夢日記

173号機

引っ越しました

 僕はよくあっちこっちに行く。


 ついこの前引っ越した。一ヶ月くらい前。


 引っ越し先は新築のマンションっぽいアパート。通っていた高校の近くでけっこう懐かしい。部屋は最上階で両親と弟それに僕で暮らしている。


 それで、あの日は弟の入学式だっていうから朝からバタバタしてた。あれがない、これがない。母がスマホ忘れたとか色々。


 で、結局忘れたスマホは俺が取りに戻った。俺もスマホを忘れてたから。


 ちょっと遅くなったし歩きだと間に合わないかなと思って自転車で行くことに決めた。新しく買った自転車は少し大きくて、エレベーターには斜めにしないと入らなかった。


 別の人が乗ってきたら気まずい。どうしようかなと考えながら、エレベーターの壁に設置してある埋め込み型の平たい自販機から流れるジュースのCMを見ていた。


 画面をタッチして買うタイプの自販機は珍しく、買おうかとも思ったけど財布は母の鞄に入れてもらったのだと思い出した。


 ふと、エレベーターの扉を見たら、やっぱり自転車が大きかったのか自転車の後ろがエレベーターの扉を押し返してて隙間があいていた。


 あ~あ、とか思っていたらまだ一階じゃないのに扉が開く。誰か乗ってくるんだ。てことは一回出た方がいい。自転車の大きさを変えられるわけでもないのに、なんかそう思ってエレベーターから降りた。


 すると、着いた階は屋外駐車場で、エレベーターを待ってたのは前の派遣先にいた社員さん。


 スラッとしたモデル体型でイケオジの滝Mさんが同僚と歩いてこっちにくる。もう一人は小柄でイケメンな爬虫類って感じの人。この人はトイレやお弁当売り場でよくすれ違うだけでだったので名前は知らない。この人がエレベーターを呼んだっぽい。


 向こうは俺に気付いてないみたいで「エレベーター駄目っぽいです」とか言って来た道を引き返して行く。


 は? と思い振り返るとエレベーターは上の階へ戻っていく途中で、また降りてくるのを待つより、駐車場の車が登り降りする道を使った方が早いなと思って自転車にまたがった。


 工事のせいでけっこう砂利っぽいU字型の坂道の降りて行くと、どうやらこの辺り一帯が工事中みたいで道路が舗装されてたりされてなかったりといった具合だ。


 走りにくいガタガタする道を進んでいたら、なんかデカイ石がいくつも埋ってる道に差し掛かった。


 バラエティー番組とかで足ツボを刺激するカラフルな石が敷き詰められたあんな感じの配列。ただ、埋ってる石は黒いくて人の頭くらいある大きさでちょっと不気味。


 どうにかこうにか弟の学校に着いたら三階へ行く。弟や両親は見当たらなかったけど、十人くらいの人が廊下の角でお喋りしてた。


 邪魔だなと思って通りすぎようとしたら、お前勝手なことするなよって二十代後半くらいのお兄さんに胸ぐらををつままれる。


 え? ってなる。

 俺のよく分かってない顔を見て気付いたっぽい。お兄さんたちはここは何かがおかしくて、なんかよく分からない所に迷い混んでしまったんだと教えてくれた。


 どうやら追ってくる人に触られると、なにか別のものと入れ替わってしまい、追ってくる人たちのようなるらしい。


 マジかって思った。いったいいつの間にこっち側に来たのか分からなかったから。内心またか~って焦ってたら、窓の外が夜なのに気が付いた。そういえば三階は薄暗いなって思ってたんだよ。


 これからどうするかの作戦会議には参加しないで、少し離れた位置で入れ替わるってなんだろって考えてたらお兄さんたちが逃げ始めた。


 追手はけっこうな人数だった。逃げ遅れた俺は追手に唾をかけて応戦する。俺はよく異界へ迷いこむから異界の人は唾をかけられると怯むって知ってる。


 追手の人たちは普通の女の人。一列に並んでる以外変なところはなかった。


 でもなんか俺たちをスーパーの野菜売り場に並んでる葉野菜だと思ってるみたいで、こっちに来なさいよって手を伸ばしてくる。


 触られるのが嫌で頑張ってたけど、結局触られてしまった。


 そしたら、誰もいない学校の教室へ飛ばされたらしくて、窓から見える校庭に行かないといけない気がしてきた。四階っぽいけど、高さ的な感覚は二階だから飛び降りても問題なさそう。


 飛び降りた校庭は校舎に取り囲まれててどこにも出口がない。校庭は窓からの景色と違い荒れ果ててるし、校舎も廃校とか荒れまくった学校みたいな感じだった。


 とくに何かと入れ替わった感じはしなかった。校庭も昼間になってたから特に怖いなって感じはしない。


 結局あのお兄さんたちが何から逃げてたのか今でも分からない。


 なんとなく、右側にある校庭の裏に行ってみると端に登れそうな、くの字の壁があった。壁を使った二段飛びで上に登ると、向こう側に制服を着た子供が二人。


 校舎とは別の学校で裏庭っぽい。振り返るとさっきまでいた校舎や校庭はなくなってて普通に町が広がっている。さっきエレーベーターを降りた工事中のビルも見える。


 ああ、壁の下は元の世界だなって思った。


 町の方へ行こうと壁の上を進んでみたけど、けっこうな高さだし足場が悪いしで、結局学校の方へ引き返すことにした。

 

 戻ると子供はいなくなってて、代わりに知り合いが何やってんのお前みたいな顔で俺を見てた。前の前の派遣先で一緒だった竹Hさん。白い不織布マスクが似合うちょっと剥げてるけど優しい人。


 竹Hさんのいる学校の裏庭がなんとなく、知ってるようなきがして学校の名前を聞いてみた。そしたらB大学だよって。


 僕の母校じゃん! ってことで壁から飛び降りたら、用務員のおじさんが竹や椿の木を引っこ抜いてる正面だった。地面に幾つか穴があいてる。


 なんで母校に竹Hさんがいるのか聞いてみたら、マスクをとって笑う。右の頬っぺたが蓮の実みたいになってて気持ち悪い。


 それには触れず母校の玄関へ向かっていたらどうも見覚えがない。改装したのかなと思って不思議がってたら、竹Hさんが笑いながら、ここアメリカの大学だよって教えてくれた。


 さっきB大学って言ってませんでしたって聞くと、一部和訳するとねって返ってきた。


 おいおいマジかよって思ったけど、アメリカなんて高校の修学旅行以来だし、次の派遣先が始まるまであと一ヶ月あるし、どうせなら楽しもうと決めた。


 てことで、竹Hさんの家に転がり込んでアジア系アメリカ人として学生になりすまして生活してたら友達もできた。なにより久しぶりの学生生活が楽しくてしょうがなかった。


 途中から竹Hさんの家じゃなくて仲良くなったVの家に泊まるようになった。先月まではルームシェアしてたけど黙っていなくなったんだとか。


 Vとは話も合うし、どイケメンだし、ルームシェアしてたにしてはベッドは一個だし、ブロンドの髪と笑うとけっこう可愛いくて背も高いからセフレっぽくもなった。


 こないだ昼間に大学のシャワー室へ向かってたら、銅像と床のちょっとした隙間に黄色いトカゲがいるのに気付いた。


 なんか気になってその隙間を覗くと、黄色トカゲは食事中だった。黄色い小人の女の子が喉を咥えられてて、首がびよ~んって伸びている。


 黄色トカゲは小人を食べるのを止めて、動物を洗う手伝いをして欲しいって言ってきた。


 なにやってんだよってVが尻を叩いてきたのにビックリしてビクッてなった。それを了承ととったのか黄色いトカゲが俺の顔に煙を吹きかけやがった。


 気付いたら和風の旅館で、なんでかVも一緒だった。


 混乱してるVに俺の秘密を打ち明けて、たぶんここは異界だって言うと、障子が開いて猫を何匹も抱えた中居さんが来た。


 そこからは戸惑うVと一緒に何匹も猫を洗っていった。Vはかなり慣れていて時々こうするといいよなんて教えてくれる。


 最後の一匹、妙にふてぶてしい青みがかったグレーっぽい毛の猫が障子の奥から飛び出てきた。目の前の椅子の上でぐぐぅっと伸びをしてチラ見してくる。


 Vが信じられないって顔で猫にかけよって抱き締めた。


 少し前にいなくなったルームシェア相手って猫のことだったんかい。


 その猫を二人で洗ったあとしばらく猫と遊んでいたら、そろそろお帰りくださいと中居さんに言われて俺は立ち上がった。Vは猫を連れて帰りたいとお願いしたけど断られてた。


 粘ってたけど、最後はそいつは甘えん坊だから、宜しくとお願いしますって諦めた。


 旅館からでると大学のロビーで、報酬と書かれた重たい袋を持っていた。すっかり夜になっていて、警備員のおじさんがイライラした様子で早く出ていけって怒鳴る。


 Vの家で報酬を確認するとけっこうな数の銀色のドングリだった。とりあえずVと半分こすることになってその日は寝た。


 まぁ軽くそういうことをしてから。口で軽くね。お互い。Vは俺を逃がさないようにしっかり抱き締めて寝ていた。


 で、目が覚めたらエレベーターの扉が開くところで、外には母が立ってた。なにやってたんだ、弟の入学式はもう終わった。写真とれなかったじゃない、と文句を言われてしまう。


 僕はあとで弟の学校に自転車を取りにいったけど、盗まれたのか、どこにもなかった。


 それから何ヵ月かした深夜、雨の中コンビニへ出掛けると近所じゃない場所に出た。


 またかよって少しイラついて歩いてると、目出し帽で顔を隠した人が見覚えのある建物から出てきた。


 肩から黒い四角の鞄をかけてて焦っているみたいにキョロキョロしてる。


 その人は走って行ってしまった。


 遠くで聞こえるのは銃声っぽい。とりあえず、元の場所に戻れないかしばらく歩いて行くと公園にでた。


 やっぱり見覚えのある公園で、俺は懐かしい茂みの裏が気になって覗き込むと、足首と胸を撃たれたさっきの人が仰向けで倒れてた。


 なんだよ、五年もどこ行ってたんだよって言われて心臓がドクンッてなった。


 目出し帽をとるとちょっと老けたVだった。


 銀色のドングリを一つ投げて寄越して、お前に会えたんならアイツにも会えるかなって呟いてVは死んだ。


 視界の端にVの鞄から黄色いトカゲが逃げていくのが見えた。


 どうやって辿り着いたのか分からないけど、僕はコンビニでコーヒー買い、喫煙所でタバコ吸って帰宅。


 今でもちょっとだけ泣いてたVの顔が忘れられない。

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