Last Case ~未完成男子⑮~

「あ……、まんまと騙されましたね」


 俺は三原さんと福山さんを最後まで見届けることなく、へ向かった。

 神社はホテルの最寄り駅から、電車で乗り換えなしで十数分程度だった。

 この辺り、やはり作為的なものを感じてしまう。

 全ては彼女の思惑通り、と思えば甚だ遺憾である。


 だが、これは彼女が誠意を見せてくれた証だ。

 であれば、彼女へある種の試練を吹っ掛けた身として、そのに対して、自分なりの答えを出すのが筋であろう。

 メイン行事が済めば、もはや京都に用はない。

 不可思議な縁で始まったこの弾丸日帰り旅行を切り上げ、へ急いだ。


 思えば、全てはこの場所から始まった。

 いや。正確に言えば少し違う。

 まだ終わっていないところで、また新しく始まってしまったのだ。

 同時進行など彼女たちに対して誠意がないし、何よりそれに耐え得る器量など端から持ち合わせていない。

 だからこそ、今一度整理する必要がある。

 これまでのことを。これからのことを。

 

 さて、当の彼女はそんな俺の心境など知る由もないのだろう。

 こので、いつものビジネススーツに身を包み、満足そうに微笑む姿を見れば、そんなことは一目瞭然だ。

 既に日は傾き、夕刻を迎えている。

 赤く焼けた空からは、を彷彿とさせる落日の光が、彼女の顔を照らしている。

 そこには感じた、物悲しさのようなものはなかった。

 

「……楽しそうだな」


 俺がそう言うと、彼女は一層その顔を綻ばせる。


「あの時、羽島さんに声をかけて本当に良かった……」


 都心からやや離れた閑静な住宅街にある、俺のアパートの最寄り駅。

 俺と豊橋さんはこの場所で出会った。

 田舎というわけではないが、どちらかと言うとベッドタウン的な立ち位置なので、さしてランドマークと言えるほどの大層なものもない。

 だが、社会人になってからというもの、ずっとこの街で過ごしてきたこともあって、それなりに愛着もある。

 そんな腐れ縁とも言えるこの街で、ある日彼女はひょっこりと俺の前に現れたのだ。

 

 かつて浜松朔良がこの場所で言った、『一度終わったとしても、この場所でならまた始められる気がするから』。

 その言葉通り、豊橋さんはこの場所を選んだのだ。

 俺の中から強引に浜松の存在を押し退け、自分こそがパートナーだと主張するかのように。

 もはや豊橋さんにとって、浜松すらも役者の一人なのだろう。

 そう言わんばかりの、いつにない得意げな表情を見れば、彼女なりに手応えを感じているであろうことは想像に難くない。


 だからこそ、として彼女のその鼻をへし折ってやることにしよう。


「……まぁ、そう結論を急ぐなよ。コッチにはいくつか確認事項がある」


 俺がそう言うと、彼女はゆっくりと頷いた。


「こんなこと、本人に聞いていいのか分からんが、豊橋さんの過去についてだ」


「過去……、ですか?」


 俺の問いかけに対して、豊橋さんは露骨に不安の色を見せる。

 こういうところは、実にいつもの彼女らしい。


「具体的には、学生時代のことだな。詐欺に引っ掛かるよりもっと前の話だ。中学・高校はどんな風に過ごしていた?」


「そんなこと……、聞いてどうするんですか?」


 俺はこれまで『マニュアル作りを通じて成長する』などと詭弁にも近い煽り文句で、彼女をその気にさせてきた。

 俺の思惑通り、彼女自身多少の変化を見せてきた。

 とは言え、それは本質的な変化ではない。

 いや。そもそも変化とも言えないだろう。

 三島が言っていたように、元々彼女の中にあったという部分が一時的に表層化したに過ぎない。

 

 別に今更変わらないこと、変われないことが悪いとは思っちゃいない。

 奇しくも、豊橋さん本人にも言われた。

 人は簡単には変われない、と。

 だがもし何か不本意なカタチで、トラウマのようなものが植え付けられたのだとしたら、それはいつまでも燻り続け、一歩踏み出すことすら困難になる。

 そう。俺のように。


「……まぁ言ってみりゃコレは、実技試験の後の最終面接だと思ってくれればいい。最終的な意志確認も含めて、ざっくばらんに話そうぜ」


 学生時代、就職活動で吐き気がするほど聞いたお馴染みの常套句を、何の因果か彼女に投げかける。

 案の定、彼女は一瞬渋い表情をする。

 だがそれでも、次の瞬間には再び笑顔を見せた。


「分かりました。そうですね。何から話せばいいのやら……」


 そう言うと彼女は少しずつ、言葉を溢し始めた。

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