第14話「ねぇねぇ、なんかは禁止にしちゃわない?」

「え?」

 西沢さんが何を言っているのか、最初僕はよくわからなかった。


「『僕なんか』って言い方は禁止にしない?」


 西沢さんもこれだけだとちょっと言葉足らずだと思ったのか、言葉を補足して改めて言い直してくれる。


「あ、そういうことか。でも、えっと……」


「だってそうでしょ? 佐々木くんはこんなに素敵な人で、わたしはそんな佐々木くんのことが大好きなのに。なのに『僕なんか』なんて卑下して言われたら、わたし悲しいもん」


「あ……その、ごめん。西沢さんの気持ちを貶すつもりは全然なくて。これは僕の口癖みたいなもので、ほんと他意はなくて……」


 意図せず西沢さんを傷つけてしまったことを、僕は慌てて謝罪した。


「あ、えっと、わたしの方こそ今のはちょっと言い方きつかったかもです。わたしも責めるつもりは全然なくて。ごめんね佐々木くん、偉そうなこと言っちゃっいました。反省しています」


 そんな僕に負けず劣らず慌てた様子で、ぺこりと頭を下げる西沢さん。


「ううん、僕のほうこそ全然気にしてないから」


 僕の言葉にホッとしたように顔を上げた西沢さんと目と目が合って――、


「ぷっ……」

「ふふっ」


 僕と西沢さんはどちらからともなく小さく笑い出してしまった。


「なんだかさっきから僕たち謝ってばっかりだよね?」

「だよね? 告白してオッケーもらったはずなのに、わたしたちなんか変だよね」


 西沢さんの名前書き忘れから始まって、僕のドッキリ勘違いを経て。

 ここに至るまでお互いに謝ってばかりのこんなにもヘンテコな告白イベントは、そうそうお目にかかれないだろう。


「そうだよね。僕、告白にオッケーしたんだよね……」


「もしかしてそれも無かったことに?」

 西沢さんが不安そうに尋ねてくる。


 事ここに至って、ついに僕は心を決めた。


「ううん、僕も西沢さんと付き合いたい。だから――だから僕はもう『なんか』って言うのはやめることにする」


 この時僕は思ったんだ。


 皆に人気の西沢さんに僕が相応しくなるのは、現実的には厳しいかもしれない。

 だけどそんな西沢さんと付き合おうというのなら、僕は西沢さんに相応しくなるための努力をするべきだって。


 そのための最初の一歩として。

 まずは「僕なんか」って言って自分を卑下するのはやめようと、僕はこの時そう強く思ったんだ。


「ほんと!? 絶対その方がいいよ、佐々木くんは誰も助けられなかったおばあちゃんを助けてくれたすごすごすごすご男子なんだから」


「あんまり何度も言われると、ちょっと恥ずかしくなってきちゃうんだけど……」


「ええっ、すっごく素敵なエピソードだと思うのになぁ。スピーチにも使えそうじゃない? 結婚式とか」


「えっと、僕たちまだ高校生だから結婚とかはまだ早いかなって……」


「ふえっ!? ええっと!? あの、わ、わたしもそう言う意味で言ったわけじゃなくて……あの、その……」


 顔を真っ赤にしてしどろもどろになってしまう西沢さん。

 う、すごく可愛い……。


「だよね、深い意味はないよね」


「そ、そうだよ! もう、変なこと言わないでよね。け、結婚とか……結婚……佐々木くんと結婚って……こ、この話は終了にします!」


 まるで自分に言い聞かせるみたいに強い口調で言うと、西沢さんは僕に向かって右手を差し出してきた。


「…………」


 僕はそれを黙って見つめる。

 女の子らしい柔らかそうな手だった。

 手相でも見て欲しいのかな?

 相性占いとか?


「な、なんで手を握ってくれないの……?」

 そんな僕の態度を見て不安そうな顔を見せる西沢さん。


「あ、そういう意味だったんだね。意図がよくわからなくて、どう反応したものかとちょっと困っちゃってたんだ」


 さすがは恋愛スキル皆無のモブ陰キャこと佐々木直人である。

 恥ずかしいことに、女の子と手を繋ぐなどという難度の高い思考を僕はまったく持ち合わせてはいなかった。


 何が手相を見て相性占いだ。


 差し出されたその手を、僕はおそるおそる取ってみる。

 そのまま西沢さんの手を軽く握ると、西沢さんもそっと優しく握り返してきて──。


(うわっ!?)


 女の子と手を繋ぐなんて幼稚園のお遊戯会で輪になって踊った時以来で、だから僕は尋常じゃなく緊張してしまっていた。


 でも緊張と同時に、触れあったところから柔らかい感触と優しい温もりが伝わってきて――。

 僕は西沢さんと手を繋いでいるという事実を、これでもかと実感していたのだった。


 僕なんか――ううん、もうこの言葉は使わないと約束したんだ。


 僕が西沢さんと手を繋いでるだなんて、ほんの10分前までは想像もしていなかったっていうのに。


 だけど僕は今こうやって西沢さんと手を繋いでいる。

 手と手を触れ合わせている。

 その信じられない幸運を僕は心の中で何度も何度も噛みしめていた。


 そして。


 釣り合うのはどうやったって無理かもだけど。

 それでも少しでも西沢さんに相応しい男子になるんだと――何ができるのかは皆目見当がつかないけれど――僕はもう一度、強く心に誓ったのだった。

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