第23話 帰還(おうちかえる)


「ううぅ……ひっぐ……こんなのあんまりだよぉ……もういやだよぉっ!」

「い、いけません! 度重なる精神的苦痛によってジークが幼児退行してしまっています……!」

「ままぁ……!」

「よ、よちよち~。ママでちゅよ~……落ち着いてくださいね~……」


 そう言って、俺のことをあやす大精霊様。圧倒的母性。格の違いを感じる。


「いいこいいこ~。ほらほら~」


 でも、ずっとやってると色々とキツくなってくるな。


「泣き止んでくだちゃ――「もういいや」

「私が恥ずかしくなるので急に冷静にならないでくださいっ!」


 大精霊様は、顔を真っ赤にして言った。


 恥ずかしさのあまり顔が赤くなっているのか、それとも激怒しているから顔が赤くなっているのかは不明である。


「ごめん……思ったよりノリが良かったからどこで止めればいいのか分からなかった」

「もう二度としません」


 そう言って、そっぽを向く大精霊様。


 明らかに怒っているが、これ以上続けると人として大切な何かを失ってしまうような気がしたから、あそこで止めるしかなかったんだ。


 許せ。


「…………でも待ってくださいジーク。まだあなたの我が子が死んでしまったとは限りませんよ?」

「あなたの我が子ってなんだよ」

「迷宮内から、あなたとよく似た大きな魔力を感じるのです。ひょっとすると――」

「そ、それは本当か?!」

「は、はい……」


 俺が食い気味に聞いたので、大精霊様は若干後ずさりながら答える。


 まさか、いきなりそんな重大な事実を告げられるとは思わなかったぞ。


「じゃあこうしちゃいられない! 早く戻らないと!」

「ですが……まだその魔力の正体があなたの子供だと決まったわけでは……」

「こうしている間にも、向こうはとんでもない速さで時間が過ぎてるんだろう? 考えるのは後だ! お願いだから、早く元の場所へ帰してくれ!」


 俺は大精霊様に詰め寄った。


「わ、わかりました……それでは、あなたにこれを差し上げます」


 そう言って、大精霊様は懐――というか胸の間から宝石のような何かを取り出す。


「どうぞ」

「あ、ありがとう……」


 俺は大いに困惑しつつも、それを受け取った。


「……何だこれ? 石……?」

「精霊石です。これに、念じればいつでもここへ戻って来られますよ! 困ったらそれを使ってください」


 つまり、これを使えば格上の魔物に襲われても、ここへ避難できるというわけか。


「――それでは、転移魔法であなたを元の場所へ送り返します。目を閉じて念じてください」

「お、おう」


 俺は言われた通りに目を閉じ、念じる。何を念じれば良いかの説明が一切なかったので、「お家に帰りたい」と思っておく。


 ――すると突然視界が真っ白になり、俺の意識はどこかへ飛ばされるのだった。


 *


「…………はっ!」


 気が付くと、俺は暗い洞窟の中で倒れていた。


 すぐ近くには、ソルトの魔法でできたと思しき巨大なくぼみがある。


「帰ってきたのか……?」


 多少、地形が変化しているような気もするが、洞窟内の景色はあまり変わらない。


 本当に、こっちではソルトとの戦闘から百年以上も経過しているのだろうか?


 にわかには信じがたい話だ。


「と、とにかく戻らないと……!」


 考えていても仕方ないので、俺は愛しのマイホームただの横穴へ急ぐことにする。


 見覚えのある大岩を目印にして、マイホームへ続く道を突っ走る俺。


「……あった!」


 やがて、俺は岩壁に空いた横穴を発見する。間違いない。これがマイホームだ。


 俺は恐る恐るその中を覗き込む。


「そんな…………!」


 ――しかし、五日ぶりに戻って来た愛しのマイホームは、悲惨なほど朽ち果てていた。


 俺が集めていた戦利品は全て消え去り、愛しの我が子たちの姿もどこにも見当たらない。


「うぅ…………っ!」


 俺はその場で膝から崩れ落ちた。 


 覚悟はしていたが、実際の光景を目の当たりにすると辛い。


 ……これが、浦島太郎の気持ち……!


「終わった……もうだめだ……!」


 俺はそう呟きながら、頭を抱える。


「…………おうちかえる……」


 全ての気力を失い、再び幼児退行した俺は、精霊石を取り出して念じるのだった。

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