このクソデブが俺を嫌う理由が買い占めだ。


 性奴隷の調達は非常に難しい。性奴隷の絶対条件である若さ――言い換えると未成年を見つけるのが難しいからだ。性奴隷は未成年だからこそ価値があると言っても過言ではない。ロリ顔の大人で妥協できるなら高級娼館で事足りる。


 そんな状況なので、買い占められるとなかなか次の商品が手に入らない。しばらくの間は「品切れにつき臨時休業中です」の張り紙を扉にペタペタすることとなる。


 しばらくの間で済めばいいが、数ヶ月や1年も続くと、客は「あーこの店はいつ行っても閉まってるし駄目だな」とそっぽを向いてしまう。


 王都の頃、バジルスは俺に2年も粘着されていた。


 そして彼が対抗しようと奴隷の数を思いっきり増やしたある日、俺は奴隷を買わなくなった。すると奴隷の馬鹿高い維持費だけが嵩み、バジルスの店は大赤字に陥ってしまった。


 奴隷を買える財力の持ち主は限られており、新顔の客がバンバン来ることはない。こうなるとおしまいだ。


 結果、バジルスは破産した。


 ちなみに、俺が買い占めた奴隷達は、奴隷でなく一般人として各地で生活している。奴隷の独り立ちを支援する施設にぶち込むからだ。もちろん、その施設には多額の寄付をしている。


 つまり、俺は奴隷商が忌み嫌う存在、いわば天敵なのだ。法律に則った方法でチクチク粘着するから、相手には対応する術がなかった。


「それにしてもバジルス、どうやって店を再建させたんだ? お前は確かに破産した。この国の法律だと、破産した人間は商人に復帰できないはずだ。特に奴隷商は法規制が厳しいから尚更だろう」


「お客様には関係のないことです」


 真っ青な顔でそっけなく返すバジルス。


「何かしやがったな?」


 俺は応接間の室内を見渡した。そして、政府が発行する奴隷の許可証を見つけた。


 許可証に書かれている名前はバジルスではなかった。


「なるほど、そういうことか。お前、名義を買ったな」


「ぐっ……鋭い……!」


 バジルスは他人の名義で商売をしていたのだ。他の奴隷商が営む商館で雇われ店長をしている、という形になっているのだろう。それ自体は悪くない。いわゆる法の抜け穴だ。


 だが――。


「お前、店の看板に自分の名を書いていただろ」


「それが何か……?」


「今のお前の肩書きは雇われ店長のはずだ。なのに自分の名前で看板を掲げている。あれでは雇われ店長でなく自分の店と宣言していることになる。その場合、お前は破産したのに再び奴隷商館を開いたことになるから違法だ。しかもお前は破産と同時に公認の奴隷商ではなくなっただろう。とすれば、公認でないのに公認と謳ったことになる。これはかなりの重罪だ」


「――!」


「俺が通報すればお前は逮捕され、牢獄行きは免れないな」


 ニヤリと笑う。


「ク、クリフ様、何卒、それだけは……」


 バジルスが土下座を始めた。


 性奴隷らは何が何やら分からぬ様子で眺めている。


「なんでもしますのでお許し下さい! 靴! 靴をお舐めしましょうか!」


「なんでもするなら許してやろう」


「本当ですか!?」


「俺は「おう」と、下卑た笑みを浮かべる。


「バジルス、お前は商品どれいを仕入れる為の太いパイプを持っているな?」


「は、はい。性奴隷の奴隷商ですので、その辺はもう、完璧です。ご要望とあらば、最高の性奴隷を調達してまいります」


「馬鹿かお前、俺が性奴隷を欲しがると思うのか」


「ひぃぃぃ! 申し訳ございません!」


「だが、そのパイプは活かしたい。ということで、今後はウチの従業員を集めてもらう」


「え、それって、どういう……」


「ウチの社員になれってことだ。実は会社を興してな、採用担当者がほしいと思っていたんだよ。ちょうどいいからお前がなれ。給料はちゃんと払ってやる」


「そんな、奴隷商はどうなってしまうんですか!?」


「廃業に決まってるだろ」


「お断りですよ! こっちは長年……」


「なら牢獄に行ってもらうとしようか」


「や、やります! やらせていただきます! やらせてください! 採用担当!」


「流石はバジルス、お前は話の分かる奴だと思ったぜ」


「はい……私は話の分かる男です……」


 こうして、4人の従業員と優秀そうな採用担当者を獲得した。


 リリアに言われた労働力の問題も、これで解決するだろう。

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