Case 2 ~インドア男子④~
「は、羽島さんっ!! コレ、一体どうなってんすかね!? 何か女の人が連れていかれちゃいましたけど!!」
「俺が知るかっ!! クソ……。米原もおかしなことに巻き込まれちまうし、どうすりゃ良いんだ……(迫真)」
黒ずくめの男(米原)と、女性(豊橋さん)が、俺たちの前を鬼気迫る勢いで駆け抜けていくと、安城の動揺はいよいよ最高潮だ。
「兎に角だっ!! 俺は米原が搬送された病院へ急ぐ。あと、恐らくもう動いているとは思うが、警察にも連絡しておく!! お前はどうする!?」
「えっ!! 俺っすか!? 俺は……」
安城はなおも動揺している。
仕方ない。
ここは先輩としてお前を導いてやるとしよう。
「あぁ……、クソっ!! こんな早朝じゃなけりゃ、もっと他に協力を仰げたのに……(すっとぼけ)。あの男に連れて行かれた女性が心配だ」
白々しくちらりと安城の顔を見ると、ギクリとした表情を浮かべる。
そして、深い溜息をつき、覚悟を決めるように話す。
「わ、分かりました。二人を追ってみます……」
よく頑張った、安城。
先輩として誇らしいよ、うん。
「おぉそうか! 行ってくれるか!」
「はい。正直俺が行ったところで何が出来るかは分かりませんが」
「それでいい。何かあったら連絡してくれ。じゃああとは頼む!」
「は、はい。じゃあ……」
安城は目の前のリアルを受け入れきれぬまま、彼らを追っていった。
ここまでは順調だろう、恐らく。
あとは米原たちが上手くやってくれることを祈るばかりだ。
所詮、人間の判断基準はその場の空気によるものが大きい。
現実味に欠けるようなシチュエーションであっても、考える暇を与えずにこちらの世界観をゴリ押しすれば何とかなるものだ。
特に安城のように、根がおとなしいタイプの人間であれば尚更だ。
さて、と。
そろそろ俺も動くとするか。
俺は再び、米原へ電話をかける。
「米原。ヤツが行ったぞ」
「分かった。とりあえず山の方に向かえばいいんだよな?」
「そうだ。俺も後で向かうから、そっちはそっちで上手くやってくれ」
「りょーかい! うーわ、マジ緊張してきたわー」
「大丈夫だ。お前はナチュラルサイコパスの素質がある。俺が保証してやる」
「ちょっ!? それ絶対褒めてないヤツっしょ!?」
「演技力があるって言ってんだ。お得意のハッタリかまして豊橋さんに良いトコ(?)見せてやれよ」
「おぉ! そうだな! じゃあまた後でな!」
緊張していると言いつつ、米原はいつもの調子で電話を切った。
所詮、口だけの男だ。
大して重荷にも思っていないだろうし、むしろこの状況を楽しんでいる。
問題は豊橋さんだ。
今回のパターンは彼女にとって少し荷が重いかもしれない……。
俺が思い描く大まかな流れはこうだ。
THE・不審者に扮した米原(以後、不審者)が豊橋さんを攫い、それを安城が王子様として駆けつける。
まずは、安城が不審者に説得を試みる。
だが、不審者は説得に応じず、安城に襲いかかる。
安城はそれを既のところで振り払い、撃退。
その後、遅れてやってきた俺と安城で不審者をしばき倒して拘束。
そして、俺は不審者を警察へ突き出しに行く。
豊橋さんと安城を残して……。
流れとしては非常にシンプルであるが故に、勢いこそが命と言えよう。
そして、速やかに次のフェーズへ移行する。
すなわち、それは豊橋さんと安城との甘々タイム。
米原が無事に逮捕された後()、豊橋さんと安城には数時間程、この温泉街でデートしてもらう。
そして、安城の警戒心が薄れ、満更でもなくなった段階でネタ晴らし。
安城が放つ『コイツ俺のこと好きなんじゃね?』オーラを、どこで見極めるかがポイントである。
一歩間違えればそれなりの大事になりかねないが、それでもやる価値は十分にある。
狙いは大きく分けて2つ。
一つは安城の矯正。
安城が更に拗らせた挙げ句、警察沙汰なんてことにならないようにするためだ。
例え一瞬であったとしても他の女性との可能性を模索出来れば、安城の束縛癖のようなものも少しは緩和出来るだろう。
なお、この作戦でより拗らせてしまうリスクについては、一切勘案しないこととする。
なぁに。意図を説明すればきっと分かってくれるはずだ。
だから傷口に塩だとか、泣きっ面に蜂だとか、死体蹴りだとかは言わせない。
そして、もう一つ。むしろコッチがメインだ。
それは豊橋さんの演技力の強化である。
というのも、米原のケースと違い、豊橋さんと安城では中々先へ発展し辛い。
多少なりとも豊橋さんの方から踏み込む必要がある。
豊橋さん特有の、嘘のような本当のような嘘が通用しない相手だ。
ここが豊橋さんにとって一番のハードルになるかもしれない。
だから豊橋さんには、シンプルな演技をしてもらうことにした。
別にそんな大層なものを求めていない。
豊橋さんなり、で十分だ。
相手のニーズに合わせ、相手が思い描く自分でいるように取り繕う力を、この計画を通して身につけてもらいたいと思っている。
今さら倫理観もクソもないが、デート商法に限らず、生きていれば日常のあらゆる場面で多少の演技は求められる。
そう思えば、今後の彼女にとって得るものも大きいはずだ。
などと、頭の中で流れをおさらいをしていると、俺のスマホが震える。
……やはり安城か。
俺はコホンと咳払いをし、目の前の着信に備える。
「安城か!! そっちはどうだ!?」
白々しくも大声で戦況を聞くと、安城は戸惑った様子で応える。
「は、はいっ!! 今男を追っているんですけど……。ナンか結構山の方まで来ちゃいまして……。温泉宿がある方向とは違うから、ますます人気がなくなってきて……。俺、ぶっちゃけ怖いっす」
「そうか!! 分かった! あとな……。さっき米原が搬送された病院から連絡が入った。今から緊急手術らしい。終わったら、スグにICUに入るみたいだから、俺たちに出来ることは何もない! だから、俺もスグに向かう!」
極めて自然に米原を見捨てたところで、安城は更に続ける。
「あの……、男に追いついちゃいました。何か、公園? みたいなところに着きました。へ?」
「どうしたっ!?」
「いや……、すみません。男が何か言ってるんですよ。えっと……『俺はキセルに万引き、無銭飲食までマルチにこなすド畜生だ』だって」
誤算、というより失念していた。
米原は基本的にあまり頭が良ろしくない、ということを。
確かに畜生の部類に入るのかもしれないが、さすがに前科の例がセコすぎるだろうが……。
というより、セリフがアホ過ぎる。
一体どんな文脈でそれを言う必要があった?
今後の雲行きが少し怪しくなってきたところで、安城は更に続ける。
「あ! えっと、また何か言ってます。『この女を1000万円にしたければ、俺のボストンバッグから警察を救出しろ』って……。このオッサン、大丈夫っすか? いろんな意味で」
ダメだ……。早く行かないと。
やる気が無自覚にカラ回っていらっしゃる。
どうやら、米原のポテンシャルを最大限に活かすためには、ガチガチに練り込んだ台本を渡す必要があるようだ。
それにしても、先日のあのハッタリは何だったのか。
豊橋さんに物理的な危険が迫っていたからか?
愛の力とは恐ろしい。
「……全く状況が飲み込めないが、なるべく急ぐ。くれぐれも気をつけてくれ」
「は、はいっ! って、あれ?」
「ん? どうした?」
「あの、なんか女の人が男をシメ上げてます……」
は?
女の人?
あの場には豊橋さんしかいないはずだが。
まさか……。
「一応聞くが、女の人って男が攫っていった女の人か?」
「はい……、そうみたいです。メッチャ4の字固めしてます。痛そう……」
なるほど……。
もはや計画もクソもあったもんじゃないが、非常に興味深い展開になりつつあることだけは分かる。
だが、豊橋さん。
ここから、どう立ち回るつもりだ?
ちょっとやそっとで合わせられる辻褄じゃねぇぞ。
彼女のアドリブ力が試される。
これは一刻も早く現場へ辿り着く必要がある。
俺が三人のいる公園に着く頃には 安城が言っていた通り、既にそこは格闘場と化していた。
「さ、さっきから大人しくしてりゃ、な、ななななななにさ、ア、アンタ! ア、アタシが女だからって、ナ、ナナナナメないでよっ!」
驚いた。
俺は夢でも見ているのか。
目の前で米原を罵倒しながら、絞め技をしているのは紛れもなくあの豊橋さんだ。
ぎこちないながらも、彼女なりの強気で押しの強い女を演じようとしている。
セリフも自分で考えたのだろうか。
ふと、豊橋さんの太ももで苦しそう……、もとい嬉しそうに拘束されている米原に目が行く。
サングラスの奥底の眼はだらしなく垂れ下がっており、かつての鋭さはない。
目の前に横たわる男が何を考えているかは定かではないが、一つだけ言えることがある。
この男の無様さは、世界で見てもトップクラスだろう。
しかし、こうなって来ると、当初の予定と大幅に変更せざるを得ない。
豊橋さんは、ずっとこの調子で続けていくつもりなのか?
俺は平静を装いながらも、豊橋さんに近づく。
「お、おう。アンタ、スゲェな……。警察も直に来る。ソイツは俺が預かるよ」
「あ、はい……。ありがとうございます」
豊橋さんは拘束を解き、俺に米原の身を委ねる。
すると彼女は、安城のいる方へ向き直る。
「あ、あの……。わざわざ助けに来てくれてありがとうございましたっ!」
そう言うと、彼女は安城に向けて深々と頭を下げた。
「えっ? いや、俺は何もしてないけど……」
本当に何もしていない。
何なら米原が勝手に自爆しただけだ。
「そ、それでもアタシのことが心配で追いかけてくれたんですよね!?」
「えっ!? あぁ。まぁ、そうと言えばそう、かな……?」
「ですよね!? あぁ、もう! 何て御礼を申し上げたらいいのかっ!」
ここにきて豊橋さんのエンジンは更にヒートアップしてきたことが分かる。
上手い下手は置いておいて、ノッてきたことは傍から見ていても明らかだ。
ヤケクソも極まると、思わぬパワーに発展するというものだ。
「そうだ! この後、お暇ですか? 良かったら、一緒に観光でもしません!?」
「えっ……、いや、そう言われても……」
そう言いながら、安城はちらりと俺の顔を見る。
「行ってこいよ。俺はコイツを警察に突き出さなきゃならねぇからな」
「わ、分かりました……。じゃあ、よろしく」
安城が気まずそうに豊橋さんの誘いに応じると、彼女は大げさに喜び勇んで見せる。
「ほ、本当ですかっ!? 嬉しいです!! では今から30分後駅に集合で良いですか!? あ、あああたし先に行ってます!!!!」
そう言うと、豊橋さんは顔を抑えながら勢いよくその場を去ってしまった。
「えっ!? ちょっ!? スンマセン、羽島さん。そういうことなんで、俺も」
「あぁ。楽しんでこい」
そして、安城も釈然としないまま、彼女の後を追った。
豊橋さんの機転(?)で、何とか首の皮一枚繋がった、か?
これなら方向性としては間違っていない。
こちらの世界観を無理やり押し付けて、相手の考える常識・倫理観・整合性云々、その他一切全てを煙に巻く、というのが本来の方針だからな。
この作戦。一秒でも相手に考える隙を与えてしまえば負けだ。
まぁ、ここまでは飽くまで余興に過ぎない。
豊橋さんと安城が充実した時間を過ごし、安城の中に豊橋さんという存在を強く植え付けることが本来の目的だ。
ここまで若干グダついてしまったが、安城。
勝負はこれからだ!
豊橋さんたちの背中を見届けると、隣りで幸せそうに寝そべる米原がノソノソと起き上がる。
そして、サングラスを外し、遠い目でこうほざく。
「彼女……、成長したじゃねぇか」
「おう、不審者。とりあえず強制わいせつの罪状で警察行くか?」
「ちょっ!? アリャどう見ても豊橋さんから仕掛けたヤツっしょ!?」
「つか、何だよあのグダグダはっ!? 不審者っつぅか、シンプルに頭のオカしいヤツじゃねぇか!!」
「俺がオカしいのか。世界がオカしいのか。どっちなんだろうな……」
米原はまたしても遠い目を浮かべ、意味の分からないことを呟く。
その表情たるや、可愛さなど一切なく、憎さ単体で百倍だ。
「でもさ。これも豊橋さんとあの後輩のためなんだろ?」
「あ? まぁそうだな。ためっつぅとおこがましいつぅか、恩着せがましいっつぅか……。単純にこれが二人にとって、何かのきっかけになったりしねぇかなって思ってるだけだ。まぁ、取らぬ狸の何とやらって感じだな」
「そっか。良いんじゃねぇの? お前のそういうとこ、結構好きだぜ。何つぅの? 優しい嘘って感じで」
優しい嘘、か。
久々に聞いた響きだ。
嘘の延長線上の優しさなど、偶然の産物である。
なぜなら、その中には自分に対する甘えが潜んでいるからだ。
人を許せば、自分の弱さも許される。
だから人は他人に優しくする。
例え、それが嘘でも。
結局全ては予防線でしかない。
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