第52話 美術の授業(2)

 そうして始まった美術の授業。

 今日の課題は先週から引き続いて、鉛筆画でレモンを描くことだった。


 僕は絵を描くのが苦手だったから、ずっと下手な絵を描き続ける美術の授業は苦行でしかなかったんだけど。

 西沢さんと一緒というだけで、その時間はとても楽しい時間に早変わりしていた。


 絵を描いている時は少しくらいならおしゃべりしても怒られないしね。


 僕はグリッ、グリッっと不格好に鉛筆を動かしながら、画用紙に下手くそなレモン(っぽい何かの物体)を描いていく。


 白黒で色がないからレモンとはわからないかもだけど。

 でもギリギリ一応サツマイモかなにかの楕円形の野菜的な物に、かろうじて見えなくもないんじゃないかな?


 ……まぁ一番似ているのは多分ラグビーボールなんだけど。


 あとなんていうか立体感が皆無だった。

 もろ平面。


 つまりはっきり言って、僕の絵は下手っぴだった。

 この小学生が描いたような絵を西沢さんに見られるのは、かなり恥ずかしい。


「ふんふーん♪」


 そんな僕とは対照的に。

 隣でシャッシャ、シャッシャと軽快に鉛筆を動かす西沢さんの画用紙の中には、既に見事な白黒レモンが描かれつつあった。


「うわっ、西沢さんってすごく絵が上手なんだね。白黒なのにちゃんとレモンだってわかるもん。すごいな、鉛筆だけでこんなに綺麗に描けるものなんだ」


「昔から美術は結構得意なんだよね。何もない真っ白なところに絵を描いていくのって楽しくない? あ、そうだ、良かったら簡単なコツとか教えてあげるよ?」


「え、いいの?」

「もちろんだよー」


「じゃあお言葉に甘えさせて教えてもらおうかな。立体感とか全然でなくて。では西沢先生、よろしくお願いします」


「うむうむ苦しゅうないぞ」

「……何キャラ? 時代劇のお殿様?」


「な、なんとなくノリで……。こほん、えっとね? 立体的に見せるには、おおまかには光の当たる面を意識するの」


 照れてるんだろう、説明を始めた西沢さんの顔はちょっと赤い。


「光の当たる面って?」


「全体を同じトーンで描くんじゃなくて、この面は光が当たって明るくて、この面は当たってないから暗く影になってて、この面はその間くらい、って感じで分けて考えるの。そうやって光の当たる面を意識しながら描いていくと、自然と立体感が出てくるんだよ」


「へぇ、なるほどね」


 西沢さんはまるで美術の先生みたいだった。

 っていうか本来、美術の授業はこういうことを先に教えてから絵を描かせるべきじゃないんだろうか?

 いきなり鉛筆画でレモンを描けって言われても普通は描けないよね?


「うんとね……ほら、こんな感じ。ここは光が当たってるけど、ここは当たってないから影を作って……」

 西沢さんが実際にお手本をみせてくれる。


「うわ、すごい! 立体感が増した!」

「ふふん、でしょ?」


「おかげで、なんとなくどうやればいいかがわかった気がするかも。ちょっとやってみるよ」


「わからないことがあったら何でも聞いてね」


「うん、ありがとね、西沢さん」


「いえいえどういたしまして」


 僕は西沢さんのアドバイスを参考に、光の当たる面を意識しながら『もろ平面レモン』に修正を加えていく。


 他にも影のつけ方のコツなんかを聞いて、そうしてしばらく西沢さんにアドバイスをしてもらいながら、僕は美術の授業を初めて楽しんで終えたのだった。


 もちろんそれくらいで急に絵が上手くなるわけはなく、結局下手っぴには変わりなかったんだけど。


 それでも一生懸命挑戦した結果、少しだけ立体感がついてレモンっぽく見えなくもない絵が出来上がったので、僕としては大満足だった。


「佐々木くん、すごく上達してるよ。さすが佐々木くんだね♪」


 西沢さんにも褒めてもらったしね。


 ちなみに後日もらった絵の評価はなんと!

 上から2番目のB評価だった。

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