第7話 仏間

 カップラーメンで空腹を満たした俺氏は少々眠くなってきてしまった。メメたんの部屋を用意……いや、一緒のお布団で眠ることは出来ないだろうか!? こんなにも可愛いメメたんを悪の手から守る為に、そして俺氏の安眠の為にメメたんを抱きしめながら眠りたい! 密かな希望を胸に抱き、相変わらず蔑むような熱い視線を送ってくれるメメたんに話しかけた。


「メメたんの寝る場所は俺氏の部屋……「心配ニハ及びまセン」」


 なんと話している途中でぶった切られた! 心にダメージを負った俺氏のことなど気にもしない素振りでメメたんは続ける。動悸がしてきた俺氏はただ聞くことしかできない。


「コノ部屋を使ウよウにと言っテいまシタ」


 メメたんは立ち上がり、この居間の隣の部屋へと通じる襖を開ける。そこはじいちゃんとばあちゃんを祀っている仏壇がある仏間だった。

 メメたんはその仏壇を俺氏に向けるものとは違う優しげな目で見つめながら続ける。


「アナタ……失礼……ご主人様ノおジイさまトおバアさまが、ココを使ウよウにと先程……」


「じいちゃんとばあちゃんが!? どういうこと!?」


 俺氏のじいちゃんとばあちゃんはとうに亡くなっている。どういう意味だろうか? まさかオバケ……。


「コの仏壇? ト言うのデスか? ココかラほんノ少しノ時間ダケ、おジイさまトおバアさまノ意識ヲ感じルことガデキまシタ」


 ヲイヲイ……何だって? メメたんが言っていることは本当だろうか? 仏壇からじいちゃんとばあちゃんの意識を感じるってことは、やっぱりオバケなんだろうか……? 俺氏、そういう話はガチガチのガチで怖いんだが……。


「ご主人様ニハ感じラレなイのデスか? ……あァ……ご主人様デスもノネ」


 吐き捨てるように、それでいてバカにするように鼻で笑いながらメメたんは言い放つ。だが腕組みをし挑発的に俺氏を見るその凛とした姿もまた美しい。俺氏は恐る恐るメメたんに問いかけた。


「……それは……俗に言う……オバケ?」


だとしたら零感の俺氏には感じることは出来ないが、できれば一生見たくも感じたくないものである。でもじいちゃんとばあちゃんであれば会いたい。会って、また昔のように話したい。俺氏の心の中は複雑な気持ちが交錯する。


「オバケ? あァ……幽霊トいう類デスか? アナタたチ生物ハ微弱ナ電気信号の塊デスよネ。肉体とイウ器ガナくなッテもソノ電気信号はソコカシコに留まりマス。残留思念トモ言いマスね。それガこの仏壇ヲ介してヨリ顕著二感じるコトができマス」


うん、サッパリ分からん。俺氏は電気信号の塊なのか? 初めて聞いたぞ。その思いが顔に出ていたのだろう。


「やハリ言うダケ無駄デシたね」


 メメたんはやれやれ、といった感じに首を振る。メメたんが顔を左右に動かす度にツインテールもまたリボンのようにしなやかに揺れ、その髪からは女の子特有の甘い香りが放たれる。もちろんもったいないので俺氏は深く息を吸う。


「要すルニ、ご主人様ノおジイさまトおバアさまガいマス。常にイルわけデハありまセンが。必要ナ時に現れマス」


なんてことだ! 俺氏の目には見えないけれど、じいちゃんとばあちゃんがここにいる。俺氏には感じられないがメメたんには感じられるということは、またじいちゃんとばあちゃんと話すことが出来る。そう思ったら涙が止まらなくなってしまった。


「男ハすグニ泣くモノではナイ、と言っていマスよ」


それは生前にじいちゃんがよく言っていたセリフだ。そしてじいちゃんが亡くなる間際、泣きじゃくる俺氏に言った最後の言葉でもある。じいちゃんの言葉通りその後は涙を我慢していたが、ばあちゃんが亡くなる時もじいちゃんのこのセリフを思い出したが、さすがに抗うことは出来なかった。


 ばあちゃんが亡くなった後は、俺氏はこの世でたった一人になってしまったと思い、泣いて泣いて泣き喚いた。脱水症状まで起こしたくらい泣いていたのを見られていたのかもと思うと、恥ずかしさで死にそうになる。だが今はメメたんがいるから死なないけどな。


「それ……じいちゃんもばあちゃんも言ってた言葉だ……今そこにいるの……?」


「いエ、先程お二人に伝えテほしイト言われまシタ」


 そっか……もういないのか……。だけどたまに現れてくれるのなら、メメたんを介してまた二人と会話することが出来るんだ。メメたんに出会い、まさかじいちゃんとばあちゃんにコンタクトがとれるなんて思いもよらず、メメたんは天使なのかとさえ思ってしまう。


「ソウいうワケで私ノ目的が達成デキルまでコノ部屋デ暮らシテいいそうデス。私モご主人様ト話すヨリも、おジイさまトおバアさまト話すホウが楽しいノデ好都合デス」


 おぉ……そこまでキッパリと言い切られてしまうとヘタレな俺氏は何も言い返せない。俺氏は「はい……」とだけ言い残し素直に自室へ戻り布団へと入った。ほんのりと涙が滲んだのは内緒だ。

 チクショー! 明日からは華麗に会話をしてやる! だがしかし! 俺氏はとてつもないコミュ障なのだ……どうメメたんと会話をすべきかシミュレーションしているうちに俺氏は眠りに落ちた。

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