Case 1 ~軽薄男子②~

「羽島。どうよ? 調子は?」


 翌日の朝。

 俺たちのは、白々しい敬称を付帯させつつ、いつもの調子で声を掛けてくる。

 朝から不快な奴だ。

 俺の心境を他所に、当の本人はホクホク顔でこれでもかと言うほど幸せオーラを撒き散らしている。

 その鬱陶しさと言えば、前日比10割増しだ。


 思えば、昨日はコイツのせいで偉い目にあった。

 とは言え、別段後悔はしているわけではない。

 むしろ、ある種の達成感のようなものすらある。

 これも俺なりに本気で考え、取り組んだからに違いない。

 そうした中で得た経験であれば、例え世間的に見て後ろめたいものであっても、一つ一つが勲章と言っていいだろう。

 つまり逆説的に言えば、職務質問の一つや二つされてこそ、一人前の大人ということである。


「おう……。ぼちぼち、だな」

「そうか! そりゃ良かった!」


 米原は、いつも通り何の実りのない冒頭挨拶に満足すると、俺の耳元で静かに言葉を漏らしてくる。


「なぁ、羽島。お前が言ってたデート商法のネェチャンさ。俺、狙っちゃっていい?」


 おいおい。

 随分と展開が早いじゃねぇか。

 ということは、昨夜はお楽しみだったようで。

 まぁ、全ては俺が仕組んだことなのだが。

 俺は油断していると漏れそうになる笑いを抑えながら、精一杯惚けて応える。


「はぁ? 開幕早々、何の話だよ?」


 我ながら白々しいとは思うが、米原は気に留める様子はなく続ける。


「実はさ。昨日駅前で会ったんよ。この前、お前が言ってた女の子に。さんだろ?」


 もちろん、仮名だ。

 そこら辺も抜かりはない。

 豊橋さんも今のところノーミスなので、計画は順調に進んでいると言えるだろう。


「いや。俺が会ったのは豊橋さん、だぞ」

「マジ!? なんかお前が言ってた話とスゲェ被ってたから、絶対そうだと思ってた!」

「そうか。まぁ似たような奴なんて、腐るほどいるだろ」

「ふーん、そっか。じゃあ、俺フツーに狙っちゃっていいんだよな?」

「いや、そもそも俺は狙ってるなんて言ってねぇし……。好きにしろよ」

「よっしゃーっ! いやさ。ぶっちゃけ、結構タイプだったんだよね~」


 マジか……。

 米原は豊橋さんのような人が好みだったのか。

 コイツはいつも一方的に色々と踏み込んではくるが、こうして自分の話をしてくることは意外に少ない。

 だから、率直に驚いてしまった。


「そっか。そりゃ、おめでとさん。お前にも遅めの春が来たってことか。まぁ、精々頑張れよ」


 俺はいつぞや言われたセリフをそのまま引用し、適当に流す。


「おぉ、応援してくれるのか! 心の友よ!」


 俺の言葉に米原は大袈裟に喜び、抱き着いてくる。

 あぁ! イタイ!

 何がって、それは主に僅かばかり残った俺の良心が、だ。

 要らぬ迷いが生まれそうになり、慌てて米原を引き剝がす。


「どこのガキ大将だよっ! 暑苦しいっ!」

「おっと、悪い! いや、お前から思ったより前向きな言葉が返ってきたから嬉しくてな」

「いや、100歩譲って俺がソイツを狙ってたとしても、お前はお前でアプローチすりゃいいだろ」

「まぁ、そりゃそうなんだけどよ。たださ……」

 

 米原はそう呟くと、突如神妙な面持ちになる。


「それでも、やっぱりお前に悪いなって思っちゃうんだよな。ホラ、なんていうかさ……。昨日会った娘、に少し雰囲気似てるんだよね」


 米原らしからぬ、どこかバツが悪そうな声で話す。

 何を言うかと思えば、そんなことか。

 相も変わらず、つまんねえ気ィ遣いやがって。

 断じて、似ていない。断じて……。


「心底、どうでもいい情報だわ。それよりいいのか? デート商法だろ? あんまり深入りすると火傷するかもしれねぇぞ」

「ご忠告ありがとよ。まぁ向こうのペースにハマんなきゃイケるっしょ!」

「何の根拠があんだよ。まぁとにかく気をつけろよ」

「おぉ。さんきゅ!」


 そう言うと、米原は意気揚々と喫煙ルームへ向かっていった。

 すまんな、米原。

 どの道、お前には深入りしてもらうし、火傷してもらうことになる。

 ただまぁ……。いらん気を遣ってもらった恩もある。

 地獄までは、出来る限りステキなルートでご案内するとしよう。


 さぁ。第二フェーズ、スタートだ!

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