彼女が欲しがった嘘⑤

「はーい! じゃあ部屋に荷物置いた人から一旦自由時間でーす。18時から夕飯なのでそれまでには帰って来て下さーい!」


 俺たち二人のやりとりなど歯牙にもかけず、バスは目的地へ向けて着々と進んでいった。

 そして、出発から5時間程経ち、俺たちは東北地方のとある温泉地にやってきた。

 澄んだ空気、季節にそぐわぬ肌寒い気温、そしてそこかしこから漂う硫黄の匂い。

 これでもかという程、『温泉街へやって来た』ことを言外に伝えて来る。

 確かに彼女が言っていた通り、都心の健康ランドとは訳が違う。

 言うなれば、温泉の中の温泉だ。

 これほど本格的な温泉を経験してしまったら、『もう他の温泉に戻れないよぉ〜』などと安っぽいセリフを吐いてしまわぬか心配になる。

 普段は大人しいメンバーたちも、このちょっとした非日常を前に浮足立っていることが分かる。


 しかし、浮かれてばかりもいられない。

 俺たち1年生は、この合宿の幹事だ。

 この3日間、慣れない頭と体をフル回転させ、トラブルがないよう周囲に気を配らなければならない。

 そして、さらに憂う……、気がかりなのは副会長へのサプライズパーティーなるものだ。

 確かに彼女の企画はツッコミどころはあるものの、とは思う。

 だが、ソレを実行するのは、俺たち末端だ。

 上手く立ち回れるかどうか、不安で不安で仕方ない。


 ただ、この女はそんなことなど端から計算に入れていないのだろう。

 何しろ、『下手くそでも最後まで嘘を吐き通せば、相手はソレに騙されたくなる』という謎理論を展開しているくらいだ。

 恐らく、全てを勢いで通そうとしている。


「じゃあ一年生はミーティングやるから。荷物置いたらロビー集合ね!」


 先輩たちの下車を見届けると、彼女は俺たち一年生に向けて指示をしてくる。


「うぃ。了解」

「うん。準備出来たらスグ行くね」

「分かった……」

「んー! ボク、サプライズなんか上手く出来るかなぁ〜! ねぇ? 望ちゃん!」

「タカ君、大丈夫! 何かあったら、全責任は羽島っちがとるから!」

「幹事、アナタですよね? ソレ完全にトカゲの尻尾切りなんですが……」


 ダメだ。

 浜松は俺のことを完全にナメ切っている。

 そこで、ふとバスの中で彼女が手掛ける映画の脚本担当に任命されたことを思い出してしまった。

 どこまで本気か知らんが、気が重い。

 とは言え、そんなことはまだ先の話だ。

 まずは目先の合宿と、彼女プロデュースのサプライズパーティーとやらを乗り切ることを最優先に考えるべきなんだろう。




「……で、何でもう怪我してんの?」


 俺たちは早々と部屋に荷物を置き、ロビーへ集合したのはいいが、がこの数分間で思わぬ姿に変貌を遂げてしまった。

 それもそのはず。

 浜松の額には、何故かガーゼが貼られていた。

 何かの勲章かの如く、存在感たっぷりに。

 一体、この短期間の内に何と戦ったというのか。


「うるさいなぁ! 何かテンション上がって、壁にブツかっちゃったのっ!」


 額に貼られたガーゼを手で抑えながら、彼女は言う。

 

「さいですか……。で、怪我はもう大丈夫なのか?」

「えっ!? ナニ、ナニッ!? 羽島っちが心配してくれてんの!? 嘘でしょっ!?」

「その反応で一気にどうでも良くなったわ。大丈夫そうだな」

「待って待って! ウェイトウェイト! せっかくだから、もっと優しくしてから、どうでも良くなって!」

「都合の良いこと言うなよ……」


 相変わらず、油断も隙もないヤツだ。

 近くで誰か見張っていないとまた何かやらかすかもしれん。


「あー、尾道。部屋一緒だよな? そいつがまた怪我しないように見張っといてくれ。一応な」

「う、うん。分かった……」

「出たっ! ツンデレさんかな? 時代遅れだし、気持ち悪いから止めた方がイイよ」

「あーあ。せっかくご期待に添えて優しくしてやったのにな。今後、半世紀はお前に情けをかけてやる必要はねぇな」

「あぁ。ゴメンて! 羽島っち! 羽島 望さんのお情け、確かに受け取りました!」


 彼女はワザとらしく敬礼して見せる。

 もはや言い返す気力など、俺にはない。


「あぁ。そうでっか……。んで、どこでミーティングすんの?」

「はい! 小生、とてもイイ感じの喫茶店を見つけました! 一年ミーティングはそこで行うこととしましょう! 野郎どもっ! アタシについて来いっ!」


 そう言いながら、早々と温泉街のある方向へ行ってしまった。


「お、おいっ! 忙しい奴だな……。しゃーない。俺たちも行くか?」

「そ、そうだね」

「まぁイイんじゃなーい? 彼女が来て賑やかになったし!」


 そう言って、徳山と岩国は彼女の後を追う。

 しかし、尾道が動かない。


「ん? 行くぞ? 尾道」


「ねぇ、羽島くん……」


 尾道は静かに呼びかけてくる。

 珍しいこともあるものだ。

 思えば、彼女からこんな空気感を感じるのは初めてだ。


「ん? どした?」


 しかし、尾道は言い淀む。

 ホントにどうした?

 尾道はしばらく沈黙を決め込むと、ゆっくりと言葉を溢す。


「ゴメン。やっぱりなんでも無い……」


 彼女はそう言い残し、浜松たちの後を追って行ってしまった。

 本当に何だったのだろうか。


 俺たちも間もなく彼女に追いつき、お目当ての喫茶店まで辿り着く。

 

 彼女の言う通り、確かにの喫茶店だ。

 ログハウス風の外装が特徴的であり、中へ入ると木目調の内装が心地よいフィトンチッドを発してくる。

 また、2階席まで上がると、座敷タイプの座席にこたつが並んでおり、カフェでありながら自宅のような安心感がある。

 彼女はせっかくだからと、その2階にあるこたつ席を指定した。

 無論、季節が季節なので、こたつのスイッチを入れることはないが。


 そして、肝心なのはここからだ。

 彼女はいよいよとばかりに、計画の詳細について話し始めた。

 繰り返しになるが、企画自体は興味をそそるものだ。

 問題はその実行可能性である。

 それなりの演技力が試される。

 果たして、上手くいくのだろうか。


「分かったよ。なんか……、緊張するね」

「そうね〜。まぁ何かあったら、望ちゃんが何とかしてくれるみたいだしぃ?」

「えっ? その話まだ生きてるの? 俺、了承した覚えないんだけど」

「その……、浜松さん。ホント気を付けてね」


 尾道が彼女に対して注意換気する。


「えっ? 何を?」


「だって、浜松さん。怪我してるし。あと……、羽島くんに見張ってろって言われてるし……」


「えっ! 何!? やっぱ來茉ちゃん、羽島っちのスパイなの!?」


「人聞き悪いこと言うな。尾道は優しいから心配してくれてんだろうが」


「やだなぁ〜、來茉ちゃん! アタシが2回もヘマするわけないじゃん!」


「そ、それならいいんだけど……」


 すると、尾道は俯き、注文したカフェオレに口を付けた。

 そこから、尾道が話すことはなかった。

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