君の耳には、僕はなれない

やまとやじろべえ

第1話 3月 出逢い ゲーセン



 荒川 将太 (あらかわ しょうた)  31歳 独身 アパート一人暮らし

 自動車メーカー直系のディーラーで整備士をして 11年。そのメーカーのミニバン(最高級車)に乗っている


 彼女(恋人)は居ない。

 現在、3人の女性とローテーションを組んで、自分の非番前に会っている。

 知り合ったのは、4年前から始めたマッチングサイト。最初の条件欄には

 『相手の希望年代 : 20代、30代、40代、50代』

 『他の条件:深入り無し。詮索無し』

 で登録。マッチングした相手の中から何気なく選びDM。

 最初に、食事と性交渉のみでデートや旅行はしないと伝えて、”深入り無し”と”詮索無し”を了承してくれた人とのみ連絡先を交換する。

 もちろん、当日に性交渉OKならそうして来た。相手がどんな人であろうと。

 3人になった時点で、サイトでは募集停止をかける。

 3人以上に増やそうとは思わないが、1人去れば補充してきた。それが今の3人だ。

 4年の間に入れ替わりもあったが50代の女性(仮に女性Aとする。職業、住所などは聞いていない)とだけは最初からの相手である。


 前日に女性Aと会っていた将太は大型ショッピングモールで洋服を購入していた。

【昨日は姉さん、すごかったなぁ~。結局夜中まで5回か?】

 姉さんとは女性Aの事である。薄ら笑いを浮かべながら、ゲーセンに立ち寄ってみた。

「おっ、禰豆子のフィギュアじゃん。欲しい!。よし、チャレンジ!。」数多くあるUFOキャッチャーの一つに心を奪われた。

 財布から千円札を取出し両替。1回200円。(今回は5回のみのチャレンジとしよう)と決め、その台へ向かう。

 お目当ての台の前に、女の子が立っている。”GU”と書かれた大きな袋を持っている。

(先を越されたか?)と思ったが、クレーンを動かしては居ない。見ているだけだ。

「すいません!ちょっと良いすかぁ~」と斜め後ろから声を掛けた。

 反応が無い。店内が騒がしいので聞こえなかったか?と思いもう一度「ちょっとすいません!そこ、良いすかぁ~」

 また反応が無く、禰豆子の入ったフィギュアの箱を見ている。

 女の子のすぐ横に立ち、もう一度大きな声を掛けた「すいません!良いすかぁ~!」

 女の子は驚いた表情で1歩後ろに下がり、会釈。

「あざ~す。」将太はUFOキャッチャーに200円を投入。レバーを動かしねらいを定め、降下ボタンを押す。

 この機械、フィギュアの箱がプレートの上に乗り、プレートには紐、その紐の反対側が突き出た棒の先にプラスティック板で引っかかっている。

 その板をキャッチャーの1本爪で落とすタイプだ。

 一回目は板がかなり動き、向きが変わる。2回目の100円2枚投入。板が更に動く。

 3回目の100円2枚投入。今度は板の端っこを爪で直接押す作戦に出た。

「よしっ!行けっ!」右手を握り、キャッチャーの1本爪を応援する。

 そして、フィギュアの箱は景品ポケットへ落下。ゲットである。「よっしゃー!」両手の拳を上にあげる。

 その時、後ろから拍手?。さっきの女の子が拍手してくれている。将太は嬉しくて、

 女の子の顔をまじまじと見た。顔はマスクで隠れてはいたが、目の周りと顔の輪郭だけでもかなりの美形と思った。

 目だけでも喜んでいるのが判る。他人事なのに。

「あ、ありがとう!、君のおかげだよ!。君の応援のおかげだよ!」と社交辞令。

 女の子は小首をかしげ、「何?」の様に眉間に軽い皴を寄せた。

「おう、そうだ。400円あるからあそこのぬいぐるみ、挑戦してみる?、奢るよ!。」

 将太は、壁際にある機械の方を指さした。

 女の子も指をさした方向を見て、駆け寄って手のひらを機械の透明アクリルに着け、覗き込む。

 将太は、今取った景品を取出し、女の子のもとに歩み寄る。

 手に持っている100円玉をその機械に投入した。

 女の子は1歩後ろに下がり、手のひらを出し、”どうぞ”のポーズ。

「いや、いや。君がするんだよ。奢りだから、お礼だから。」

 将太もマスクをしているせいか、店内が騒々しいせいか女の子はまた首を傾げた。

 将太はマスクをずらし、少し大きな声で「奢るから、やってみなよ!」と言った。

 女の子は右手を顔の前で左右に振り、そのあと両手で何やら体の前で動かした。

「ん?、手話か?、……耳、聞こえないのか?」と訝しげに人差し指を自分の耳に当ててみた。

 女の子は大きく頷く。

 マスクをずらしたまま、将太、しばしの間、思案。

 ポケットから携帯を取出し、メモ帳アプリを立上げ何やら入力し、画面を見せた。

 ”ねずことれたのはきみのおかげ

 これやってみ おごるよ”

 女の子はまた、右手を顔の前で左右に振り、両手を体の前で動かした。

 将太、困った。再度、メモ帳へ入力し画面を見せる。

 ”おれ とる あげる おれい まってて”

 女の子はまたまた、右手を顔の前で左右に振った。

 将太 、構わずレバーを動かし降下ボタンを押す。3本爪で持ち上げるが、すぐ落下。

 このタイプは、上に持ち上げた時に爪が開き、景品が落ちて景品口まで運べない様になっているが、何十回かに一回、開かずにゲットできるタイプ。

 200円目、300円目と途中落下。400円目、投入。

 すると、今回は僅かに爪は開くが、直ぐに閉じて景品口まで移動し、取り出し口へ落下。ゲット出来た。

「よっしゃ~!。」右手でガッツポーズ。女の子の方を見ると目をキラキラさせながら拍手。

 景品口からぬいぐるみを取出し、女の子へ渡そうとするも、一歩下がりまたまた、右手を顔の前で左右に振った。

 将太は、無理やりぬいぐるみを女の子の胸に押しやり、女の子がそれを両手で支えたあと、携帯のメモ帳へ入力した画面を見せる

 ”ぷれぜんと うけとって”

 将太は、女の子へ右手で”バイバイ”の仕草をし、踵を返しフィギュアの箱を抱え、店から出ていった。

 女の子が呆然とし立っている所へ、店員はクラクションを鳴らしながら景品を入れる大きな袋を持ってきてくれた。

 店員がぬいぐるみを受けとり、袋へぬいぐるみを入れ”おめでとうございます”と一礼し袋をくれた。

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