第8話 屋上の告白(1)

 なんとか階段を上り切り、ためらいの末に屋上へと続く扉を開けると――そこにはなぜか西沢さんの姿があった。


「え、あれ……? 西沢さん?」


 苗字が同じだけの別人ではなく、同じクラスで学園のアイドルと呼ばれて人気の西沢彩菜さんだ。


 春の終わりに吹く、5月を先取りしたかのような爽やかな風に揺れる髪をそっと左手で抑える姿は、まるで人気アイドルが主演を務める学園ものドラマの1シーンのようだった。


 割とどこにでもあるような没個性な高校指定のブレザー制服までもが、まるで特別に仕立てられた女優の衣装のようにすら思えてしまう――。


 いやいや。

 今は西沢さんがいかに美少女なのかという脳内説明会をやってる場合じゃなくて。


(うわっ、まさか西沢さんも告白タイムだったり!?)


 僕と西沢さんの告白が運悪く被っちゃったの!?


 学園一の美少女と名高い西沢さんは同級生から先輩まで、果ては他校の生徒からもそれはもうよく告白されているという話だ(そしてそれを全部お断りしているらしい)。


 人がほとんど来ない屋上は告白にはうってつけのスポットだろうし、西沢さんの告白タイムとかち合っても全然不思議じゃないんだよね。


「うん、僕はいったん撤退しよう」


 さっきまでの重い足取りが嘘のように、僕は速やかに回れ右をしようとして――。

 しかし運が悪いことに、扉が開く音に反応した西沢さんとバッチリ目が合ってしまったのだった。


「ぁ――」


 僕の顔を見て西沢さんが驚いたように目を見開く。

 そして僕も蛇に睨まれたカエルのごとく、完全に固まってしまっていた。


(うわっ、これ最悪じゃない?)


 まさか僕がラブレターを貰ってここに来たなんて西沢さんは思ってもみないだろうし、西沢さんの後をつけてのぞき見してたって思われたかも。

 下手したらストーカーと思われてるんじゃないかな?


(だとしたら終わった、僕の高校生活……)


 全然接点は無くても毎日同じクラスで西沢さんの顔を見られるだけで幸せだったっていうのに、変態覗き魔ストーカーと思われて嫌われてしまったら僕もうやっていけないよ……。


 それに西沢さんがもし誰かに喋ったら速攻でクラス中に話が広がるだろう。

 そうしたら僕は文句なしのぶっちぎりのカースト最下位に転落してしまう。


 学園のアイドル西沢彩菜をストーカーした底辺男子なんて悪評が広まったら、誰も僕に関わろうとはしなくなる。


 ガチぼっち佐々木直人の高校生活がスタートする瞬間だ。

 入学からまだ1カ月も経ってないのに。


 僕は迫りくる悪夢の高校生活に震えおののきながら、とりあえずこのまま固まってるのは本気でマズいと思って屋上から逃げ去ろうとしたんだけど、


「佐々木くん、手紙を読んでくれたんだね、来てくれてありがとう」


 西沢さんの口からは、そんな信じられない言葉が告げられたんだ――!


 すぐに僕は周りをキョロキョロと見回した。


 なんのためかって?

 もちろん「西沢さんから手紙を渡されたササキクン」なる幸運の女神に投げキッスされたラッキー男子がいないかどうかを確認するためだ。


 だけどいくら探しても屋上には僕と西沢さんの他には誰もいなかった。


 念のためにボクの後ろ、階段側も確認してみたけれど、そっちも無人でただ校内へと続く階段があるだけだ。


 はてさて、これは一体どういうことなのだろうか?


 「西沢さんから手紙を渡されたササキクン」とはもしかして僕、佐々木直人を指していたりするのだろうか?


 ははっ、まさかね。

 ないない。

 天地が翻ってもそれだけはない。


 だって僕だもん。

 しかも相手はあの学園のアイドル西沢さんなんだよ?


 映画の「美女と野獣」じゃないんだからさ。


 世の中には「分不相応」という言葉がある。

 学園のアイドルと陰キャ男子がその「分不相応」であることを、僕は正しく理解していた。

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