Last Case ~未完成男子④~

「それではこちらに記帳をお願いします」

「は、はい……」


 結局、俺はことに決めた。

 三島や米原に促されたからではない、と言えばそれはやはりおこがましいだろう。

 実際、ヤツらが外野から好き勝手言ったことにも、一定の理があると思う。

 それに豊橋さんのこともある。

 彼女は俺が燻っている原因が分からなければ、自分自身も成長出来ない気がする、といった。

 彼女をダシにするという訳でもないが、それならば一度自分自身と向き合うのも悪くないのではないかと思ったのだ。


 受付に香典を渡し、芳名帳に名前を記入すると、境内の待合室に案内された。

 そこは数十人は収容できるであろう大広間で、畳の上には長方形のテーブルが何台にも渡って並べられていた。

 葬式に出席していない負い目からか、予定よりも早く会場の寺院に到着してしまった。

 迷惑と分かりつつも遅刻するよりは体裁がいいと思い、早々と会場入りしたのはいいが、やはりまだ誰も来ていない。

 小一時間ほど手持ち無沙汰な時間を過ごす覚悟を決め、俺は待合室に入る。

 しかし、それは杞憂だった。 

 入り口付近のテーブルに目を移すと、が死角に隠れて腰掛けていた。

 俺は黙って、その参列者の右横に腰を下ろす。


「うぃーす」

「羽島さん……」


 安城は心底驚いた様子で、暫くこちらを見たまま何も言わなかった。


「来たんすね……」

「見りゃ分かんだろ」


 それから、また沈黙が生まれる。

 一人で居れど、二人で居れど、手持ち無沙汰であることに変わりはなかったようだ。


「あの、羽島さん……。この前は、ありがとうございました」


 安城は、突如感謝の念を述べてきた。

 まるで心当たりがない。


「何のことだ?」


「温泉街での話っす。おかげで彼女とヨリ戻せました。にもお礼言っておいて下さい」


「あんなの……、偶然の産物だろ。第一、俺はお前を嵌めようとした」


「それとこれとは話が別ですよ。人がお礼言ってるんだから、素直に受け取ったらどうですか。そういうトコっすよ」


「へいへい……」


 俺は妙な気恥ずかしさから、目の前に出されたお茶をガブ飲みしてしまう。

 冷茶で、命拾いした。


 俺は目の前のピッチャーから、再度湯呑にお茶を注ぐ。

 気を取り直し、もう一度湯呑に口を付けようとすると、再び安城は口を開く。


「あの、羽島さんっ!」


「っ!? 今度は何だよ……」


「今、羽島さんの中でネックになっているものって、、なんですか?」


「……言葉が足りな過ぎるな。何をする上での、何に対しての後ろめたさなんだ? そういうトコだぞ」


「……分かってるんじゃないんですか?」


 分かっているに決まっている。

 一つしかない。

 だが、お伺いを立てようにも時既に遅しだ。


「まぁ羽島さんがその気なら、俺はいくらでも協力しますよ」


 そう言いながら、安城は手持ちの鞄を漁り始めた。

 あった、と小さな声を漏らしながら、無言でを俺のテーブルの前に差し出す。


「これは……」


 それはかつて俺と彼女が、安城に贈った恋愛成就の御守だった。


「念のために持ってきて、良かったっす」


「……で、今さらこれを俺に差し出して、何の真似だ?」


「あの時、豊橋さん? にも話したんですけど、この御守の役目、まだ終わってない気がするんですよ。上手くは言えないんですけど……。だから」


「いや、だからって……。お前には彼女が出来ただろ? もうコイツは十分働いたはずだ」


 俺の言葉を聞いた安城は、ハァーとワザとらしく大きな溜息を吐いた。


「いいですか? 羽島さん。俺がどれだけこの御守に振り回されたと思ってるんですか? 大学時代は全く効力発揮しないし、社会人になってやっとご利益が出てきたと思ったら、ヘンな誤解で別れそうになるし……。はっきり言って、超絶ポンコツですよ、この御守!」


「罰当たりな奴め……。あと、一応ソレ俺があげたんだからね?」


「でも、冷静に考えてそうでしょう!?  だから……」


 そして、安城は今まで見せたことのないような、うすら寒い笑みを浮かべて言う。


「もう一人か二人くらい幸せにしなきゃ、俺はコイツのこと絶対に認めません」


 本当に生意気な後輩だ。

 思えば、安城はこの御守が俺の手元に戻ってくることを予感していたのかもしれない。

 それこそ、彼女が非業の最期を遂げた頃から。

 

「そうかよ……。まぁそういうことなら、格別の慈悲をもって受け取ってやるよ」


「ホントに素直じゃないですねー。まぁ今さらか」


 一丁前に分かったような口を利く安城を前に、自然と笑みが漏れてしまう。

 そんな俺を見て、安城も微笑み返す。

 何一つ具体的な話はせずとも、どこか丸く収まったような感覚だ。

 言葉足らずの似たもの同士だからこそ、俺たちの場合はこれでいいのかもしれない。

 

 そんな時、大広間の入り口の方から記憶に久しい声が聞こえた。


「羽島、望くん、か?」

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